第六話 うごめき 其之一
足元に浮かぶもこもこ雲に千歳を乗せ、夜空を駆け抜ける槐之介は、今日も丹若大社からの帰路についていた。
「今日の陸離様のお顔、実に面白かったですね」
「浮腫み、解消されているとよいですね」
千歳が、昼間のことを思い出してくすくすと笑う。
槐之介はそんな楽しそうな千歳をちらりと見て、わずかに口角を上げた。
今宵は新月。
月明かりひとつない夜空は、深い闇に閉ざされていた。
されど、ここは毎日のように通い慣れた道。妖たる者にとって、この程度の夜道は何の障りにもならない。
屋敷までは、もうすぐだった。
ふと、張りつめていたものがほどけるような心地がした――そのとき。
背後から、何の前触れもなく刃が突き出された。
ずぶり、と冷たい感触が背を貫いた。
「ぐっ……!」
刀身が身体を貫き、黒い血がじんわりと着物へ滲んでいく。
槐之介は咄嗟に青天霹靂を抜き放つと、まだ状況を掴めていない千歳を屋敷の方角へ、思いきり蹴り飛ばした。
「槐之介様ーーーー!」
千歳の遠ざかる声と同時に、槐之介は目の前の敵へ斬りかかった――だが、速い。
槐之介ですら捉えられないほど、新月の闇に溶け込むその姿は、まるで気配そのものが存在しないかのようだった。
どこから来るのかも分からないのに、刃だけが確実に槐之介の間合いへ届いてくる。
右。
次の瞬間には上。
避けたと思えば、すでに背後にいた。
「……っ!」
槐之介は青天霹靂で刃を受け止めた――だが、重い。
たった一太刀を受けただけで、腕の芯まで痺れるほどの重さだった。
こんな凄まじい妖怪を、槐之介は知らない。
そして何より、この妖からは、夜の闇そのものが殺気を放っているかのような、凄まじい圧があった。
槐之介は歯を食いしばった。
五人の大妖怪の中にも、これほどのものはいない。
今の槐之介は、正直、柘榴から十分な血を得られていない。
身体はとうに限界に近かった。
――十年前。
ふいに、あの日の呪いが脳裏をよぎった。
「……まさか」
槐之介は傷口を押さえながら、見えない敵を睨みつけた。
「呪いをかけたのは、貴様か――?」
返事はない。
ただ、殺気だけがさらに膨れ上がった。
「……!」
次の瞬間。
槐之介の身体が、その攻撃を辛うじて受け止めた青天霹靂ごと吹き飛ばされた。
凄まじい衝撃とともに、夜空から地面へ叩き落とされる。
轟音。
屋敷の前の地面が大きく抉れ、槐之介の身体がその中央へ沈み込んだ。
槐之介が、残された力を振り絞って夜空を見上げたときには――敵の姿は、もうどこにもなかった。




