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0012話 ぐ・ん・た・い! の件について (-_-)zzz 

この作品をブックマークしたり評価ポイントを入れてくれた読者様、こんなに更新が遅くなってごめんなさい。<(_ _)>

この作品を楽しみにしてくれている読者様、こんなに更新間隔が開いてごめんなさい。<(_ _)>

前回の後書きを読んだ読者様、こんなに予定が変わってごめんなさい。<(_ _)>

ごめんなさい。ごめんなさい<(_ _)>

もう一つおまけにごめんなさい。<(_ _)>

先にあやまっておきます。ごめんなさい<(_ _)>

……つまり、今回もそういう内容です。ごめんなさい。<(_ _)>



『異郷の地にて』 第一話「始まりの開戦」



●【西暦198X年9月1日朝 共和国、国外西方、上空】


 透き通るような青空の下、IL(イリューシュン)28偵察機の翼が風を切っていく。


 眼下に見える風景はどこまでも続く森と草原だ。

 これを緑の絨毯と言うのだろう……

 IL(イリューシュン)28偵察機を操縦する機長はそんな感想を胸に抱いた。

 実際には荒地や山々の地肌が茶色い色を見せている場所もあったが、全体的な割合で言えば確かに緑の部分が多い。


「機長、2時方向下、見て下さい! また新たな隊列です!」

 

 ヘッドセットから聞こえて来た前席の報告に機長はその方向に目を向ける。

 

 いた!

 馬に乗った者、馬車に乗った者、そして徒歩の者、長い長い行列が続いていた。


 機長はこの空を飛ぶ時に不安になるたった一つの懸念材料を思いやり、機体尾部の銃座にいるもう一人の部下にヘッドセットを通して声を掛ける。


「後席! 国の方に異常は見えるか!」


「見えません! 異常無しです!」

「後席! 異常現象が起きたらすぐに知らせろ!」

「了解!」


 機長は3人乗りの機体に乗っている事をこの時ほど感謝した事は無かった。

 自分が機体の操縦に専念していても後席が国の方向を常に監視していられる。

 もし、また異常が起こってもすぐに知らせてくれる。

 この世界に置いて行かれる事になったらと思うとゾッとした。


 取り敢えず後席の報告に一安心すると機長は前席に声を掛ける。

「高度を下げる。うまく撮れよ!」

「了解!」


 その返答を聞くと機長は機体を徐々に降下させ始めた。




♢♦♢♦♢♦



♢【聖歴891年9月1日朝 サルヴァント王国街道】


 ベルグ男爵は不満だった。

 此度の戦に駆り出された事が大いに不満だった。

 ただ、その不満を表に出してはいない。他の者に悟らせるような表情や態度はしていない。

 不満を内心に溜め込んでいるだけだ。


 王に仕える者にとって、王命は絶対だ。それに従う事に否はない。

 だが、此度の王命の裏には教会の勢力を広げようとする枢機卿がいる。

 甘言を弄し王を誑かした教会の者達が許せなかった。


 なにが、悪魔の国か! 邪教の輩か! 突如、東の海に陸地ができ邪教の国が栄えているだと!

 馬鹿馬鹿しい!

 そんなお伽噺にもないようなふざけた話を信じろという方がどうかしている!

 どうせ辺境に住まう異教を崇める異民族でも見つけたのを、話を大きくして教会が勢力を広げるのに利用しようという話に決まっている!

 ベルグ男爵は内心でそう憤っていた。


 そんな時だった。これまでに聞いた事もない異様な音がどこからか聞こえて来る。

 それも近づいてくるようだ。音が大きくなって来る。


「な、なんだ!」

 今まで聞いた事もない大きな音に馬が怯え嘶いた。

 隊列の者達が足を止め不安そうに周辺を見回す。

 側近の者達はベルグ男爵の周辺に駆け寄り、念のために守りを固める。


 そして、それが姿を現した。

「な、なんだあれは!」

「鳥か?」

「いや、でかいぞ!」

 隊列の先頭近くにいた者達が大空を指さし騒ぎ出した。

 

 何かが空を飛んでいた。

 今までに見た事のない何かだ。

 空を飛ぶのは鳥だけだ。

 しかし、鳥とは違う。

 鳥よりも遥かに大きな物が空を飛びこちらに近付いてくる。

 その何かが大きな音を出しているらしい。

 どんどん近づいてくる。

 馬が怯えいななき暴れ隊列は混乱した。


 ベルグ男爵の乗る馬も怯えたのか動き出そうとしたが力づくで宥めいう事をきかせる。

「馬を抑えよ!」 

 そうベルグ男爵は命じながらも近づいてくるものから目を離せない。

 いったい何なのだ、あれは!

 ベルグ男爵は目を瞬いた。


 それは徐々に近づいてくる。

 近づいて、近付いて、思わずぶつかるかと感じた。


 実際にはぶつかる程の高度を飛んだりはしていない。

 人の眼の錯覚だ。

 だが、初めて遭遇する事態に、その場にいたかなりの者達はそう見えた。


「神様」

「お助け下さい」

 何人かが神に救いを求め、中には跪き祈っている者もいる。

 

 そんな混乱した隊列の上を、それは耳をつんざくような音を響かせて通り過ぎた。

 その場にいた者達は思わず体をかがめたり、地面にしゃがんだりする。 

 馬の怯えがひどくなり暴れ方も激しくなる。


 大きな音を出しながらそれは瞬く間に遠くに飛び去った。

 その何かはどんどん遠ざかり小さくなっていく。


 隊列にいた者達はそれを見てほっとした。

 胸をなでおろし安堵した。


 ベルグ男爵は呆然とただそれを見送る事しかできなかった。



♢♦♢♦♢♦



●【西暦198X年9月1日昼 共和国、西部方面国境地帯 イラトシュ村近郊  第6自動車化狙撃師団防衛地区】


「おい! この杭の埋め方が足りないぞ! 地上に出ている部分は1.2メートルだと言っただろ。もっと深く打ち込むんだ!」

「わかりました中尉殿!」


 対人用障害物の構築のために地面に穴を開け3メートルの杭を打ち込んでいる防衛隊の兵士達に工兵隊の将校が指示を出している。


 杭は国境線に沿って3メートル間隔で打ち込まれ、縦深として1.5メートル間隔で2本の杭が打ち込まれている。三列にきれいに並んだ杭が国境線に沿って延々と続いていた。


 既に打ち込まれた杭には別の作業班が取り付いて、有刺鉄線を三次元的に展張している。

「こいつは取り付けかたが逆だ! これじゃあ効果が半減だ。すぐにやり直せ!」

「はい軍曹殿!」


 緊急動員された防衛隊の兵士にはこうした工兵作業に不慣れな者も多い。監督に付けられた下士官や将校が見回り、作業に誤りがないか入念に確認していた。


 視察に来た師団所属工兵連隊の連隊長は、そんな作業の進捗状況を見て顔を顰めた。

 まだ所々で作業が捗っていない。遅れが出ている。

 連隊長は無理からぬ事ではあるとは理解していた。 


 本来、一個自動車化狙撃師団の守備する正面幅は、この国の軍事教範では45キロとされている。

 しかし、現在、第6自動車化狙撃師団の担当とされた正面幅は200キロにも及び、通常の4倍以上もの距離を守らなくてはならないのが現状だ。


 当然、師団所属の工兵連隊が行わなければならない防御施設の構築も増大し負担も大きくなる。

 幸い動員された予備役からなる防衛隊を使え、その中には工兵経験者からなる部隊もあるが、工兵以外の兵種の者が圧倒的に多い。


 そのため工兵連隊から監督する者を出しているが、専門家に監督されたからと言って素人の作業がそうそうスムーズに行く筈もない。

 それ故、作業に動員された人数自体は増えても作業の進捗状況は捗々しくなかった。


 救いなのは、どうやら敵はここより北のオラデア市のあたりを狙っているらしいという事だ。

 だが、ここにも何時、敵が来るかはわからない。

 連隊長は焦燥感に駆られながらも、一日も早く工事が終了するのを願うばかりだった。



♢♦♢♦♢♦



♢【聖歴891年9月1日昼 トゥオミネン王国 ラフテラ地方】


「あれが邪教の国か」

 オイヴァ王太子は目の前の光景に思わず声をあげた。


「殿下、これ以上は近づかれませぬよう」

「わかっているよ(じぃ)


