第六話
頭を掻いたり、小さく地団駄を踏みながらこの家の自室に入ると、そこには見覚えのある顔がいた。
「澪、頭すごいことになってるぞ。」
「ゆき~…」
澪はその場にしゃがみ込み、空港で別れてから起こったことを雪也に説明した。
「それで、自身の子供すら満足に育てられていないのに自分達には気を使う金持ちの無能さに呆れて、苛立ちに任せて依頼を引き受けたって訳か。」
「そこまで言ってない!」
あぁ。腹式呼吸を使って思い切り声を出して、驚く雪也をよそ目に澪は勢いよく立ち上がった。
「引き受けてしまったものは仕方ない。こうなったら全力で更正させてやる。」
「どうやって?」
「今から考える。」
「でしょうね!」
どこか吹っ切れた様子の澪は、手元に握っていた資料を机の上に並べた。
「よくもまぁここまでビジュアルだけは揃えたこと。まずは一人一人見てみましょうかね。」
澪は、一番左に置かれた紙を手に取った。
「えぇと…初めはこいつか。」
そこに記されていた名前は、樫謙也。年齢は25歳。
「私より5歳も上なのに…」
趣味はショッピング、特技はスキー。特定の恋人無し。
「つまり不特定多数の恋人もどきがいる可能性がある訳ね。」
親のこねで有名大学卒業を終えるものの、実際は頭が優れている訳では無い。
何度も見合いを持ちかけるも、全て何かしらの理由をつけて断る。
性格は大分ひねくれている。仲の良い友人は少ない。第一印象は取っつきにくいと思われることがたまにある。
「散々じゃない。」
金で解決出来ないものを知らない。
弟が一人いるが、仲はあまり良くは無い。
「弟…?あぁ、会社継がせたいのに~ってやつの兄ちゃんね。それで、目標到達点は…?」
結婚をさせ、会社を継ぐ意志を持たせること。
「無茶言わないでよ。」
「澪、落ち着いて。」
雪也に渡されたホットココアを一口口に含み、今度は並べられた紙の中から〈樫〉という苗字を探した。
「兄を見たんだし、弟も見ないとね。」
そう言って取った紙には、樫黎人と書かれていた。
年齢は24歳、特定の恋人は無し。
「あれ、年子なんだ。」
趣味は無し、特技は無し。兄同様見合いを全て断る。
「こいつだけ随分内容が薄っぺらいな…」
性格は真面目であるが、あまり感情を表に出さない為か友人は少ない。
兄よりも大分取っつきにくい印象を取られる。
女性関係の話が浮き出たことが一度も無い。
「真面目なんだか、頭が固いだけなんだか…それによって苦手度が変わってくるんだけど…」
目標到達点は、喜怒哀楽を出させること。
「…兄に求めてることと全然違うのね。これは簡単そう。」
澪は情報の書かれた紙を置き、横にまとめておいた写真に視線を移した。
それぞれの人物が写っている写真を裏返し、樫兄弟の名前が書かれた写真を抜き取った。
「この2人ね…。あれ、この人どっかで見たことあるような気が…」
腕を組んで考えていると、空港での出来事が蘇ってきた。
ワインレッドのニットに黒のパンツ、さらさらの前髪。
そして、〈要領悪いな〉と自分を罵る言葉。
「あー!」
昼食を持ってきた雪也に気づかずにあげられた澪の大声は、雪也を膠着させた。
「あの人、御曹司だったわけ…?私のこと覚えてたらどうしよう…」
「み、澪?」
「いや、でもあの一瞬だけだったし。御曹司だったら、沢山の女の人と会う訳でしょ?私のことなんか覚えてる訳無いか。」
「澪、どうした?」
「覚えてる訳ないよね!?」
「はい、俺もそう思います。」
突然振り向かれたあげく、意味の分からない質問をされた雪也は、とりあえず肯定しておくことしか出来なかった。
一方の澪は無理矢理ながら同意を得られたことで落ち着きを取り戻し、再度ソファに座って資料を眺め直した。




