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暴虎馮河  作者: 阿波野治
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第十九話

 あと一時間もすれば西の空が色を変えはじめる時間帯。たくさんの遊具が設置され、ボール遊びをするスペースまである広々とした公園では、放課後を迎えた子ども約十人が体を動かす遊びをしていた。下は幼稚園児から、上は中学生くらいまで。

 歓声と若さを迸らせる児童生徒の中にあって、外見上は大の大人の勇とロタールのペアは異質だ。その公園を日常的に利用しているわけではない、という意味でも異質なのだろう。二人が園内に足を踏み入れたさい、公園にいる人間はみな体の動きを止め、好奇と警戒の視線を注いだ。

「わー、遊具がいっぱい! あっ、あれの名前知ってる! ジャングルジムっていうんでしょ。いっしょに登ろうよ!」

 勇の手をとって走り出す。瞳はらんらんと輝き、心の昂ぶりを表現している。

 ロタールはきびきびと四肢を動かしてジャングルジムを登る。あっという間に両足の高度が勇の頭を追い越した。小毬が絶対に見せることのない俊敏で洗練された挙動に、勇は呆然と彼女を見上げる。そんな彼をロタールは悠然と見下ろし、

「おもしろーい! 勇も登ろうよ」

 片手を離して手招きをする。離れた瞬間は少しひやりとしたが、ロタールは肉体的にも精神的にも余裕綽々といった様子だ。

「分かったよ。すぐ追いつくから」

 登りはじめた勇は、周りの目が気になった。大人の女性が、子どものようにはしゃいだ声を出し、子どものように無邪気にジャングルジムで遊んでいて、しかも声がいちいち大きいから、注意を惹くのも当然。奇異な目で見られているのはロタールのほうだと理解しながらも、いい歳をして遊具によじ登る、軽快とはいえない挙動の自分も併せて変人扱いされているようで、あまりいい気持ちではない。

「やっと頂上だー! とってもがんばったね!」

 数分遅れで頂上にたどり着き、ロタールから惜しみのない賞賛と労いの拍手を送られたことで、勇の意識は一気に彼へと惹きつけられた。

 ロタールは先に下り、下りるのを助けてくれた。その手は、小毬の繊細さと柔らかさながらも、野生ならではの力強さのようなものが同居している。

 勇は今さらながら、「ロタールが変身した出井小毬」という存在のアンビバレンスさに、得も言われぬ力を感じた。小毬は気さくだし、子どもっぽいところもたびたび見せる人だが、ロタールのように常に無邪気さを発散しているわけではない。

 勇がブランコを揺らすのを手伝うと、そのダイナミックな動きにロタールは歓声を上げた。

 何度も何度もすべり台を滑る姿は、年端もいかない子どもそのものだ。

 勇には長いように見える雲梯を休みなしで渡りきったときは、たまたまそれを見ていたらしい小学校低学年くらいの男子のグループから盛大な拍手を賜った。

 二人は公園内にあるすべての遊具で遊んだ。そして、再びジャングルジムへ。

 二巡目の途中で、「体力の限界が来たので見学に回らせてほしい」と勇は願い出た。ロタールは屈託なく笑ってそれを快諾して、一人遊びをはじめた。

 一人だけで遊ぶロタールは、保護者といっしょのときよりもいっそう動きが軽快だ。僕は足手まといだったんだな、と苦笑を禁じ得ない。

「ゆーう! おーい! 三回目!」

 いっしょに遊ぶ時間はいつか終わる。でも、この笑顔はいつまでも続いてほしい。どんなときでも、僕がいない場所でだって。

 ジャングルジムの頂上に立って手を振るロタールに、勇はにこやかに手を振り返しながら、心の中でそっと願ったのだった。


 ふと気がつくと、西の空にはうっすらとオレンジ色が滲んでいる。

 四巡目の途中で、ロタールは立ち漕ぎしていたブランコから飛び降りた。

「おなか空いたんじゃない? なにか食べ物を買って食べようか」

 保護者が座るベンチの隣にすとんと腰を下ろす。大きく伸びをした拍子に背中からひっくり返りそうになったので、咄嗟に両手で支えてやりながら勇は提案した。

「市道まで出ると飲食店がたくさんあるんだ。ロタールはこれが食べたいとか、逆にこれは食べられないとかはある?」

「キツネはなんでも食べるよ。勇はぼくに肉ばかりくれたけど、甘いものも好き」

「そういえば君は、デートのときにパフェを食べていたね」

「お店に行くならぼくも行きたい。いっしょに買いに行って、ぼくが選ぶ」

 どんな食べ物があるかが分からないから、自分の足で店まで行って自分の目と鼻と感性で選びたい、という意味だろう。勇はそう考えたが、ロタールは汗ばんだ二の腕を押しつけるように彼にもたれかかり、微かに眉根を寄せた顔で上目づかいに見つめ、