 そう返事をしながらもオイヴァ王太子の目は眼前に広がる光景に釘付けだった。

 3年前に一度だけ旅の途中でここに来た事があった。

 海というものを見たかったからだ。その時、初めて見た海は雄大だった。

 そして残念に思った。

 何故なら、ここの海岸線は切り立った崖が続き、港に適した場所も無く、海からの恩恵を享受する事ができなかったからである。

 もし、一ヵ所でも港ができれば、もしくは塩でも生産できれば、国にとりどれだけの利益となっただろうかと夢想した。


 だが、今は……

 かつて確かに海だった場所に広大な陸地が広がっている。

 何度見ても信じられない光景だ。

 大地の色がある所から違っている。

 おそらくその違っている所からが、新たに出現した大地の色なのだろう。


 その大地に住む者は邪教の徒。

 同盟国であるサルヴァント王国から言って来たことだ。


 同盟国とは名ばかりでサルヴァント王国はトゥオミネン王国の宗主国とも言うべき国だ。

 

 苦々しい……

 その力関係をオイヴァ王太子は心良く思っていない。

 いつかは、その関係を断ち切りたかった。

 いや、逆に宗主国になってやりたいとさえ心の奥底では思っている。

 だが、それは無理な話しだ。

 力が違いすぎる。

 しかし……


 我が国を訪れたかの国の使者は、サルヴァント王国の言うような邪悪な者には見えなかった。

 変わった服を着て変わった物を持っているが、人それ自体は我々と同じに見えた。


 さて、これから一体どうなるか……

 いや、どうするかだ。

 この状況をどう利用すれば我が国にとって一番の利益になるのかだ。

 国王たる父が重い病に伏せっている以上、その判断を自分が行わなくてはならない。

 オイヴァ王太子は深く深く考え込むのだった。

 


♢♦♢♦♢♦



●【西暦198X年9月1日夜 共和国首都、国防会議】


「同志諸君、座ってくれたまえ」

 

 書記長兼国防会議議長は会議室に入って来るなり、立ち上がって自分を迎えた国防会議のメンバー達に手振りで座るように示しながら自らも席に着く。そしてすぐに用件を切り出した。


「それで同志外務大臣、相手側は譲る気は全くないのだね?」


「はい、同志書記長。既にご報告した通り相手は今回も要求を譲歩する気配は全く見せませんでした。

それどころか恫喝のためか彼らの軍隊の中でも特に精鋭という騎兵600騎の行進を見せてくれましたよ。彼らは自分達の軍隊にかなりの自信があるようです。

そして寛大なお心から今日も含めあと3日間待って下さるそうですよ」


 交渉の現場から戻って来たばかりの外務大臣が疲労の色を見せながら返答したが「恫喝」や「騎兵600騎」「寛大なお心」「待って下さる」という言葉を発した際には、そこには多分に揶揄するような嘲笑するような色が含まれており、それに同調するかのように会議の席に着いている何人かが失笑らしき笑いを小さくもらしていた。


「ふむ。それでは仕方がないな。トゥオミネン王国との関係も進展は無いようだね?」


 書記長が外務大臣に再び問い掛ける。


「はい、同志書記長、外務次官が対応していますが、サルヴァント王国との関係が悪化するにつれてトゥオミネン王国側の態度がこちらを避けるような姿勢に変化してきました。トゥオミネン王国はサルヴァント王国と同盟関係か、かなり近い関係にあるのかもしれません」


「南部の港で対応しているピヨツィア帝国の方は変化は無しだね?」


「はい、同志書記長、これまでにご報告した以上の新たな情報はありません。相変わらず帆船を使った商人のみが接触してきており、ピヨツィア帝国の統治機関の者からの接触はありません」


「そして我が国外縁の北東部には大規模な湿地地帯が広がっており、人はあまり住んでおらず道らしきものも殆どないか……」

 書記長が話を紡ぐ。

「同志諸君、問題は西部のサルヴァント王国だ。我々はこれまでこの国に対し誠意を示して何度も交渉してきたが、相手の出方がこれではどうしようもない。

もはや外交交渉はこれまでという事にしようと思う。幸い北東、東部、南部には今のところ差し迫った脅威はない。

ただ西部のみが緊張している。それも相手の要求が過大に過ぎるからだ」


「同志書記長、それは戦争するという事でしょうか?」


 国防大臣がストレートに質問したが、その口調には批判の成分は含まれてはおらず、ただ単に書記長の意図を明確にしようという考えである事が伺われた。


「その通りだ。我が国が進んで望んだわけではないが、ここまで来たらやむをえないと判断している。

誰か反対の者、意見のある者はいるかね?」

 

 書記長は一同を見回したが、意見を述べる者は誰もおらず賛同する空気だけが色濃く流れている。


「ありません同志書記長」


 誰も異議を唱えず、国防大臣が一同を代表するかのような返答をすると、それに賛同と同調の声があがるだけだった。


 書記長はその反応に小さく頷くと国防第一次官兼参謀総長に声をかける。


「では、軍事的対応について話し合おう。同志参謀総長、これまで逐次報告は受けているが、改めて、敵軍とその動きについて説明してくれたまえ」


「はい、同志書記長。まずは、これをご覧下さい」


 参謀総長が手元のパネルを操作し会議室に設置されている大画面ディスプレイを起動させた。

 

 そこには写真が大きく写し出されている。かなり高い高度より撮った航空写真だった。

 

 参謀総長が手元のパネルを操作すると写真の一部分に赤いマークがと青いマークが表示される。


「これは偵察機によって撮影したものです。この赤いマークの部分が、我が国北西部で最も大きく国境近くにあるオラデア市の位置です。

敵軍はオラデア市近くの国境より西に約8キロ離れた地域に集結しています。青いマークの部分です。外務大臣が交渉されていた場所ですね」


「そうだ」


 参謀総長の言葉に外務大臣が頷いた。


「敵軍の数は現時点で天幕の数やその他の情報を総合的に判断して1万2千ほどと参謀本部は推計していますが、今もなお現地に向かっている部隊が幾つかある事を偵察機が捉えております。最終的にはおそらく1万5千ほどにはなるかと」


 1万5千か、という誰かの呟きが聞こえる。

 

 ディスプレイに新たな写真が映し出された。これも航空写真だったが、それには城を中心とした都市が写っていた。


「また偵察機は敵集結地点より北西約200キロの地点にかなりの規模の都市を発見しております。

北西方面ではこの都市より規模の大きなものは発見できておりません。見つかるものは小規模な街ばかりです。この都市がサルヴァント王国の首都なのかもしれません」


 参謀総長の説明に会議の参加者の中から「まるで中世の城だ」との呟きが聞こえる。


「南西方面でも偵察機がトゥオミネン王国の首都と思われる都市を発見しております。

我が国西方においては、国境から1000キロ圏内には他に、目立った都市は見当たりません」


 通常、この国の軍事教範では偵察機の偵察距離は味方の前線から650キロと定められている。

 しかし、この世界には敵対する航空兵力が存在しないらしい事から大幅に偵察距離を伸ばし1000キロとしていた。


 新たな写真がディスプレイに次々と映し出される。


「これらの写真は地上から送り込んだ特殊偵察隊と、空からの偵察機によって撮影したものです。

ご覧の通り敵軍の構成は騎兵、歩兵、槍兵、弓兵からなる軍隊で火器の類は無い模様です。

地球の時代で言えばまさに中世初期の頃の軍隊と言えます」

 

