36.シーン3-2(夢の気分で旅に出る)
左側から軽く服を引っ張られ、夢との境を往き来していた意識が長閑な室内へ帰還する。何か用かとオルカの方を振り向こうとした次の瞬間、私はとんでもないことに気がついた。私ときたら、あろうことかカインの肩に思いっきりもたれ掛かって居眠りしていたのである。
慌てて詫びをいれようと頭を上げると、キュリアさんがすでにミリエの隣に座っていた。なんということだろう、そんな気配にはまるで気がつかなかったのだ。私は自分で思ったよりもしっかりと目を閉じていたらしい。
一応小声でカインに詫びを入れてみたが、やはりというか、彼はちらりと横目でこちらを睨んだあと、終始無言を貫いた。
頼むから、頼むから何かひとこと言ってほしい。というよりも、もたれ掛かってしまった時点で何かしらのアクションが欲しかった。おい人の肩を枕にするな、とか、重いんだよ起きろこんにゃろ、とか、そんな感じで構わない。喋りたくないのなら、肘で押し返してくれても構わない。キュリアさんだってやって来たのだ。とりあえず何かしてほしい。聖堂ではあれだけ大胆に動いたくせに、なぜこういうときに限って君は何もしないのだ。
涼やかだった室内は徐々に昼の暖かさが漂い始め、軽く眠ってしまったせいか、少し気分が清々しい。この状況下で言うのもなんだが、本日のお昼ご飯はどうなるのだろう。ここ数日あまりしっかりと食べた記憶がないものだから、久々に美味しいものが食べたいではないか。
キュリアさんが、呆れ混じりに「よろしいでしょうか」と言って私を見た。気まずい。
「で、今後の行動についてですが。何か邪魔になる荷物があれば、こちらでお預かりします。よろしければ、まずはこのままミリエ様に案内していただきます」
荷物を預けてどこへ案内するのだろうか。まさか、昼飯処か! 高給職のお食事処、私はとても期待したい。
「お昼は何を食べるんですか?」
私は姿勢を正してから少しだけ身を乗り出して、キュリアさんに向かって尋ねた。
そして私は、今この瞬間に室内に響いた、ぴしりと何かが固まりひびが入るような一種の気配を、しばらく忘れはしないだろう。
みな無言。とにかく無言。無言でしばらく動かない。注目だけが私に集まる。今、この部屋にいる私以外の全員の表情を、言葉に置き換えるならば恐らくこうだ。寝ぼけるのも大概にしろ。
確かに居眠りこいていたという事実は否定しない。しかし、現れるなり移動しますと言われても、普通は「えっ、どこへ?」である。よりにもよって、こんなお腹の減る時間に。
こんなお腹の減る時間。私は窓の外を見た。高く昇りはじめる太陽。ぽかぽかの室内。多分もうすぐお昼時。
はっとした私は、キュリアさんに提案した。
「忘れ物があるといけませんし、今一度、内容を再確認しておきましょう」
「残念ながら、出発まで時間がありません」
どこへ出発すると言うのだ!
「お食事なら、船内で時間を設けますので、それまで我慢していただけますか」
船という単語が出た気がするのは気のせいだろうか!
「どこ行くんですか!」
私は素直に腹を割った。
「あまり時間がありませんので、船内でお話しします」
乗ったら意味ない!
「それでは、参りましょうか。私は東門で合流しますので」
「えっ、ほんとどこ行くの? みんなどこ行くの? 私も行くの?」
完全に話についていけていないらしい私を置いて、他の人員はそそくさと腰をあげた。なぜだ。なぜ誰も私を起こさなかったのだ。横のオルカはともかくとして、真向かいのミリエとキュリアさんはまず間違いなく私が舟を漕いで旅に出ていた様子が目に見えていたはずである。
こういうのを、因果応報という。私は多分、カインを出し抜いた報いを受けたと思われる。キュリアさんとミリエは、あえて私を起こさなかったに違いない。断じて言おう、そんなことしなくても私は逃げない!
キュリアさんが出ていき、ミリエが荷物を取りに出ていき、オルカが荷物をまとめに部屋を出ていく。どんな話になっているのか、どうやら彼も同行するらしい。
未だに椅子に取り残されたままの私は、少し遅れて部屋を出ようとしたカインの背中に向かって叫んだ。
「起こそうよ!」
カインだって私がもたれ掛かったのだから、寝てるんじゃないのかこいつとか思っていたはずである。
彼は振り向きざまに冷たい視線を私にくれて、そのまま部屋を出ていった。翳りからギラリと光る金の瞳は、どことなく「オマエ、イツカ、コロス」とかなんとか言っているように思えなくもない。そうかそうか、君はそんなに私が憎いか。いいだろう、私だって退かないんだから、思う存分、覚悟しておくが良い。




