98話 『完成』
神が下界へと放つ、理不尽な『試練』。
それを真っ向から迎え撃つため、私、ルターはロンベル郊外の広大な荒野──────第一戦線の最前線に立っていた。
「......来るよ、ルター。上空のひずみから、神様の差し金たちが」
隣で魔力を練り上げながら、ロータシーが鋭い声で告げる。
その横には、無言で得物を構えるクオカミと、闘志を静かに滾らせるムラクの姿があった。
かつて共に世界を恐怖で支配した、私のかけがえのない『家族』たち。彼らと共にこうして再び戦場に立てる日が来るなど、五百年前には想像すらしていなかった。
上空からは、これまでのオーバーヒューマノイドとは全く次元の違う、神々しくも禍々しい異形のバケモノたちが、雲を突き破って次々と降臨してきている。
だが、私の心に焦りは一切ない。
私たちが請け負う第一戦線は、ロンべル北東の戦線を担当している。
そして、その反対に広がる第二戦線には──────我らが絶対の主である『お父様』と、ガルファ、シプロが控えているのだ。あのお父様が後ろにいらっしゃる限り、この防衛線が突破されることなど万に一つもあり得ない。
前線に出ないそれ以外の家族たちも、今は裏に回り、結界やシェルターで震える市民たちを命懸けで護り、支える役目を担ってくれている。
かつては市民から忌み嫌われ、恐れられた私たちが、今は世界を守るために全力を尽くしている。その事実が、たまらなく誇らしかった。
......五百年前。私たちは世界を救うためとはいえ、人々を虐げ、血塗られた独裁を敷いた
悲劇の幻視に囚われ、狂ってしまったお父様と共に、悪逆の限りを尽くした。
その結果、レイという希望の光に討たれた。それは当然の報いだったと、今ならはっきりと分かる。
けれど。あの始まりの英雄ロッドは、そしてレイは、こんな大罪人である私たちを、世界を守るための『最強の盾』として再びこの時代に呼び起こしてくれた。
幻視の呪縛から解放された今。もう、未来に怯える必要はない。私たちが守るべきものは、背後に広がるこの美しい世界と、懸命に生きる人々の命だけだ。
「......さあ、行くぞ。私の愛しき家族たち」
私は剣を抜き放ち、眼前に迫る神のバケモノたちを見据えて、誇り高く宣言した。
「今度こそ示そう。......世界を恐怖で縛るのではない、私たち『円卓』の、本当の『正義』を──────!」
眼前に迫る、神が差し向けた無数の異形たち。
その圧倒的な絶望を前にして、俺が内なる魂を激しく滾らせる──────!
「『RED=ZONE』ッ!!」
俺の全身から限界を突破した真紅の闘気が爆発的に立ち昇り、身体と魔力の枷が弾け飛ぶ。
「すべて、見通させてもらうよ。──────『巡航者」
後方では、ロータシーが全能の魔眼を解放した。戦場のあらゆる事象を俯瞰し、敵の死角、魔法の軌道、そして数秒先の未来までも完全に掌握する青き光が陣地を覆う。
「我が身を贄とし、血路を開こう。──────『紅月の黎明』」
クオカミが自らの命と血を代償にするかのような決死の覚悟で、空に紅き月を顕現させる。その美しくも残酷な光が、神の試練たるバケモノたちの生命力を強制的に侵食していく。
「みんなの痛みは、俺が全部肩代わりする! ──────『バースト・オラトリオ』ッ!!」
そしてムラクが、第一戦線で仲間たちが受けるあらゆるダメージと負荷を自身の体へと吸収し、それを規格外の破壊エネルギーへと変換して前線へと撃ち放つ。
これこそが、俺たち円卓の真髄。
絶対の主であるお父様から直接受け継がれた特別な力──────『憧憬因子』だ。
この因子は、己が強く「こうありたい」と願う、憧れる姿になるための力を具現化し、引き出してくれる。
五百年前、悲劇の幻視に囚われ、間違った道を進んでいた時の俺たちの力は、ただ世界を畏怖させるための、どこか歪で濁ったものだった。
だが、今は違う。
「誰かを虐げるため」ではなく、「誰かを守るため」。そして、お父様が本当に愛し、護りたかったこの世界を救うため。
......その願望が純粋であればあるほど、この力は、どこまでも強く輝く!