 ディスプレイに映し出される写真を見て、誰かが「まるで昔見た映画のワンシーンのようだ」と囁いた。


「開戦したのであれば積極偵察を試み敵兵を捕虜とし、敵の行動計画、戦闘能力、士気などの情報を得るのですが、外交交渉中でしたので、そうした行動はこれまで控えております。

そのため、敵軍に対し写真から推測する以上の具体的な事はわかっておりません。

それに加えて敵の武器と装備の実物を入手できておりませんので、その性能もわかりかねます。

しかし、敵軍が地球の中世の頃の物と同じような物だとすれば、軍事技術においては問題なく対処できます。

現在集結中の約1万5千の敵軍を相手に正面から戦うのであれば負ける要素は全くありません」


 参謀総長の説明に何人かが自信を漲らせるように大きく頷き同意している。


「我が軍の国土防衛体制について説明してくれたまえ。私を含め何人かは既に報告を受けて知っているが、ここには異常事態への対応にあたるのに忙しく、まだ軍の動きを詳細に知る機会のなかった者もいる」


 書記長の要望に参謀総長が再び説明を開始した。


「はい、同志書記長。まずは陸軍から説明いたします。

問題の西部方面は約600キロの国境線が地続きとなっております。それも平坦な地形です。

これは異常事態以前とかわりはありませんが、以前は一応は同盟国と友好国が隣国でした。

そのため、西部国境線には大して防衛施設は建築しておりませんでしたし、地形的にも国境付近には防衛に適した地点がありません。

理想を言えば河川を利用して防衛線を築きたいところですが、残念ながら西部を流れる大きな河川で適した位置にあるものはありません。小さな支流を利用できるぐらいです」


「地形は利ならずか」


 内務大臣の小さくが呟く声が聞こえ、それに不承不承同意するような声も聞かれる。

 

 参謀総長はそれには構わず説明を続ける。


「現在、西部方面には国境警備旅団3個、西部を担当する第3軍の自動車化狙撃師団3個、北東部を担当している第2軍から増援として派遣した1個師団の合計4個の自動車化狙撃師団と、軍直轄部隊から派遣した2個砲兵旅団が防衛についております。

部隊の配置としましては、最北のマーレ市には戦力判定Bクラスの第2自動車化狙撃師団を配置。

敵軍集結地の正面に位置するオラデア市にはBクラスの第3自動車化狙撃師団と2個砲兵旅団を配置。

西部国境地帯の交通の要衝アラド市にはCクラスの第6自動車化狙撃師団を配置。

南東部最大の都市ディミショアラにはCクラスの第8自動車化狙撃師団を配置しています。

600キロの国境を国境警備旅団3個と自動車化狙撃師団4個で守る事は困難であるため、緊急招集した予備役からなる防衛隊を5万人動員し、第3軍に配属、国境での防衛、防御施設の建設にあたらせている状況です」

 

 大型ディスプレイに、この国の地図が映し出され、部隊がどこに配置されているかが示されていく。


「他の方面、まずは西部の隣、約200キロの国境線を形成する北部山岳地帯には元より配置の1個国境警備旅団と総司令部直轄から山岳旅団2個を派遣し防衛にあてております。


その隣、約650キロからなる海までの国境線を形成する北東部につきましては、この異常事態が起こる前は、おおよそのところ河川が国境線となっておりました。これは現状でも変わってはおりませんが、川幅が極めて広くなっており、架けられていた橋は全て崩落しております。

そのため海軍の河川パトロール部隊を一部派遣しております。

陸では3個国境警備旅団が警戒にあたり第2軍を緊急時の対応部隊として後方に配置しております。

ただし、この方面の国境の向こう側は広大な湿地地帯と判明しておりますので、ここからの大規模な敵対勢力の侵入の可能性は低いと判断しております。

そのため第2軍の第2自動車化狙撃師団は第3軍に増援として派遣し、第2戦車師団は第4軍に配属いたしております。

残るはCクラスの第5自動車化狙撃師団だけになりますので、増援として第4軍からCクラスの第7自動車化狙撃師団を第2軍に配属いたしております。

第2軍はこのCクラスの2個師団のみとなっておりますが、現状では問題ないと判断しています。


東部の海岸、約180キロにつきましては海軍の艦隊及び沿岸防衛隊と1個海軍歩兵連隊を主力として防衛にあたっております。

更に陸軍から軍直轄の5個連隊からなる対戦車旅団を予備兵力として派遣しております。


南部の国境線につきましては北東部と同じく、この異常事態が起こる前は、おおよそのところ河川が国境線となっておりました。これも現状でも変わってはおりませんが、やはり川幅が極めて広くなっており全ての橋が崩落しております。

海から南部山岳地帯までの約750キロの国境線には海軍の河川パトロール部隊、4個国境警備旅団が警戒にあたり、更に緊急招集した防衛隊3個連隊6千人も警戒、防衛についております。

そして南部方面での緊急時の対応、予備兵力として第2戦車師団と第4自動車化狙撃師団からなる第4軍を後方に配置しております。第4軍の2個師団はどちらもBクラスの部隊です。


南部と西部を繋ぐ南部山岳地帯の約120キロの国境線には元より配置の1個国境警備旅団と、総司令部直轄の1個山岳旅団を派遣し防衛にあたらせております。


以上が我が国の約2500キロに及ぶ国境線の防衛体制です。

戦略予備兵力としてはAクラスの第1戦車師団と第1自動車化狙撃師団からなる第1軍と、空挺部隊、2個地対地ミサイル旅団が首都近郊にあります。他には総司令部直轄の1個山岳旅団、2個砲兵旅団と4個砲兵連隊、4個高射砲旅団、2個高射砲連隊、3個防空連隊があります。

以上が陸軍の配置です」


 そこで参謀総長は一旦説明を止め何か意見はないか一同を見たが、誰も発言する事はなかったので説明を続行した。


「次に空軍ですが、第1航空師団が首都を含む我が国東部の守備にあたり、第2航空師団が西部の守りについております。また地対空ミサイルを主力とする防空師団が全土に展開しております。

他に首都において2個ヘリコプター連隊と飛行輸送連隊が待機しております。

現在、焦点になっている西部の第2航空師団ですが、3個対地攻撃飛行隊と7個戦闘飛行隊からなり定数で全165機からなりますが、旧式機が多く稼働率も8割といったところです。

しかし、この世界では空の脅威は無いようなので、第1航空師団から飛行隊を増援に出すような事はしておりません。

第2航空師団は東部の北からマーレ、オラデヤ、アラド、ディミショアラの各空軍基地に展開しており、現地の陸軍をいつでも支援する態勢を整えております」


 ここで再び参謀総長は説明を止め、またも何か意見はないのか一同を見回したが、誰も発言する事はなかったので説明を続行した。


「海軍ですが、全艦艇が戦闘準備を整え出撃できますが、各港内に待機しております。

以前に話を伺った科学研究局から示された仮説の一つが、再び異常事態が突然起きて元いた地球に帰還する事も有り得るという事でしたので、艦艇が遠く海に出ていては取り残される可能性がある事を恐れての事です」


