第十話
「おかしいな、なんか書いてあったような人と違うような…」
「ちょっと。」
後ろから唐突に掛けられた声に、澪は大げさとも取れる飛び上がりようで驚き、良い返事をして振り返った。
「はい、何でしょうか。」
島崎星南だ。写真より実物の方が美人に見えるというのは聞いたことがあったが、彼女がまさにその言葉に当てはまるとは思っていなかった。
明るい茶色の髪をゆるく巻き、スタイルが良く映えるタイトワンピースを見事に着こなしている。身長が160センチメートルある澪から見ても少々大きく見えるということは、星南はおよそ身長は175センチ、履いているピンヒールの高さを差し引いても、168は優に超えているであろう。派手には見えないメイクでも、美人であることを否定する部分が見当たらない。
「入りたいんだけど、どいてくれない?」
あぁ、この女は本当に18か。天は二物を与えずとは良く言ったものだ。澪は表情を一つも変えない星南の態度に苛立ちを覚えたものの、あくまで冷静に彼女に軽く頭を下げた。
「ごめんなさい、どうぞ。」
「〈ごめんなさい〉?貧乏な人って敬語の一つも使えないの?」
「は?」
星南の言葉に、澪は思わず真顔になってしまった。
一方の星南は、呆れたように嘲笑し、わざとらしい溜め息をついた。
「私が誰だか分かってる訳?」
「島崎星南さんだよね、手島旅館の一人娘っていう…」
「分かってて尚その態度なの?本当…呆れてものが言えない。」
その言葉は私が言うべき言葉だ。高校を中退して、高卒免許を取ろうともせず、ただ親の金を使い漁るどうしようもない娘だと、澪は知らされていた。
そのため、ここで星南に何を言おうとも意味をなさないと思い、先に折れることに決めた。
「そうだ…ですよね。失礼しました。」
「何、すぐに直すのね。あなたって自尊心の欠片も無いの?」
ではどうしろと。わざわざ謝ったというのに。おおよそ2歳しか違わないとはいえ、澪は星南を救いようが無い小娘と認識し始めていた。
「まぁいいわ。この別荘を管理してる人って聞いたし、敵に回す気は無いわ。少しの間だけど、よろしくお願いするわね。」
星南は澪に嘘っぱちの笑顔を見せつけ、ヒールの音を華麗に鳴らしながら、別荘の中へと入っていった。
「あの子を大学に入れろですって?ずば抜けて不可能な難題じゃない。というか、2月の真冬なのに、よくもまぁあそこまで足を出せるもんだわ。」
年齢が40に達しそうな女性のそれとよく似た溜め息をつき、澪は別荘の周囲の探索に移った。
山の中にある別荘ではあったが、周囲はとても綺麗に整備されていた。
木々や植物、湖のようなものさえあったが、それら全てがいつでも人を歓迎できるような姿でいる。
澪は、庭師の真似事をすることが好きだった父を思い出していた。
同時に、澪の足は自然と湖際へと向かっていた。
「…私が昔画用紙に描いてた絵みたい。」
湖の形は、整ってはいない楕円形で、周りには躑躅の木が湖を取り囲むように立っている。
「さすがに花の種類まで決めてなかったわ。別荘の周囲を整備してる人は、ここまで気を使ってるのね。脱帽する。」
小さく笑って湖に背を向けると、目の前には先程まではいなかった人影があった。




