第十八話 鳶
門が再び開き、陸離は中から姿を現した。
腰には、先ほど姫鶴から授かった打刀が差されている。慣れない刀を帯に差したその姿は、どこか一人前になったようでもあり、本人もそれが嬉しくて仕方がないらしい。得意げに胸を張り、満面の笑みを浮かべている。
とても往復二時間もの道のりを歩いてきたとは思えないほど、足取りは軽かった。
「おせぇよ」
槐之介は地面にしゃがみ込み、眠たげに片目を開いた。
「陸離ちゃん、俺もすっげぇ心配したー! 大丈夫だった? 姫鶴になんかされたりしてない? 生きてくれててうれしいよー!」
そして宝寿といえば、大袈裟なほど嬉しそうに陸離を迎えた。
(いや、どんだけ……?)
ふたりがあれほど怯えていた姫鶴は、実際に会ってみれば、思いのほか優しい人だった。怖い人なのだろうと勝手に身構えていたぶん、陸離は拍子抜けしてしまった。むしろ、もう少し話してみたいと思うほどだった。
「その刀……」
槐之介が、ふっと陸離の腰に差された刀へ目を向けた。
「万紫だろ」
「わかります? 姫鶴様からいただきました! この刀、万紫というのですね」
陸離は嬉しそうに刀を鞘から少しだけ抜くと、きらりと光る刀身を持ち上げた。あちらから、こちらからと角度を変えながら眺めては、満足そうに笑っている。
「なんで姫鶴が、そんなわけの分からねぇことするんだ?」
「使い方がわかるまで、護身用に持っておけって。これで剣術も頑張らないと」
陸離は嬉しそうに刀を見つめた。
プレゼントをもらうのは、いつぶりだろうか。どんなものであろうと、自分のことを思って選んでくれたものは、何歳になっても嬉しい。ましてや、異界へ来てからというもの、何も持たない自分の身を案じてくれたものなら、なおさらだった。
この万紫もまた、姫鶴が自分の身を案じて渡してくれたものなのだ。陸離は、これを大切にしようと思った。
「それにしても、対になってる刀の片方を人にやるなんて、姫鶴もずいぶん変わったことするな」
宝寿は物珍しそうに、万紫を眺めた。
「え? 万紫って、二振りで一対だったんですか?」
「あぁ。姫鶴の刀、万紫と千紅は対になる二振りで、妖の間じゃあ有名だよ。昔からいろんな戦いで、あの二振りを振るってきた。戦場に立つときは、いつだって二振り一緒だったからな」
「そうなんですね……」
陸離は、ふと手元の万紫を見つめた。
言われてみれば、少し妙だった。
あの場に置かれていたのは、確かにこの万紫一振りだけ。
それに、姫鶴はそれを陸離に放り投げたとき、特別惜しむような素振りも見せなかった。昔は二振りとも大事に使っていたというのに、それとはあまりにもかけ離れた行動だった。
(……なんで、私にこの万紫だけをくれたんだろう?)
陸離は小さな違和感を覚えた。
せっかく大切なものをもらったのに、それを疑うようで、胸の奥にわずかな罪悪感が残った。
「まあ、兎にも角にも」
宝寿はぱっと笑顔を浮かべる。
「我々の代わりに、あの城の中に入ってくれてありがとう! 帰ったら剣術、俺が教えてあげるね!」
「ありがとう! でも宝寿は槍使いじゃないの?」
「俺はどんな武器でも使えるから、心配いらないさ」
宝寿は自信ありげに笑った。
槍を得意とする宝寿だが、刀に限らず、どんな武器でも自在に使いこなせる器用さを持つ、珍しい男だった。
宝寿は親しげに陸離の頭をぽんぽんと撫でた。
その隣で、槐之介は目を細め、無言で二人を見つめていた。
「んで、羽根はなんて?」
宝寿はそれに気づくと、何事もなかったかのように、すかさず話題を変えた。
「あ、そうでした。羽根はどうやら、鳶の羽根だそうです」
「鳶? そんな妖、俺は知らんなー」
宝寿は顎に手を添え、うーんと考え込む。
「それと、羽根一枚貰っとくとも言っていた」
「それはまた珍しいこと」
宝寿と陸離は、いくら考えてみても、鳶という手掛かりには何ひとつ思い当たらなかった。
「鳶……」
槐之介は地面にしゃがみ込んだまま、その言葉を口にした。
そして、何かを思い出そうとするように、空を見上げた。
「槐之介さん、何か鳶について気づいたことでもあるんですか?」
「いや……」
歯切れが悪かった。
否定したものの、槐之介には、鳶という鳥にかすかな覚えがあった。
ただ、それはあまりにも遠く、ぼんやりとした記憶だった。
――どこかの大きなお屋敷。
――誰かの声。
『……姫様は、鳶に懐かれましてな……』
そんな言葉を、聞いたような気がする。
『縁起の悪き鳥ゆえ、旦那様には手放されよと仰せつかっておりますが……』
その前も先も、思い出せない。
ただ、御簾越しに、顔のよく見えない姫君が嬉しそうに何かを腕に乗せて――
『この子を、わたくしが飼うてはならぬものか?』
そんな声だけが、かすかに耳の奥へ残っていた。
鳶でも、通らないかな。
そんな都合のいいことを考えながら、陸離も宝寿もそろって空を見上げた。
白い雲がぽつり、ぽつりと浮かぶ、ほどよく青い空だった。