 ここで一同の間で少し騒めきが生じた。


「あの揺り戻しという説か」

「起こるなら早く起こってほしいものだ」

「科学研究局は、まだ異常事態のシステムさえ解明できていないらしい」

「もう2ヵ月経った。あとどれくらいこの世界にいるのか」

「まさか還れないという事はないだろうな」

「その可能性もあるのではないか」


 会議に出席していた者にしても、これまでにない未知の体験に内心では怯えと不安を抱えている。それが図らずも総参謀長の言葉から噴き出してしまった感じとなった。

 段々と皆の声が大きくなってきたが、それを書記長が宥める。


「同志諸君、今は同志参謀総長の報告に集中しよう。同志参謀総長続けてくれたまえ」


「はい同志書記長。では次に補給についてですが、正規軍の弾薬、燃料、整備部品等については3ヵ月の戦闘に耐えうる備蓄があります。

防衛隊については1ヵ月分の備蓄しかありません。

現在、国内で生産できる物については緊急に増産しているところです。

軍の防衛態勢については以上です」


「同志総参謀長、西部へもっと陸軍を派遣した方がよくはないかね」


「はい書記長。しかし、これ以上の部隊を派遣しますと、南部の穀倉地帯や油田の守りが薄くなりすぎます。

未だこの世界の全容がわかっていない以上、一方面に兵力を集中し過ぎるのはリスクが高いかと判断しております。戦略予備兵力もできるだけ確保しておきたいところです。

それに参謀本部の推定では、現状兵力でも西部国境線は維持できる見込みです」


「だが、手不足だ。もっと防衛隊を動員した方が良いだろう。この世界の事はまるでわかっていない。南部とて安心はできんだろう」

 内務大臣がそう意見を口にした。


「いや、それは経済の観点からはまずい。近代工業国家が経済に悪影響を及ぼさずに維持できる軍隊の規模は人口の1%だ。しかし、我が国はこの異常事態への対応で予備役を招集して正規軍の充足率を上げ、更に防衛隊を動員した。その緊急動員した人数は10万人に達している。軍の規模は膨らみ全人口の1.2%に達している。0.2%と言う数字は小さく見えるが人数にすれば5万人だ。既に経済には悪い影響が出始めているよ」

 経済担当大臣が否定的な意見を述べる。


「だが国の防衛こそ第一にするべきだろう」


「そうは言ってもだな……」


 会議はその日、夜遅くまで続けられた。




♢♦♢♦♢♦



♢【聖歴891年9月1日夜 サルヴァント王国 王都 王城】


 大広間で着飾った紳士淑女がたくさんの蝋燭の灯りに照らされ幾つもの輪を作りダンスに興じていた。

 みんな楽しそうだ。

 バルコニーでは綺麗に瞬く星空の下、青年貴族と貴族の姫君のカップルが何組か語らっている。

 大広間の食べ物を用意された一角では中年や老年の貴族達が酒杯を片手に語らっている。

 貴族のご婦人方も椅子を並べられた一角に、それぞれ仲の良いグループで集まり談笑に耽っている。

 大広間の奥、数段高くなった場所に設えられている玉座には王が座り、隣の椅子に座る王妃と楽し気に語らっており数人の取り巻き達が、それにお追従を並べ立てている。

 平和な宮廷の風景がそこにあった。

 1万5千の軍勢を戦場に送り込んでいても、それは宮廷の日常を些かも損なわない。

 それが大国、サルヴァント王国だった。


 だが、そんな宮廷の一角にある一室では数人の重臣が集まり会議を行っている。

 遊興に耽っている者ばかりではないのだ。

 

「今回の戦、拙速に過ぎたのではないか? あまりに敵の正体が不明すぎる」

 王国北部に大領地を持ち要ともなっているマンリケス公爵が渋い顔をして口を開いた。

 彫りの深い顔立ちの50代の鋭い印象を与える男だ。昔は何より戦を好んだが、今は慎重論を唱える事が多い。孫と遊ぶのが最大の楽しみと広言しているので、単なる(じじ)馬鹿になったのかもしれない。


「私もそう思います。性急過ぎますな。あまり想像したくはありませんが、我が国よりも相手は大国という可能性もありましょう」

 王国西部に大きな領地を持つグレシャム侯爵がマンリケス公爵に賛同する。

 まだ40代だが切れ者として、その知恵は侮りがたい。

 ただ見た目は背の低い小男で顔もあまりよろしいとは言えない男だが。


「アウリス将軍は百戦錬磨。滅多な事にはならぬとは思いますが」

 そう発言したのは国軍の将軍でもあるベルフォート侯爵だ。

 頬に醜くひきつれた傷がある。戦場で負った傷だ。それが歴戦の風格を更に増している。

 現在出兵中のアウリス侯爵とは良きライバルであり戦友であり親友でもある。


「しかし、万が一という事もありますからな」

 王宮において大臣として経済を担当しているラーソン伯爵が憂い顔で述べる。

 40代にして既に頭は薄いが、妙にそれが似合っているある意味、中年の伊達男だ。


「ピヨツィア帝国の動きはどうなのだ。これを機会と攻め寄せる気配はないのか?」

「今の所は軍を動かす気配は見えません」 

 マンリケス公爵の問いにベルフォート侯爵が答える。


「ピヨツィア帝国もかの国に接触はしているのだろう?」

「今はまだ商人だけのようですが」

 グレシャム侯爵の問いにはラーソン伯爵が頷き答えた。


「様子見か……」

「でしょうな。何しろかの国の登場の仕方が普通ではありません。今でも信じられないぐらいです」

 マンリケス公爵の言葉にグレシャム侯爵が頷く。

「確かにな」

 

 重臣たちの話し合いは暫しの間続くのだった…… 



♢♦♢♦♢♦



♢【正歴1081年9月1日夜 ピヨツィア帝国 宮殿】


 柔和な顔した優男にも見える痩身の男。それがピヨツィア帝国を統べるヴィクトル皇帝だ。

 しかし、その見掛けとは裏腹に帝位を継ぐ時は、憂いの種になりそうだった弟を容赦なく処刑している。


 そのヴィクトル皇帝は今、執務室で懐刀である宰相と二人で話し込んでいた。


 北の海に突如、大地が現れ、そこに住まう者達と周辺諸国が接触している。

 帝国としても放置はできない問題だ。

 今はあまりの異常事態に様子を見ている状況。


「ならば、サルヴァント王国は、その国とはうまくいっていないのだね」


 皇帝の問い掛けに宰相が頷く。


「はい陛下、間違いありません。どうやら宗教的問題のようです。ご存知のようにサルヴァント王国はシータ教以外の宗教は邪教として認めていませんから。

我が国を邪教の国と批判し敵対しているように、かの国もまた邪教の国として敵対するようです。

いかがなさいますか陛下?」


 ヴィクトル皇帝は愉快そうな顔をする。


「よいではないか。どうせ我が帝国とサルヴァント王国は相容れないのだ。

あの聖戦とやらで数年おきに戦争をしかけてくるサルヴァント王国が、そちらに注意をひきつけられるなら願ってもない事だ」


「では、敵の敵は味方で、かの国と正式に接触致しますか?」


「いや、今の所はそこまでする必要はない。下手に動いてサルヴァント王国の注意がこちらに向き、また聖戦を仕掛けられても面白くないからな。これまで通り商人を使ってかの国を探ればよい。国としては暫くは静観しよう」


