47.シーン3-13(異様な不変)
コクヤの街は港と隣接しているため、少し歩けばすぐに市街の喧騒が響いてくる。様々な商人や旅人や品々が各地からところ狭しと集結し、朝早くから商店通りの軒先は人と物とでごった返しだ。街の各所を繋ぐように引かれている大きな通りは、かつてこの地が王都であった過去を思わせる。
「この世界にも、こんなに賑わう場所が出来るんですねえ」
東西南北、様々な場所から集められていると思しき多種多様な品々を視界のすみに捉えながら、私は感嘆とともに呟いた。喧騒の中にいる人々も多種多様で、なるほど言われてみれば、確かに何だか色々なものがありそうな街である。事務用品をたずさえて日夜宿題と戦うことになるであろう私が滞在するに相応しい街である。
店の多い通りを過ぎて住宅もぱらぱらと目につく区画へと入った私たちは、およそ街の中ほどにある広場へと訪れた。
「滞在期間は、我々と親交のある商家のところへ泊めていただくことになっています」
普段からこの街とやりとりがあるらしい教会も、商業目的で運営される宿ばかりを借りていては大変だ。こうして数日滞在する時、魔術士の大半は交流のある家や富裕層の別宅などに泊めてもらうことも多いのだとキュリアさんが説明する。聖都から来た雑兵やら何やらが、この街にある教会施設を詰め所として泊まったりするそうだ。
広場で少し待っていると、一人の少女がこちらへ向かってやってきた。私たちの姿を確認した彼女は慌てた様子で小走りになり、そばまで来てから頭を下げた。遅れてしまったようで失礼いたしましたと話す彼女に、面識があるらしいキュリアさんが、いいえこちらも少し早めに到着しましたのでと応えている。
「フルーラ・ファレンシアです。この度はようこそコクヤへおいでくださいました」
初見の私やミリエを向いて、彼女が名乗る。私はどう自己紹介したものかを甚だ悩んでみたところで、素直に名前のみを伝えた。今は一応兵装だろうがもちろん兵などではなく、家事手伝いが建前上の本職という、借金中のどこにでもいる小娘である。別に身分や職を騙る理由も無いのだし、一番無難なところだろう。
「父や兄達はみな出払っておりまして、わたくしが案内させていただきます」
丁寧な言葉づかいと柔らかそうな物腰から生活の良さがちらほらとうかがえるが、それでいて女一人で広場へ赴き、物怖じもなくはきはきと私たちに接するところは、さすが商家の娘といったところだろう。空も晴れ、降り注ぐ日差しのもとで健康そうに輝く小麦色の肌や黒髪、凛々しい眉に、彼女の内の充実具合が垣間見える。
キュリアさんの話によると、彼女の家は中堅どころの裕福な商家でありながら、魔力が高くマナの扱いに長けた彼女の存在により、マナの歪みが存在する地区の管理の一端も担っているのだそうだ。彼女を通じてこれまでもいくらか技術やら人材派遣やらの交流を行っており、キュリアさんとも顔見知りとのことだった。魔術士兼教会管理職という立場柄か、なかなかに顔の広い人である。
「それにしても、皆様わたしと同じくらいの年の方ばかりで、驚きました」
フルーラさんはマナ解放隊ご一行を確認するなり、文字通り目を白黒させて驚いてから、失礼しましたと姿勢を正した。その言葉の表れなのか、心なしか先程よりもくだけた口調で彼女は続けた。
「あの、マナを浄化してくださる程の力のある方々とお聞きして、てっきり……」
いかにも厳めしそうな、もっと声を掛けにくそうな方を想像しておりました、と彼女はミリエやオルカを確認ながら小さな声で付け足した。
彼女はちらりとキュリアさんを確認し、このまま会話を続けても差し支えないと悟ったのか、今度は私の顔も確認してから「皆様はおいくつなのですか?」と積極的に尋ねてきた。さすが商家の一員として客人の案内を任されるだけの娘さん、情報収集その他外界への冒険心がたくましい。
「あたしとアリエは十六だけど」
ミリエは品の良い娘さんを目の前にしてまるで恥じらう様子もなく、いつも通りのフランクな口調で自身と私を交えて答えた。気配だけならふいーっとその辺りのどこかに腰かけ、ついでに足組みしそうである。
私がキュリアさんに「まさかこういった流石に畏まるべきであろう時にもこんな感じなんですか!」と困惑した視線を送ると、彼女は諦めた顔つきで首を微かに横に振った。本当に、本当にどうにもならなかったのですか。
そんなミリエのフラットさをさして気に留める様子もなく、フルーラさんは「あら、わたしと同じですね!」と嬉しそうに話している。
