48.シーン3-14(異様な不変)
「はぁ、まさかギャラクシー・パラリラがアラサーだったなんてねえ」
果たしてこれは童顔に収まるレベルなのであろうか、常時フードで頭部を覆って小声でぼそぼそ話されるとなんとも判断しにくいが、それでも声の張りや肌の細やかさなどに三十路近くの趣は感じ難い。
「何よアラサーって」
「ざっくり言って三十歳」
「非常にざっくりいったわね」
「大丈夫、その代わり三十過ぎてもしばらくはアラサーだから」
私とミリエの受け答えにキュリアさんが「じゃあ私もアラサーですね」と言って笑う。
「いえ、キュリアさんはアラフォーです。ざっくり言って四十歳」
「お馬鹿!」
ミリエが私の足を踏んで睨むが、私も負けじと反論する。
「何を言うかミリエ、人生まだまだ、アラサーとアラフォーは華のゴールデン世代なんだから! 大人には大人の魅力があるのだよ、キュリアさんのように!」
ぱっと彼女を振り向くと、キュリアさんはため息混じりに「やっぱり若いというのはちょっと羨ましいものですね」と力なく笑い返した。そんな、キュリアさんはまだまだこれからが女としての磨きどころ、そして女の魅せどころではありませんか。キュリアさんの言葉をなんとなしに聞きながらか、ミリエも同じように「でも良いわよね」なんて言っている。
「ずっとそんな感じで歳とらないの? 魔力が高いからかしら。あたしもちょっと羨ましいかも。何か特別なことやってるの?」
マナと魔力と若作りについてぽわぽわと何か思いを馳せているのか、嬉々としながら彼を突っつくミリエを見て、野暮だと思うが私もついつい口を挟む。
「あまり良いことと言い切れないとも思うよ」
皮膚や毛髪、生きるために必要な新旧の入れ替わりは代謝により行われる。成長や傷ついた箇所の修復含め、体組織の更新は細胞が分裂していくことで進むが、同時に細胞の分裂回数には限界があり、それが老化の原因であるのだとも言われている。逆に、分裂の回数に制限がなく、半永久的に分裂し、更新し続けられることを細胞の不死化とも呼ぶが、後者はいわゆるガン化した細胞が主となる。
成長しない。老化しない。考え得るであろうその可能性とは、細胞が更新されていない状態、つまり代謝機能が急激に落ちている状態か、あるいはテロメア、テロメラーゼか何かの異常で、細胞が不死化した状態などではなかろうか。前者はもちろん何か不調があった際に取り返しのつかない症状へと一変する爆弾を抱えるが、後者も後者で万事解決しているとは言い難い。
細胞の老化と死は、計画されて起こっているのだ。永続的に分裂し続ける細胞の情報、いわゆるゲノムがどこか何かの拍子で傷ついてしまった場合、その細胞は変質した情報を抱えたままで、生きながら分裂し続けることとなる。体中で無限に更新し続けられる数多の組織が、いつの間にか本来あるべきはずのものから異質なものへと塗り変わっていくなんていった、おぞましい可能性を秘めている。細胞の分裂限界はそれを防ぎ、健常な状態を、真に残されるべき価値あるものを守るためにあるという。
「多分、魔力の高さに何らかの形で影響されてるからだとは思うけど、身体の微調整を司る機能が異常化してるからじゃないかな」
人並みには、それなりの意味があるのだ。時とともに否応なしに移り変わり行く世界がいかに残酷だとしても、決して、それを逸脱した不変が良いことだとは言い切れない。
色は匂へど散りぬるを、我が世誰ぞ常ならむ。昔々、優雅な文化を築き上げた京に住まう歌人たちは、花が咲くことを色が匂うと表した。多種多様な色や匂いが行き交う世界に生きていると、その感動に馴染みが薄れるのかもしれないが、あらゆる物が希少でもの珍しく、素朴な色調、茶や灰といった素材があふれていた世界において、植物たちが繁らせるみずみずしい緑の葉、そしてその中に咲く花の色と香りと言ったら、どれほど甘く芳しく、艶やかに目を惹き付けて、心動かされるものであったことだろう。
しかし、そんな美しく素晴らしい花々も、やがては儚く散ってしまう。
花とは、そもそも植物たちが子孫を残していくための手段である。己が身を置く環境に限界を感じた植物たちは、自身にはもう未来がないと悟るからこそ、彼らの未来を子孫へと託すべく、己の命を削ってまで花を咲かせ、結実する時を待つ。
きらびやかで芳しい花々は、厳かにうつろい往く時の流れの中において、刹那に輝くからこそ劇的で美しい。ひとつの過程が辿り着いた究極の姿、終なる完成形として、我々の目にはこの上なく映えるのだ。いくら心を魅了するほど美しく素晴らしいものがあったとしても、永遠の象徴とは呼べまい。
「例え今は大丈夫だとしても、体の機能が本来あるべき活動のリズムからずれてしまっている以上、もし何かの拍子にマナのバランスが崩れたら、一気に体調を崩しかねない。見た目に変化が無いとしても、人一倍体の具合には気を付けていなければ駄目だと思うよ」
「ふぅん、そんなものなのかしら」
そう相槌を打ちながらも、やはりどこか名残惜しげに異様に若いアラサーを眺めながらミリエがつぶやく。妹よ、そんなに歳を取るのを気にする世代でもあるまいに。もしかすると、輝いていると自分自身で分かるからこそ今が過ぎ去るのが惜しく、永遠に憧れるのかもしれない。
それにまあ言ってしまえば、いつでも目で見て触れることが出来るものはそのうち慣れと飽きがくる。特にミリエのような人種は顕著だろう。その時にしか巡り会えないものだからこそ、刺激があって新鮮で、珍しくて愛おしい。人とは何とも薄情で、常にあると有り難みを失くすらしい。
まじまじとした無遠慮な視線が痛いからかは知らないが、カインは静かにフードを深くかぶり直した。話の種にしすぎたようだ。
彼の年齢が私たちよりずっと上だと分かってみると、三十近い働き盛りの男が一体全体どこからやって来たのだろうか、所帯でも持っているのか何の仕事をしているのか、ぷらぷらとその辺りをほっつき歩いているのだからますます身元がいかがわしいものである。これは、同じく働き盛りに突入した年頃にもかかわらず放浪しているオルカにも言えることだが、二人とも高価な素材である金属の剣を所持していることから考えて、高魔力者であることも含めると、もともと身を置いていた社会の中ではよほど特殊な立ち位置にいたと推測することもできる。