「かの国から接触して来た場合はいかがなさいますか?」


「適当に交渉を引き延ばせばよかろう。我が国が積極的に動く必要はない」


「承知致しました」



♢♦♢♦♢♦



●【西暦198X年9月2日朝 共和国西部、オラデア市近郊 第3自動車化狙撃師団、第31自動車化狙撃連隊、第311戦車大隊】


 大隊長は書類と格闘していた。

 どこの軍隊でも書類は管理職の大敵だ。

 目を通すべき物、著名しなければならない書類は階級が上がるにつれて増加する。

 そこに副官が更に書類を持ってやって来る。

 だが朗報も持って来たようだ。


「同志大隊長殿、第1中隊から報告です。故障していた2両のT34ですが修理が完了したとの事です。整備班が徹夜で頑張ったおかげです」


「そうか、そいつは良かった。何せただでさえ戦車は定数に足りないからな」


「しかし最新鋭のT72とは言いませんが、せめてT55がほしいですね」


 最新鋭のT72戦車は首都近郊の第1戦車師団に集中配備されている。

 副官の口調は長年の付き合いの上に、この場に居るのは二人だけという事で気安い。


 「贅沢を言うな。敵が情報通りなら第二次大戦のお古でも充分以上に役立つぞ。それより同志政治委員殿は今何をしている? 珍しく姿を見ないが」


「腹を壊したとかで軍医に見てもらっていますよ」


「やれやれ、エリートのお坊っちゃんはこれだから」


「でも、これまでの政治委員よりは、いい奴ですよ」


「そうだな。これで実戦の時は大人しくしてくれていたら言う事はないんだがな」


「だといいんですがね」


 二人は顔を見合わせ苦笑した。



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♢【聖歴891年9月2日朝 サルヴァント王国軍宿営地】


 宿営地は賑やかな喧噪にあふれていた。

 兵士達はそれぞれ部隊ごとに割り当てられた場所で、食事の用意をしている。


 そんな時、腹の底に響くような低音が聞こえてきた。兵士達は皆、動きを止め不安そうに東の空を見上げる。そこには小さな点があった。それがどんどん大きくなってくる。


「馬をおさえろ! 暴れ出すぞ!」

 宿営地のあちらこちらでそんな声が聞こえ、馬の世話係は大慌てで馬に駆け寄った。


 その間にも音の発生源は近づき大きくなり、ついには銀色に光る体を見せつける。

 この場にいる兵士達の誰もが故郷では見た事がない、とんでもない大きさと速さで飛ぶ銀の鳥が轟音を発しながら宿営地に近付いて来た。


 そして一瞬のうちに兵士達の上空を飛び去った。


 馬が嘶き暴れ、それを兵士が宥めようるとする姿が宿営地のあちらこちらで見てとれる。

 だが馬にとりついてる者以外は割と平静な者が多かった。

 もう日課となり慣れが出始めていたからだ。


 始めの頃は馬を何頭か暴走させたり、食事時には慌てて皿や鍋を引っ繰り返したり、宿営地の中が騒動になった事が幾度もあったが、今ではそんな事もなくなった。


 同じ事を何度も繰り返していれば、素早く対応できるようになるのが人という生き物だ。

 銀の鳥が飛んできても、今では大半の兵士はそのままの日常を過ごせるようになっていた。

 それには銀の鳥が大きな音以外は何も害をなさないという理由が一番大きかったが。


 銀の鳥が飛んで来ても、いつもの事と既に気にしない者もいた。

 だが、全員ではなかった。不安を覚える者もいる。銀の鳥が飛び去った方を未だに不安そうに見る者、朝食の話題に上げる者、兵士達の反応は様々だった。


「また飛んできたなアレ」

「あぁそうだな、俺、ここに来るまであんな鳥は見た事ないぞ」

「俺もだよ」

「銀の鳥がいたなんて聞いたこともねぇ」

「何でもあの鳥は悪魔の国から飛んで来るって話だ」

「悪魔の国か、行きたくねぇな」

「俺もだよ」

「おい、分隊長に聞かれたらまずいぞ、よせ」

「あぁ悪い。でもなぁ」


 兵士達は今回の出兵を邪教の国、悪魔の国を亡ぼすための出兵と聞いていた。

 国の東側の海であった場所に突如、陸地が広がりそこには悪魔を信奉する者達が住んでいると。

 教会の司祭が、その者達に邪教を捨てさせ聖教に改宗させるのだと息巻いている。


 だが、兵士達の間には未知なる敵の出現に、そこはかとない不安が流れているのだった…… 



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●【西暦198X年9月2日昼 共和国西部、第三軍司令部】


「閣下、参謀本部からです」

「ご苦労」

 副官が持って来た参謀本部からの伝達に目を通した司令官は顔を顰めた。


「中央からは何と」


「やはり地雷の敷設は認めないそうだ。理由も変わらん。例の異常事態がいつ起きるかわからん。

地雷を敷設し終わった後に地球に戻れたなんて事になったら地雷の処理が大変だという事だ」


「しかし、600キロもの国境をたった4個師団で守るというのに地雷無しというのは」


「もう言うな。諦めるしかないだろう。既に二回要望した。これ以上の要望は反抗と受け取られかねん」

 苦悩を讃えた表情で司令官はそう窘める。


「増援部隊は来ないのでしょうか」


「望み薄だな」

 その司令官の返答に副官は溜め息をつきたくなった。

 兵力は足りず、資材も足りず、武器は旧式、弾薬も不足気味だ。

 それなのに参謀本部はまだ足枷をはめようとする。

 怒りと諦めのないまざった複雑な心境に陥らずにはいられなかった。

 


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●【西暦198X年9月2日夜 共和国首都、国防会議】


「それで外務大臣、ソ連大使館の要望とは」


「はい書記長、サルヴァント王国との戦争について観戦武官の派遣をしたいと要請して来ました。ソ連だけではありません。アメリカ、イギリス、フランスも同様の要請をしてきています」


「どこから漏れた」

 内務大臣が驚いた顔をする。

  

「お互いスパイ活動をしているのだから漏れるのは当たり前だろう。ましてや今回は大規模に軍を動員しているんだ。」

 そう言って国防大臣が肩をすくめた。


「それだけではありません。どの国も再び、この世界の国との交渉に参加させるよう要請してきています」

 外務大臣が溜め息をついた。


「厄介ですな」

 国防大臣が厄介な事になったと顔を顰める。


「いかがいたしましょう」

 内務大臣が問い掛けた。


 書記長は暫し考え込む素振りを見せたが、これまでの方針を変えようとはしなかった。

「方針は変わらない。異世界の国との接触も外国人の現地入りも一切認められない。理由は安全を保障できない為としてくれ」


「わかりました書記長」

 外務大臣が暗にその方針に賛成ですと納得の顔つきで頷く。


「誰か意見のある者、反対の者はいるかね?」

 書記長の問いに反対を唱える者は出なかった。


「では、次の問題だが……」


 異世界に来てしまった為に、種々の問題が発生している。

 次から次へと問題は増加している。 

 この日も会議は夜遅くまで続けられたのだった。



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●【西暦198X年9月2日夜 共和国首都、日本大使館】


「大使、許可願えませんか?」


 天見防衛駐在官が楡崎大使に願い出ていた。

 この国の軍隊が異世界の軍隊と戦争をするという情報が入って来た。

 この異世界の片鱗なりとも知るために、この国の軍隊の実力を確かめる為にも是非とも観戦武官として戦場に行きたかった。

 しかし…… 


「前例がありません。この異変が終わった後に、観戦武官を出した事が国会で問題になっても困ります」


「しかし、元の世界に帰還できるかどうかもわからないのですよ。ここはできるだけ情報収集に尽力するべきです」


「言っている事はわかりますが、それでも許可はできません。帰れないと決まったわけではないのです。

もし、許可して現地で負傷や死亡なんて事態が発生しても困ります。諦めて下さい」


 楡崎大使は事なかれ主義だった。

 下手に独断で動いて後で責任問題になる事を恐れている。

 異世界に来たと言う事も実は今でも半信半疑だったし、例え異世界に来たのだとしても必ず日本に帰国できる日が来るものと信じていた。

 根拠は薄弱ながらこの国の科学研究局が発表した揺り戻し説がある。それを信じていた。いや、その説に縋っていたと言った方がよいかもしれない。日本に帰れる事を心の拠り所にして精神の安定を保っていた。

 そう思わなければ楡崎大使の精神は病んでいたかもしれない。

 それ故に外務省の定めた行動規範及び規則から逸脱する事など毛ほども考えていなかったのだ。 


 そんな大使の決定に天見防衛駐在官は従うしかなかった。

 それが文民統制であり防衛庁・自衛隊の律するところなのだ。


「わかりました」  

 

 そう返答し天見防衛駐在官は引き下がる。

 しかし、その裏では観戦武官を派遣できないのなら工作員を送り込んで情報収集するしかないと決断し、接触すべきこの国の非合法工作員のリストを頭で思い浮かべていたのだった。



