第二話 陸離と槐之介
(とびきりの良縁って、いつくるんだよ……)
(そういえば、誰かが私を呼んだからと言っていたけど……もしかして、その良縁とやらと関係あるかな? やばい、ちょっとドキドキしてきたかも……)
陸離は花びらとともに神々の世界から消え、あれこれ考えたまま、意識が遠のいていった。
「槐之介様!糸探の儀は成功のようでございますね!」
子供のような声が、朦朧とした意識の中に入り込んできた。
「あぁ。血の色を確かめて、赤だったら皆に与えよう」
さっきとはまた違う男の声が、陸離の近くから聞こえた。
陸離は目を開いた。
自分の身体を見渡すと、梅の花が描かれた浴衣のようなものを着ていた。
(かわいい……ってか、よかったぁー。裸じゃなくて)
そして左側へ目を向けると、そこには男がひとり、座っていた。
見た目からして、二十歳そこそこだろうか。すらりとした体つきに着物をまとい、肩あたりまで無造作に伸ばしたさらさらの金髪からは、小さな龍のような二本の角が覗いている。翡翠のような深い緑の瞳は、きりっとしていて鋭く、どこか凛とした雰囲気を漂わせていた。
(かっこいい……)
陸離は、元の世界では見たことがないタイプの美男子に、思わず見惚れていた。目の前にいる、その妖怪のような男はまさしく、当代最強の大妖怪の一人である、貔貅の百々槐之介であった。
「いつまで俺の顔をじろじろ見てやがる」
槐之介は鋭い目つきのまま、少し頭を傾げた。
「ごめんなさい、つい……」
陸離は気まずさを誤魔化すように、今度は右側へ顔を向ける。
「おおおおおっ!」
槐之介と似たような、小さな角の生えた男の子が、脇差のような刀を振り上げ、ものすごい勢いで陸離めがけて突っ込んできた。
「ぎゃーー!ちょっと待った!!」
「おや、はっきり目が覚めたようでございますな」
男の子は、振り上げた脇差をすっと下ろした。
「槐之介様、いかがなさいましょうか」
「ここで血を抜いて、すぐに皆へ飲ませろ。こいつが死なない程度にな」
再び男の子が脇差を高く振り上げた。
「待て待てー!その切り方じゃあ私、死んじゃう!」
「どういたしましょう、槐之介様」
槐之介は、露骨に不機嫌そうな顔で、ふんと鼻を鳴らした。
「だって、生きてさえいれば血はいくらでもあげられるし……ほら、雑用とかもできるよ?」
陸離は一生懸命に、この場を凌げそうな言い訳を探した。
「俺はお前の赤い血にしか興味はない」
(お前が召喚したんだろうか。少しは興味持てー!)
「じゃあ、こういたしましょう!血をあげたい方々のところに案内してくれたら、ほら、量がどれくらい必要かわかんないからさ。私が行けば、量の調整ができるというか……」
「異界へ来たばかりだというのに、ずいぶん呑気なものだな」
槐之介は、わざとらしく陸離の顔を覗き込んだ。
「まあよい。千歳、部屋に案内してやれ。まずはそこで血を分けてもらおう」
「はい。では、お嬢様。僕についてきてください」
千歳という男の子に続き、その後ろから、さっきの槐之介様と呼ばれた男がついてきた。まるで逃げないように見張られているみたいで、陸離は少し癪に障ったが、素直に千歳の後ろをぴったりついて廊下を抜け、大きな部屋へと案内された。
部屋を見渡すと、五つの布団が敷かれていて、それぞれに、生気がほとんど感じられないほど痩せ細った人たちが寝かされていた。
「どうすればいい?」
陸離はてきぱきと腕まくりをし、血を抜く準備をした。
「それぞれに、お嬢様の赤い血を飲ませ、すっかり元気になるまで吸わせ続けてください。ちなみに個人差がございますので、一概に一人何合とは申し上げられません」
「了解」
あっさり納得した陸離は、一人目の口元に手首を差し出した。
しかし、あまりの衰弱ぶりに、陸離の手首に噛みつく力すら残っていないようだった。
「ちょっと貸して」
陸離は千歳から脇差を奪い、自分の手首を迷うことなく切った。切り裂かれた皮膚から赤い血がぽたぽたと病人の口へ落ちる。
すると、みるみるうちに痩せ細った身体が膨らみ、髪の毛も伸び、顔色も戻っていった。次第に顔にも生気が戻ってくる。
(よかった……ちゃんと効いてる)
そう思ったのも束の間。
力が戻った病人が、さらに血を欲するように鋭い牙で陸離の手首にガブリと噛みついた。
「ぎゃーーー!」
かわいげのない悲鳴をあげたものの、陸離は歯を食いしばり、痛みに耐えるように唇をきつく噛みしめながら、血を飲ませ続けた。
ほどなくして満足したのか、すっかり元気になった病人が手首から牙を抜き、気持ちよさそうに、満足そうな寝息を立て始めた。
「では、次」
休む暇も与えられるわけもなく、陸離は横たわる五人へ、立て続けに血を与え続けた。
(これは、200mlじゃあ済まないよな……)
陸離は途中からぼんやりとした意識の中で、ようやく最後の病人が満足げな眠りにつくのを見届けた。
「ご苦労様でした!」
(なんか思ってたドキドキ赤い糸の展開じゃなくないですか……月下老人様)
陸離は、そんなことを思いながら、意識を手放した。
槐之介は表情を変えぬまま、倒れ込んできた陸離の身体を受け止めた。そのまま両腕で軽々と抱き上げると、陸離の身体はすっぽりとその腕の中に収まった。
「南の部屋で寝かせておけ。皆が目を覚ましたら、滋養のつくものでも用意するよう伝えておけ」
そう言って、槐之介は陸離を抱えたまま、家の奥へと歩いていった。
◇◇◇
陸離は、眠りの中で、おかしな夢を見た。
黒い靄がかかり、何もかもが不明瞭な視界の中。
槐之介と一緒にいた。
今日見た槐之介より少し髪が短く、今日の悪態からは想像できない、春風のような優しい顔をしていた。
二人で縁側のような場所に並んで座り、大きな満月を共に見上げていた。
庭には風が優しく吹き抜け、満開の夜桜から舞い落ちる桜吹雪が、辺り一面を埋め尽くしている。
「この時間が、永遠に続けばよいと思った」
そんなことを言いながら、彼は照れくさそうに笑っていた。
なぜだかわからない。
ただ、よく知らない彼のことが、どうしようもなく愛おしく感じられた。




