第弍章ー力ー
「君が見たものが、どんなものだったのかはわからないけど、僕の知識から推察するとそれは呪いではなく祝いだと思う。もちろん、違うものなのかもしれないけれど」
「……うん、父さんが言うならそうなんだと思う」
「僕の知識の中だけに限れば、の話だけれど、呪いというものは効果を発揮すれば消えるものではないんだ。それが影であったり何かの形を持つものだったりと、形は様々ではあるけど僕らの目に絶対に映る」
呪いとはそういうモノだ。いつの時代でも、呪法が最盛期であった大昔の時代であっても、見えない呪いというものは出来なかった。術者の呪いを込めた呪法は何らかの形を取り、対象のモノに憑く。高位の術者になれば発動するタイミングをある程度操ることが出来るが、それを隠蔽することは出来ないのだ。
「だからそれは祝法だったと、僕は推察する」
「……アレが祝法だったとしたら発動すれば見えなくなるの?」
「基本的にはね。
祝法ならそれは福音さ。その人物に対して何らかの形で良いことが起こる。病気とか怪我の治癒祈祷などがこれに当たるね。
術者がかけて、対象のモノに憑くまでは呪いと同じだが、それが発動すれば僕らには何も見えなくなる。最も祝法は“発動すればそこで終わり”だから見えようが見えまいが関係ないんだけど」
祝法ならば、発動すれば綺麗さっぱり消えて無くなる。
なぜ呪いは残り、祝いは消えるのか。
答えは簡単だ。祝いは相手の幸福を願い、呪いは相手の破滅を願うものだから。
だから、祝いは相手の幸があれば消えて、呪いは不幸があっても残る。破滅していないから。どうしようもない、そこに込められた明確な“殺意”は解消されていないから。
故に。だからこそ。
「呪いは相手が死ぬか、自分が死ぬまで消えない」
死にたい程に。殺したい程に憎まなければ呪いとはならない。呪術者が例え神木に藁人形を釘で打ち付けようと、大抵の場合は不発に終わる。そこまで憎む程の恨みとはそうそうないのだ。
「まぁ、だからかな。呪いは廃れたし、忌み嫌われた。引き返せないから」
「……うん。怖いものだって、教えられた」
「そう。だからね、日向。あまり口に出すものではないよ。
僕ら力のある者の吐く言葉は、ただの言葉ではないのだから」
言葉には、言霊が宿っている。思うだけでは力にならないが、それを口から吐き出せば、それは力となる。力の強い者程、それは顕著に現れる。
だから、力の強い者程口を噤む。