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●【西暦198X年9月3日朝 共和国 南部国境線】


 防衛隊のジョルジェ少尉は、ほっと一息ついた。

 ようやく夜が明けた

 幸い夜間の警戒任務中に異常は何も起きなかった。これで昼番と交代して眠れる。 

 だが本当は何もかも放り出して家に帰りたかった。

 もう何日も前線陣地で過ごしている。

 不味い飯、堅い寝台、薄い毛布、飛び交う虫、青臭い緑の匂い。

 全てにうんざりしていた。

 これがいつもの野外訓練なら最初から日程が決まっており、数日我慢すれば済む。

 だが、今回は違う。

 いつ終わるともしれない警戒任務と、異世界にいるという不安が心を苛む。

 指揮官として部下に下手なところは見せられないから毅然とした態度をとっているが、内心は不安と不満だらけだ。

 職業軍人ではなく予備役なのだ。少尉という階級も大学を卒業しているからこそだ。

 徴兵期間はきちんと務め、後は定期的な訓練に参加すればよいだけだと思っていたのに。 

 あぁ早く帰りたい……

 こんな暮らしは自分には向いていない。


 今やジョルジェ中尉の頭には一日も早く家に帰る事しかなかった。



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♢【聖歴891年9月3日夜 サルヴァント王国軍宿営地 本陣】


 数多の天幕が並ぶ宿営地。

 兵士達が使う物とは違う大きく豪奢な天幕の中で、煌びやかな甲冑に身を包んだ者達が白いテーブルクロスをかけられた木製のテーブルについている。

 そのテーブルの上には色取り取りな果物が銀の器に盛られていた。それはサルヴァント王から特別に送られた下され物だった。


 上座に座る軍の総指揮官たるアウリス侯爵が口を開く。


「皆、よく集まってくれた。陛下もお喜び下さるだろう」


「王命ならば我ら喜んでしたがいまする」

 この軍において副将の地位にいる。ブレマー伯爵がこの席にいる一同を代表するように答え、皆はそれに同意するように頭を少し下げる。


 アウリス侯爵は、その返事に満足気に頷いた。

「うむ。さて、きゃつらに与えた猶予の時はもう終わる。どうやら我らに従う気は無いようだ。(いくさ)だな」


 そこで言葉を切り一同を見回すと改めて口を開く。


「よいか、今回、我らが戦うのは常の相手ではない。

これまで戦ってきたピヨツィア帝国とはわけが違うぞ。

敵は異教徒ではあるが、神に背く邪教の徒だ。その信奉する対象は悪魔。

許されざる者達と言わねばなるまい」


「将軍、それは間違いないのですか? 過去においても悪魔を信奉する国などなかった筈。それが突如、姿を現すなどと……」


 壮年の貴族、ヨエル伯爵が疑問を呈す。


「貴公の疑いも尤もだ。ヨエル伯爵。だが、そもそもきゃつらの出現の仕方が尋常ではない。

それに使者としてきゃつらの国に赴いた ヴィルヨ伯爵やカウピッネン司教、多くの護衛の騎士達が、その目で見て耳で聞いているのだ。

きゃつらの国の教会には十字が掲げられており、それがきゃつらの信奉する神のシンボルだと、きゃつらの国の司教がはっきりと語ったそうだ。

十字は我らが神の教えでは悪魔を示す。

間違いなくきゃつらは悪魔を信奉する民。

しかもきゃつらは平気で嘘を吐くそうだ。

ガイムダイジンなる国の外交を司る者は、国に国教となる宗教は無いと語った。

しかし、悪魔を崇拝する教会が街の中央にあるというのだぞ。

かの国を捨て置く事はできぬ。捨て置けば、どのような禍を我が国に及ぼすかわからぬ。

滅ぼさなくてはならぬのだ。

聖典の教えを思い出せ。悪魔は善人を装い民に近づく。

この世界を守るため、人民の未来のために

だからこそ陛下は聖戦を発動なされ、総本山と各国に支援を要請したのだ。

だが、まずは儂らが先陣を切る。

敵に情けは無用ぞ! 悪魔を倒すのだ!!」


 その熱を帯びたアウリス侯爵の弁舌にヨハル伯爵や他の貴族達も頷く。

 しかし、まだ一抹の不安を見せる者もいた。


 マウノ子爵が気掛かりを口にする。


「しかし、気になるのは最近、空で見掛けるようになった銀の大鳥です。あの悪魔の国の出現とともに姿を見せるようになりました。何事もなければいいのですが……」


 それに返答したのはブレマー伯爵だった。

「心配無用。あれはただ空を飛んでいるだけのもの。これまであの鳥の被害にあった者はいませんぞ」


 これは本当の事だった。銀の大鳥と呼ばれているIL(イリューシュン)28偵察機は、偵察活動のみを行い、戦闘行動はしていない。

 それ故にサルヴァント王国軍の者達は危険ではないと思い込んでいたのだ。

 マウノ伯爵もそれ以上は懸念を口にしなかった。


「では陣立てを決める」

 他の者達からそれ以上の懸念はでなかったので、アウリス侯爵は話を進める。

 それは暫しの間、続く。


 サルヴァント王国軍は着々と戦の準備を整えつつあった。



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●【西暦198X年9月4日朝 共和国西部、オラデア市近郊 第3自動車化狙撃師団司令部】


「霧が出たか……」

 視界を覆い尽くす白い霧を見て師団長は顔を顰めた。


「はい。この霧に紛れて敵は距離を詰めるかもしれません。そうなったら航空援護は使えなくなります」

 作戦参謀も懸念を口にした。


 しかし二人とも心底から懸念があるわけではない。

 中世の軍隊ぐらい、航空支援がなくとも叩き潰せると判断している。

 しかし、戦場では何が起きるかわからないのが戦争だ。

 万全は期したい。

 それ故に早く霧が晴れるのを願うのだった。



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♢【聖歴891年9月4日朝 サルヴァント王国軍宿営地 本陣】


 アウリス侯爵は自分の天幕を出て顔を顰めた。

 霧が濃い。

「今朝は霧が出たか。

まぁよい。出陣は予定通りと全軍に出陣の触れを出せ!

霧に紛れて敵陣に近付くのだ!」


「はっ!」

 伝令が本陣のあちらこちらに散り、各隊の指揮官に伝えていく。


 そして前夜に決めた通りに順に戦場になる予定の地に向けて各部隊が霧の中で出発を開始した。

 そこに勝利があると信じて……



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●【西暦198X年9月4日朝 共和国 オラデア航空基地】


 滑走路はジェットエンジンの轟音に満ち溢れていた。

 次々と滑走路上に現れるのはMig17戦闘機。

 1960年代に共産圏で主力だった戦闘機でありベトナム戦争時代の戦闘機だ。

 

 ただしベトナム戦争でも70年代に突入すると、主力戦闘機の座は完全にMig19やMig21にその座を譲っている。

 実際、ベトナム戦争におけるアメリカ軍の撃墜記録を見ると61機のMig17が撃墜されているが、70年代に撃墜されたMig17は0で、60年代までで撃墜記録はストップしている。70年代にベトナムで撃墜されているのはMig19とMig21だけとなる。


 なお1967年後半より北ベトナム空軍はワゴンホイール戦法という各機が援護を強化し合う空戦術を行うようになる。これはそれなりに効果はあったようで1967年前半に撃墜されたMig17は31機だが、後半に撃墜されたMig17は11機にまで減少している。


 ちなみにベトナム戦争でアメリカ軍の戦闘機が初めて撃墜した戦闘機もMig17だ。

 1965年7月10日にアメリカ空軍第2航空団第45戦術戦闘飛行隊のF4Cがサイドワインダー空対空ミサイルにより撃墜している。


 1980年代には完全な旧式であり共産圏の国でも退役している国はかなりある。実戦に投入していたベトナムでも完全に退役しておりMig17もその後継機のMig19の姿も消えている。


 しかし、中には対地攻撃戦闘機としてMig17を利用している国はそれなりにあった。

 アフリカとアジアでは 

 エジプトで30機

 ソマリアで12機

 シリアで38機

 南イエメンで15機

 コンゴで20機

 エチオピアで20機

 マダガスカルで4機

 アフガニスタンで30機が対地攻撃戦闘機として使用されている。

 他にアルジェリアでは55機が訓練機として使用されている。

 また中国ではライセンス生産型のJ5が戦闘機として400機使用されている。


 そして、この国においても全部で85機のMig17が対地攻撃戦闘機として使用されていた。

 

