第八話
「何もこんなに早く引っ越さなくてもいいのに…」
澪は、巨大な別荘を前に一人溜め息をついていた。
遡ること約20時間前。
「明日、ですか?」
サインをし終えた契約書を渡してすぐ、会長の口からは別荘への引っ越し日が告げられた。
「可能な限り早い方が、大人達も安心するだろうからね。」
唖然としている澪に構わず、会長は話を続けた。
「澪には本当に昔から色々と申し訳ないと思っている。アメリカから帰ってすぐ、休む暇も与えずに新しい仕事をこなせなどと…」
「そんなことは気にしていないので、負い目を感じることはよして下さい。」
自身を落ち着かせる為にゆっくりと深呼吸をし、澪は会長の目をまっすぐ見た。
「明日ですね、分かりました。今日中に準備を終わらせます。今日はもう遅いですし、叔父さんも早く休んで下さい。」
「叔父、か…澪、私は―――」
「叔父さんは…叔父さんです。じゃあ、失礼します。」
「…来ちゃったものは仕方がない。覚悟も決めたんだし、さっさとこの仕事終わらせて、もう一度アメリカに行かせてもらうんだから。」
頬を二回叩き、澪は別荘の中へと足を踏み入れた。
澪も叔父が会長を務めるスワログループの家族とはいえ、この別荘に来るのは今回が初めてであった。
そのため、振り当てられた部屋に向かうために、何度も手持ちの地図を確認する。
「部屋は2階よね…本当にこれ別荘なの?実家だとしても大きすぎる…」
ぶつぶつと独り言を言いながら、訳も無く静かに階段を上っていく。
階段を上り終えた廊下の一番奥が、澪の部屋だと記されていた。
「う、わぁ…」
ドアをゆっくり開けると、大きな窓から差し込む光で、白い部屋が輝きを増していた。
別荘と言うだけあり、ベッドやテーブルはもちろん、個室だというのに水場も完備されている。
クローゼットの中には、澪が普段着ている服が全て綺麗に掛けられていた。
「ここに、住むの…?」
普通ならば喜びの余り言葉が出ないという人間が殆どであろうが、澪はまったくもって正反対の反応であった。
「息苦しいにも程がある。個室のくせして広すぎじゃない…何畳かしら、40なんてもんじゃないわ…さっさと全員更正させて、ここから出ないと。」
まずは別荘の内装把握。そう意気込んだ澪は、幸いまだ一人も訪れていないらしい別荘内の探索を始めるため、部屋を出た。
再び廊下に出て辺りを見回してみると、どうやら2階は全て個々の部屋になっているらしい。澪の部屋と合わせて、計8部屋がある。
階段を降りて目の前に見えたのは、清潔感のあるキッチンと、10の椅子を携えた長いダイニングテーブルが置かれたダイニングルームであった。
そのまま右に曲がると玄関があり、左に曲がると裏口らしきものも見える。
ダイニングルームの反対側には、ソファや椅子がばらばらながらもどこかまとまった雰囲気で置かれ、その向かいの壁にはインチ数が分からない程大きなテレビが掛けられたリビングルームが存在する。
「あぁもう…広すぎる…」
ダイニングルーム側にある大きなガラス窓からは外に出れる仕様になっており、そこにはなんともこだわりの見える中庭が垣間見えた。
そして、階段は上だけでは無く下にも続いていた。
「そういえば、地下にプールがあるとかなんとか…これ設計した人だいぶ頭いかれてるわね。」
別荘の外にも何かあるだろうか。澪はそのまままっすぐ玄関に向かった。
玄関の扉を押そうと手に体重を乗せようとした瞬間、扉が勢いよく外から開かれた。