「おれは十八だよ。まあ、おれもこの前なったばかりだけど」
畏まりかけていた空気に今までずっと遠慮していたらしきオルカが、ミリエの切込みを皮切りにして問答に混じってきた。だいたい同年代だろうとは思っていたが、予想よりもいくらか上だったようだ。その性格と雰囲気や顔つきから、あまり歳の差を感じさせないのかもしれない。ついでに彼はカインの方をうかがった。
会話の流れでオルカを見ていたフルーラさんも、それを追って、私の後方に無言で控えている照度低めの低温湿地帯を覗きこむ。彼の背と私の背の明らかなる差と、さらにフルーラさんの背が私よりも若干高いことも相まって、フードを被った彼の不審具合が甚だ彼女に露見している。
あの、そちらの方も、とフルーラさんはおっかなびっくり確認した。そちらの方もおいくつか伺ってよろしいですかというよりは、そちらの方も今回の解放のために来てくれた方なんですよねといった感じのためらいである。その通り、私よりも余程その為に来ている方です。
カインはやはり答えない。彼女とオルカの視線が集まり、ついでにミリエの視線が集まり、最後に私とキュリアさんの視線が集まってみたところで、やっぱり彼は答えない。もしかしたら言えないような歳なのかもしれない。
「おれもちょっと知りたいなあ」
一応オルカが念押ししてみたところで、彼は一言「答える必要はない」という答えをくれた。じゃあ言うな。
「そんなに年齢知りたいんなら、名前と一緒で決めてあげたら?」
何を隠そうギャラクシー・パラリラである。
私がそう言ってみるなり、ミリエは決めるってどうやってといった顔で私を見た。オルカと、それに続いてフルーラさんの注意もこちらへ向く。
「うーん、そうだなー。せっかくだから気になるみんなで一から九の中から好きな数字言ってみてよ。それでなんか適当に決めよう」
「今アンタ適当にって言ったわよね」
「まあまあ、きっとそんな変な数にはならないから。この場でぱっと決めるだけ。じゃあ、私は三」
ミリエを抑えて私がためしに数字を提示してみると、彼女は「何よ、じゃああたしは九」と乗ってきた。流れに乗ってオルカが四、私がちょいと拝借とフルーラさんを確認すると、彼女は七という数字をくれた。そっとキュリアさんの様子を窺ってみたところで、ありがたいことに話題に乗っかってくれた彼女はニという数字を出してくれた。
「三と九と四と七とニだね。五つあるから、せっかくだし四則演算で適当に決めよう」
「せっかくって何よ」
「適当ってまた言ったよね」
「まあまあまあ。多分そこまで変な数字にはならないって。それじゃあ、えー……三と九で十二、引く四で八、かける七、割るニで……えーっと」
二十八である。
「あれっ……まあ、はい。そんな感じで」
「アレ?じゃないわよ! 嘘ばっかり!」
出てきた数字にミリエがぴしゃりと文句を垂れて跳ね除けたところで、思わぬところから思いもしない反応が来た。
「二十八だが」
「……はっ?」
言わせてもらおう、さっきのミリエの台詞は多分今こそ発せられるべきである。
振り向きざまに思わず小声で「えっ、マジで?」とつぶやく私の顔を見ながら、真後ろに控えた金色の目が真顔でそれを肯定している。むしろ、よく当てたなという微弱な驚きが見て取れた気がしてしまい、私は少し目眩がした。
「えっうそマジかよ! 若作り甚だしいな! あっいえ失礼しました、若作り甚だしゅうございますな! あっいや、そうじゃなくて、めっちゃ年上でございましたな!」
予想外の展開に、嫌な汗を感じながら慌てておかしな口調で言い直して他の面子を見てみると、フルーラさん以外は皆一様に口が半開きの状態である。どう見ても私たちと同年代の彼を凝視しながら、ミリエもオルカも信じらんないだのびっくりしただの、異口同音に騒いでいる。
「そんなにお若く見える方だったのですか」
彼のフードの中身を知らないフルーラさんが、驚く皆にそう聞いた。
「え、ええ。私も面識だけならありますが、思っていたよりもずっと……」
ちょうど彼女の真向かいにいたキュリアさんが、言葉の最後を少し濁して答えている。彼女もそれなりに年齢を気にする時期なだけに、あまりはっきりそういった意味合いの単語を声に出したくないのだろう。彼女はさらに誰に言うでもなく恐らくは独り言として、でもちょっとだけ羨ましいですね、なんて冗談なのか本心なのかで付け足した。