 

 滑走路上のMig17が離陸準備に入っている。

 全面アルミナイズ塗装された機体が美しい。

 機首の部分には黒色で機体ナンバーが描かれ、胴体後部のエンジン付近と垂直尾翼には国籍マークが描かれている。 


 Mig17戦闘爆撃機の銀色に光る機体が轟音を発して次々に滑走路から飛び立ち出撃していく。

 輝くばかりに青い広い大空に小さな機体が吸い込まれていくかのような光景だ。


 これよりMig17は異世界初の実戦を行うのだ。



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●【西暦198X年9月4日朝 サルヴァント王国 戦場付近】


 その者は名の無い森の中に身を潜め戦場を窺っていた。

 仕えし者から命じられた事は此度の戦闘をつぶさに観察し見聞きした事を報告するというものだ。

 別に珍しい任務というわけではなく、これまで何度もこなしてきた仕事だ。

 それ故に過度な緊張も怯えもありはしない。

 命じられた事をやり遂げる自信はあった。

 だが、この者はこれから起こる戦いを見て驚愕する事になる……

 

 そして戦場になるであろう地域周辺には、この者以外にも様子を窺っている者が他にも複数いた。

 それぞれの属する勢力から送り込まれた密偵だ。

 それらの者も等しく、これから起こる戦いに驚愕する事になる。



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●【西暦198X年9月4日朝 サルヴァント王国 戦場】


 風に吹かれ徐々に霧が晴れて行く。

 霧のカーテンが完全に取り払われたその場には多数の人間がいた。

 サルヴァント王国軍だ。


 整然とした隊列がそこにあった。

 長槍兵。弓兵。歩兵。騎兵がそれぞれ定められた隊形をとり並んでいる。

 数十もの風に棚引く旗に描かれた紋章が美しい。

 長槍の穂先が朝日を浴びて光っている。

 貴族達が甲冑の上から纏うサーコートも色取り取りで華やかだ。

 時々、馬が鼻息を荒くしているが、実に見事な絵になるような光景だった。 


 しかし、地獄の宴が始まりを告げる。


 澄み切った大空に展開した24機のMig17戦闘爆撃機が先陣を切る。


 対地攻撃戦闘飛行隊を率いる編隊長が無線で部下達に告げる。

「これより攻撃を開始する。続け!」


 攻撃を阻むものは何もない。まるで演習をしているかのような錯覚に捉われるが、これは第二次世界大戦後、この国にとって初の実戦だ。

 そんな思いを頭の片隅に描きながら編隊長は機首を下げ目標をロックした。

 そしてタイミングを計り発射ボタンを押し込んだ。

 それに反応して両翼パイロンに取り付けられたロケット弾ポッドから8発のロケット弾が次々と発射されていく。


 ロケット弾は吸い込まれるように全弾地上目掛けて飛んで行った。

 それを視界の端に捉えながら編隊長は機首を上げる。

 編隊長機に各機が続き次々と対地攻撃を行った。

 

 地上では人の耳を壊すかのような爆発音が轟き地面が揺らぐ。

 

 サルヴァント王国軍はこの世界で初めて空爆を経験した。

 とは言ってもこの世界の人間には爆発という概念は無い。

 未だ火薬も無く、火山が噴火するような事もなく、爆発するという現象自体を知らないのだ。

 似たものとして、せいぜい料理の途中で卵が弾けた、豆が弾けたという現象を知っているだけだ。


 人は知らない現象に対して本能的に恐怖を感じる。

 これまでに見た事も聞いた事もないとてつもない轟音と爆発にサルヴァント王国軍の兵士達は恐怖した。

 いや、恐怖するだけならまだよかった。

 

 あちらこちらで悲鳴があがる。

 悲鳴だけではなかった。

 あがるのは人の体もだった。兵士達が空爆により文字通り吹き飛ばされ宙を舞っていた。

 無惨にも体の一部が吹き飛ばされる者もいた。

 腕が、足が、首が、もはや、体のどこの部分かわからなくなったものや鮮血が舞っていた。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「痛いぃぃぃぃぃぃ」

「た、たすけて」

「だ、だれか」

 そこかしこで悲鳴と助けを求める声が上がる。

 人だけではなかった。

 馬もだ。

 馬の体が吹き飛ばされている。

 ちぎれている。

 無惨にも血を流し横たわっている。

 隊列などもうない。

 兵士達がわけもわからず地に伏している。

 倒れている。手をつき跪いている。

 空爆による爆風と地を揺らす振動にたっていられないのだ。

 それは貴族も変わらない。

 馬に乗っていた者は暴れる馬に振り落とされたり、馬と共に爆発の中で死した。


 サルヴァント王国軍の貴族と兵士達は今まで想像した事もない事態に遭遇し、そして傷つき死んでいった。

 


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●【西暦198X年9月4日朝 共和国西部、オラデア市近郊 第3自動車化狙撃師団 師団司令部】


 双眼鏡を持つ者は固唾を飲んで戦況を見守っていた。

 霧が晴れた頃合いを見計らい、空軍による対地攻撃が行われた。


 敵は愚かにも堂々とその身を戦場に晒している。

 いや、愚かと言うには酷だろう。

 この世界の戦い方では通常の戦い方なのだ。


 味方の空爆の前に敵の隊列が吹き飛んでいる。

 しかし、見えたのはそこまでだった。

 爆発により生じた爆煙と土煙が視界を遮る。


 空軍による対地攻撃は一波のみの予定だ。

 後は陸軍の仕事になる。


 対地攻撃を行った空軍の機影が基地に向かうのを確認すると師団長は砲兵隊に命令を下すのだった。



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●【西暦198X年9月4日朝 共和国西部、オラデア市近郊 第3自動車化狙撃師団、第3砲兵連隊】


 砲兵陣地では既にいつでも各砲が砲撃できる態勢に入っていた。


 師団砲兵連隊は1個機甲砲兵大隊122ミリ2S1自走榴弾砲18両、2個砲兵大隊122ミリD30榴弾砲36門の計54門の榴弾砲が装備されている。

 他に師団砲兵司令部直轄の40連装122ミリBM21多連装ロケット砲18両がある。


 緊張に張り詰めた空気の中、師団長から砲撃開始の命令が来る。

 連隊長が砲撃を命じた。

「射撃開始!」


 砲の傍に待機していた兵士達がいつもの訓練通りの動作を開始する。

 連隊の保有する54門の榴弾砲が轟音を発し一斉に火を噴いた。

 一度だけではない。

 砲撃は新たな命令が下るまで続行される。

 砲撃の衝撃で地面が振動し砲からは轟音が鳴り響く。

 青い空を切り裂いて、無数とも言える砲弾が目標に向かって飛翔していく。


 122ミリ榴弾の対人破片効果範囲は概ね40メートル×20メートルとなる。

 その榴弾が一斉射撃で54発。

 一門当たり一分間に7発が発射され計378発の弾幕射撃が行われた。

 

