97話 直下、黎明の日へ
グリモ=メモリアとゲヴェニアを触媒とした、ロッドの規格外の蘇生魔法。
アーゼリア家の広間に描かれた巨大な魔法陣は、一晩中眩い光と膨大な魔力を放ち続けていた。
そして、窓の外から薄明るい夜明けの光が差し込んできた頃。
一夜を超える長時間の詠唱がついに終わりを告げ、光の奔流がスッと収束していく。
「............っ」
俺は息を呑み、魔法陣の中心を食い入るように見つめた。
そこに立っていたのは、幻ではない。五百年前、この手で確実に命を奪い、看取ったはずの者たち。
かつて世界を恐怖と絶望で支配した最強の組織──────『円卓』の全メンバー。
そしてその中心には、悲劇の幻視に狂い、孤高の玉座に座し続けた帝王シンの姿があった。
「............」
シンは静かに瞼を開け、自らの両手を見つめ、それからゆっくりと顔を上げた。
かつての狂気に満ちた威圧感はない。そこにあるのは、真実を知り、本来の気高く理知的な魂を取り戻した、かつての親友の真っ直ぐな瞳だった。
俺とシンの視線が交差する。
五百年の時と、殺し合った過去。謝罪や恨み言など、俺たちには必要なかった。ただ見つめ合うだけで、互いの魂がすべてを理解していた。
「......まさか、もう一度チャンスが訪れるとはな」
シンは微かに口角を上げ、静謐な声でそう口にした。
「シン......」
俺が一歩前に出ると、シンはそれを手で制し、円卓の面々を背負うようにして堂々と宣言した。
「すべてはロッドから聞かされている。......レイ、お前たちは迷わず神の元へ向かえ」
シンの顔つきが、世界を統べるに相応しい王のそれへと変わる。
「私たちは既に死んだ、亡霊のような存在だ。下界の防衛は私たちに任せろ。どんな神の試練のバケモノが来ようと、必ず凌いでみせる。......この理不尽な連鎖を、俺たちが破れるなら、それでいい」
それは、かつて世界を敵に回した最強の男たちからの、これ以上ないほど頼もしい誓いだった。
最強の敵が、最強の盾としてこの下界に残る。これなら、俺たちは背後を一切心配することなく、神の首だけを狙いに行ける。
俺は深く頷き、背後の憂いをシンに全て託した。
◇◇◇◇◇
準備は、すべて整った。
あの夜明けから、怒涛の三日間が過ぎ去った。
俺たちは手分けをして、世界中の国家元首やギルドに最大級の避難勧告を出し、地下シェルターや氷の結界への避難を徹底させた。亡霊として蘇った帝王シンと円卓の面々も、下界の防衛網を構築するために即座に各地へと散っていった。
そしてその合間を縫うようにして、俺はロッドの規格外の魔法理論と、弦弥の神速の剣技『鏡映流』の神髄を、文字通り血を吐くような特訓で身体に叩き込まれていた。神を討つため、たった一振りの剣としての練度を限界のその先まで引き上げるために。
そうして迎えた、四日目の朝。
遂に、千年──────いや、何千何万年と繰り返されてきた永き物語の、本当の『終わりの日』が訪れようとしていた。
アーゼリア家の広大な庭。
澄み切った朝の空気を吸い込みながら、俺たち”五選剣”の五人は、天を仰ぐようにして静かに並び立っていた。
「......レイ。行こう」
ふと、隣に立つユキが、俺の顔を見上げてふわりと微笑みかけてきた。
それは、五百年前の過酷な旅の最中でも、俺が絶望に押し潰されそうになった時でも、いつだって隣で俺を支えてくれた、温かくて愛おしい勇者の笑顔だった。
......ああ、不思議なものだな。
これから挑むのは、世界を創り、理を定めた上位存在である『神』だというのに。俺の心には一切の恐怖も迷いもなかった。
ユキのその笑顔さえ見れれば、どんな理不尽な逆境だって、絶対に乗り越えられる。そんな確信にも似た絶対的な力が、身体の奥底から湧き上がってくるのを感じる。
俺はフェルファクナを通してヴァルセリアを強く握り締め、ユキの瞳を真っ直ぐに見つめ返して頷いた。
「ああ。行こう。......すべての終点へ」
俺のその言葉を合図とするように。
円陣の中心に立つロッドが、神の理に反逆する、システムへの宣戦布告となる巨大な魔法陣を天高く向けて展開した。
『さあ、神殺しの時間だ。......行くぞ、キミたち!』
眩い閃光が、俺たち五人を包み込む。
連鎖を破壊し、人の自由と未来を取り戻すための、最後の戦いが今、幕を開けた。