「待たされるのは、やだ。ずっと勇といっしょがいい。一人で遊んだのは、勇が人間で体力ないから、疲れててかわいそうだからそうしただけだもん」

「……そっか。そうだよね。待たせておく理由はないよね。じゃあ、僕といっしょに買いに行こうか」

 頭をぽんぽんと叩くと、ロタールはぱっと表情を明るくさせた。マンガやアニメによくあるように、キツネの耳が頭から突き出していたとしたら、うれしそうに快さそうにひくひくと動いただろうな。そんなことを思った。

 勇は普段、恋人相手にこうも気安くボディタッチはしない。TPOに配慮しているかぎり、その手のコミュニケーションを嫌がらない人だと分かっているが、殻をあと一歩二歩のところで破れずにいた。しかしこれを機に、いい意味で馴れ馴れしく恋人とじゃれ合える気がした。

 商店が多く建ち並び、人通りも多い市道の雰囲気に、ロタールはぽかんと口を開けて圧倒されている。慣れていないだろう人口密度の高さに怯えるのではなく、見とれるのが彼らしいと勇は思う。

 しばらく散策したのち、二人は大判焼きを食べることになった。通りに面した大きなガラス窓越しに、店内での調理の模様を見ることができるようになっていて、それにロタールが興味を惹かれたのが決め手だった。

 二つ購入し、店頭に設置されたベンチに座ってさっそくかぶりつく。

 恐る恐るといったふうに小さく一口に食べた瞬間、ロタールは双眸を大きく見開いた。そのあとは、一転して大きく口を開閉しながら一心不乱に食べた。

「いい食べっぷりだね、ロタール。そんなにおいしいの?」

「うん。おいしい」

 口いっぱいに頬張りならしゃべったので声がくぐもっている。口元にあんこをたくさんつけた姿が微笑ましい。一度に詰め込みすぎたらしくむせたので、背中をさすってあげながら、

「どうしたの。僕とデートしていたときは、本物の小毬さんらしくちゃんとお行儀よく食べていたのに。どうしてお行儀よくできないのかな」

「小毬が勇に嫌われたらいけないからだよ。でも、がつがつ食べたほうがおいしいし」

「なるほど。もう別人だってばれちゃったから、我慢する必要はなくなったわけだね」

 野生動物らしくもあるし、子どもらしくもある言い分に、勇は思わず噴き出してしまった。笑われた本人は意に介さずに食べ続け、勇に倍以上の差をつけて完食した。

 口元のあんこをどこか不器用な手つきでつまんでは口にしながら、勇が手にしたものを物欲しそうに見つめる。半分弱になったそれを、断面からあんこがこぼれないように慎重に半分分けし、

「はい、どうぞ」

 ロタールは口でそれを受け取り、手に持ち直して食べた。少し遅れて食べ終えた勇は言う。

「ロタールは食べ足りないみたいだし、もう少しなにか食べようか。なににするか、さっきまでみたいに歩きながら決めよう」

「ほんとに? やったぁ!」

 待ちきれないというように歩き出したロタールを「慌てると危ないよ」と軽くたしなめる。同じ方向に向かって歩き出そうとしたとき、ジーンズのポケットでスマホが震えた。

 発信者の名前を見た瞬間、軽く息を呑んで足を止めた。神楽坂からだ。

 異変を察したらしく、ロタールが立ち止まって勇を見ている。勇はロタールに「ちょっと待ってて」と眼差しで伝え、電話に出る。切迫した声が賑わう通りから勇を切り取る。

「裸馬が出た。小毬は一人にしても平気そうだったから、病院を出て目撃現場に車で急行しているところ。勇は今どこにいる?」

「西町の市道。何丁目かはちょっと分からないけど」

「じゃあ、俺が迎えに行くよりも現場で落ち合ったほうが早いな。……胸騒ぎがするんだ。お前の力が必要になると思うから、協力してくれ。今日でやつとの決着、つけられるものならつけてしまいたいからな」

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