かつての罪を背負い、贖罪の戦いに挑む今の俺たちの魂は、五百年前の全盛期すらも遥かに凌駕していた。四人の想いと魔法が複雑に絡み合い、第一戦線に絶対不可侵の結界と殲滅の嵐を巻き起こす。
「さあ、見せてやる。......これがお父様の愛した、俺たち『円卓』の『完成』の力だ!!!」
真紅の闘気を纏った俺は、ロータシーが導き、クオカミが削り、ムラクが支える絶対の布陣を背に受けながら。神の試練の大群のど真ん中へと、一筋の流星となって突撃した。
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遥か前方、第一戦線から立ち昇る凄まじい魔力の余波と、天を焦がすような爆発の光。
その確かな熱を感じ取りながら、私──────シンは、小さく、しかし誇らしげに口角を上げた。
「......ふっ。ルターたちは、上手くやるだろう。なんたって、私が育てた、自慢の息子たちだからな」
かつては何にも囚われず、仲良く暮らしていた。今のあの子たちはその時の表情をしているのだ。誰かを守るために、純粋な願いのために戦っている。親として、これほど頼もしく、喜ばしいことはない。
だが、感傷に浸っている暇はない。
第一戦線の網の目を掻き潜り、あるいはそれを飛び越えて、神の試練たる無数のバケモノたちが、この第二戦線へも雪崩れ込んできている。
「......私たちも行くぞ。ついて来い!」
私の号令に、左右に控えていたガルファとシプロが、一切の迷いなく武器を構えて前へ出た。
私は深く息を吸い込み、目を閉じた。
五百年前の孤独、血塗られた歴史、そして私を狂気から救い出し、再びこの世界を守るチャンスをくれた友──────レイたち。
そのすべてに心からの感謝を捧げ、私の中に眠る『憧憬因子』を限界まで引き上げる。
かつて私が最も恐れ、同時に最も純粋に焦がれたもの。
それは、絶望の中でも決して折れず、ただ真っ直ぐに明日を切り拓く『英雄』の姿だった。
私は目を見開き、最後に収束したその憧れのすべてを、圧倒的な光の魔力として天へと解き放った!
「『拝啓、憧れの英雄へ』ッ!!!」
私の全身を、黄金に輝く王のオーラが包み込む。それは恐怖の帝王の力ではない。人々を導き、守り抜く、真なる勇者の光だ。
私の覚醒に呼応するように、隣を駆けるガルファが、自らの巨大な得物を大地に叩きつけ、獣のような咆哮を上げた。
「お父様の道を切り拓くッ! ──────『フェイティベリオン』ッ!!!」
大地が割れ、ガルファの身体が確率を超越する。
さらに逆側からは、シプロが冷静かつ冷酷な声で、空間そのものを歪める大魔術を展開した。
「憧れたのは、ずっとあの投剣の英雄だった!!!──────『無限回廊』」
シプロの展開した歪な結界が、彼の周りに短剣として纏わる。
「さあ、見せてやる......ッ!」
かつて、私たちが失い、そして再び取り戻した誇り。
私は黄金の光を纏った剣を、神が差し向けた理不尽な軍勢へと真っ直ぐに突きつけた。
「エルザナの意志を、この世界に示すんだ──────!!!」
私たち『円卓』のすべての始まりであり、絶対に忘れてはならない大切な信念。
それを証明するため、亡霊たる王と二人の側近は、世界の存亡を懸けた防衛戦の渦中へと力強く踏み込んでいった。