 更に師団砲兵司令部直轄の40連装122ミリBM21多連装ロケット砲18両も一斉射撃を行った。

 計720発ものロケット弾が目標に向け飛んで行く。


 合計1098発もの砲弾が目標地点に降り注いだ。

 爆発音が絶え間なく響き土煙と爆煙が噴き上げられる。

 着弾地点は爆発と煙で全く何も見えない。


 その光景を見ている第3自動車化狙撃師団の兵士達は、あそこにだけはいたくないと心底思うのだった。



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♢【聖歴891年9月4日朝 サルヴァント王国軍 戦場】


「な、何が起こっているのだ!」

 サルヴァント王国軍の総指揮官たるアウリス侯爵は大声をあげた。


 しかし、側にいる者達もそれに答えられる者はいない。

 豊富な実戦経験を持つ歴戦の男達が明確に答えられない。

 うろたえる事しかできない


 アウリス侯爵は目の前に起きている事態に衝撃を受けていた。

 数々の戦場で血を流して来た自分が何もできない事にも衝撃をうけていた。


 吹き飛んでいる兵士達が。

 敵の姿は遠くにある。

 それなのに味方の隊形は崩れ兵士達は傷つき死んでいく。


 一体なにが……


 そこでアウリス侯爵は思考が途切れた。

 砲弾が至近に落ちアウリス侯爵を即死させていた。

 アウリス侯爵は自分が死んだ事さえ気づかぬうちに死んだ。 



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●【西暦198X年9月4日朝 戦場】


 戦場を覆っていた空爆と砲撃によって発生した煙が晴れて来ると、そこには惨憺たる光景が広がっていた。

 まともに陣形を保っている部隊は無い。

 数多くの人馬が血を流し大地に倒れ伏していた。

 地を這いずっている者もいる。負傷し血を流している者が多いが、中には無傷でも這いずっている者も少なくない。あまりの恐怖に腰を抜かしたのか、大地を揺るがす空爆と砲撃に立っていられなかったのか……

 中には、ただ茫然とつっ立っている者もいる。恐怖に心が壊れてしまったのかもしれない。

 逃げた者達もいる。

 近くの森に飛び込んだ者や一目散に後方に駆け出した者達もいた。


 この戦場で生き延びた者の中に今なお戦意を持っている者は一人もいない。


 サルヴァント王国軍にとって、この戦いは聖戦だ。

 特に貴族は、貴族としての誇りと家の名誉、そしてシータ教徒としての信仰がかかっている。

 退けば戦場を逃げ出した卑怯者、または王国への反逆者、シータ教での背教者として処分を受けるかもしれない。

 貴族の中にも勢力争いがあり敵対する相手の足を引っ張る機会を狙っている者は多いのだ。

 卑怯者、反逆者、背教者、その烙印は貴族にとり屈辱であり恐怖でもある。

 故に退く道は無い。

 無い筈だった。

 

 だが、しかし、生き残った貴族で戦意を持っている者はもういない。

 初めて体験した凄まじいまでの砲・空爆の衝撃に戦意は砕け散っていた。 


 既にアウリス侯爵は空爆で死んでいる。

 他にも少なからぬ貴族達が死んでいた。

 サルヴァント王国軍の指揮系統は既にズタズタにされている。

 それは生き延びた貴族達には、まだわかっていない事だったが、もう生きている貴族には逃げる事しか頭には無かった。


 サルヴァント王国軍にまともに戦う力は残されていなかった……



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●【西暦198X年9月4日朝 共和国西部、オラデア市近郊 第3自動車化狙撃師団 師団司令部】


 師団長が命令を下した。

「偵察隊前進! 予定通り捕虜を得る事を第一とせよ!」


 その命令に師団直轄の機甲偵察大隊よりT34戦車6両とBRDM装甲偵察車8両、BTR50装甲兵員輸送車3両からなる増強1個中隊が前進を開始した。


 この国も参加している同盟の盟主たる某国ならば標準的な自動車化狙撃師団の機甲偵察大隊にはPT76水陸両用軽戦車を10両とT72戦車を10両、BMP1機械化歩兵戦闘車を4両、BTR60装甲兵員輸送車3両、BRDM装甲偵察車を24両装備している。


 しかし、この国ではPT76水陸両用軽戦車とBMP1機械化歩兵戦闘車を採用していない。

 その代わりに第3自動車化狙撃師団ではT34戦車とBTR50装甲兵員輸送車が配備されていた。


 T34戦車を先頭に偵察隊は前進する。


 T34戦車。

 第二次世界大戦においてソ連が大量に使用した戦車であり、攻撃、防御、機動力のバランスのとれた優れた戦車として有名だ。


 しかし、80年代では流石に旧式である。

 だが、未だに10を超える国が使用している。

 特にアフリカに多い。

 モザンビークで約150両。 

 アルジェリアで113両。 

 北イエメンで約100両。

 数は不明ながらも南イエメンでも使用されているのが確認されている。

 アンゴラで約100両。

 ソマリアで約30両。

 ギニアで約30両。

 マリで21両。

 エチオピアで約20両。 

 ギニアビザウで10両。

 他の地域ではアフガニスタンで50両。

 キューバにも予備として100両以上保管しているという情報もあるし、それ以外にT34を固定沿岸砲台として活用しているとも言われる。

 変わったところではレバノンの民兵組織の一つ、進歩社会主義党というソ連に近い民兵団が70両も使用している。

 

 そしてこの国では630両ものT34が未だに使用されている。



 そのT34が轟音を発しキャタピラを軋ませ前に進む。

 

 この偵察隊を率いるコアンダ中隊長は内心では自分の不運を呪っていた。

 こんな任務を受けたくはなかった。

 しかし命令とあれば仕方が無い。 

 異世界の大地に行くなんて……

 もし偵察隊が異世界の大地にいる間に国がまた転移し元の世界に戻ったらどうなるか。

 自分達は置いてけぼりだ。

 冗談じゃない!

 こうなれば一分でも、いや一秒でも早く捕虜を捕えて帰還するまでだ。

 コアンダ中隊長は各小隊長に命じる。

「敵は逃げ出している。速度を上げろ!」

「第1小隊了解」「第2小隊了解」「第3小隊了解」  


 実際、敵はパニックになっているようだった。

 慌てふためき戦場から逃げ出そうとしている。

 戦車が初めて実戦で使われた第一次世界大戦におけるソンムの戦場でのドイツ軍のように。

 

 実際、見た事も無い戦車という物の出現に、いや、戦車という名前さえ知らないサルヴァント王国軍の兵士達からすれば、それは化け物に見えたのだ。

 貴族も兵士も生き延びていた者は逃げ惑うばかりだった。

 

 こうしてサルヴァント王国軍は崩壊した。

 圧勝と言うのも生温い完全な勝利である。

 いや、一方的な虐殺と言ってもよかった。

 

 そして、それはこの世界の有り様を変えて行く第一歩に過ぎなかったのである


♢♦♢♦♢♦



●【19◯◯年◯月◯日 イタリア 某列車内】


Σ(゜□゜;)

「はっ! 汽車の揺れに身を任せていたら何時の間にか寝てしまっていたよ。

ながーい夢をみたな。

何故か1988年に東欧のルーマニア社会主義共和国が異世界に転移して異国と戦う夢だった。

おかしな夢をみたものだよ。

まだ、汽車が街に着くまで時間もあるようだし。

もう一眠りしようかな」



〖夢落ち……よくある話なのであった。〗

【次回予告】


信義無き作者の狂おしいまでの創作意欲は

更なる混沌へと読者を導く。


次回、「栄光の勝利を、ヘタ・・・じゃなくて、イタリア王国に」

第0013話「◯◯◯◯」

ご期待しないで下さい!




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


今回の第12話ですが…

1988年におけるルーマニアの師団数や旅団数、他の部隊の数は全部本当のお話。

師団のABCのカテゴリー分類別の数も本当のお話。ただし師団ナンバーは架空。

戦車や戦闘機の種類と数なんかも本当のお話。

四つの航空基地名も本当のお話。

防衛駐在官と日本大使の名前は架空。ただし、あの時代にルーマニアに防衛駐在官がいたのは本当のお話。

対人障害物の埋める長さとかは、あの時代のソ連軍の教範から。ルーマニア軍がそれを採用していたかは不明。

異世界? それは作者の妄想。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


久しぶりの更新となりましたが、何というか正直、えっこの作品1年以上更新してなかったっけ?

と、言うのが作者の本音。

歳をとると1年が過ぎるのが早く感じるとはよく聞きますが、歳をとって実感しました。

本当に早い……早すぎる……

と感じる駄目な作者代表の死の商人Sでありました。



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