戦う
ビィの目論見通りというべきか……前を行く騎影は炎をちゃんと避けた。
すぐさま旋回し、こちらへ向かってくる。
「あ……こっちに来る!」
「よし。じゃあ、イリオス、姫さまを頼んだ」
「は? 頼んだってどういう意味?」
「そのまんまの意味だよ。あたしは、あのヤローをぶっ殺す。その間に、姫さまを助けろ。んで、すぐに城へ戻れ」
「はぁぁ?」
イリオスは大きな声で叫び、後ろを振り返った。
「ぶっ殺すって、ムリだよ! オルギ将軍は、一人で千の敵を薙ぎ払ったことがある。歴戦の戦士だ。それに、すごい風爆魔法を使う。ビィじゃ、絶対に相手にならない。さっきもふっ飛ばされて刺されたじゃないか」
それを聞いても、ビィは鼻で笑うばかりだ。
「さっきは、さっき。ていうか、魔法は当たらなきゃ大丈夫だ」
胸を張って答えるので、イリオスは呆れた顔になった。溜め息混じりに呟く。
「死にかけたくせに、すごい自信だね……。ていうか、こんな空の上でどう戦うんだよ。姫さまだって、危ないじゃないか。さっきも姫さまが捕まっているのに、突っ込んでいって! 何を考えているんだよ……。あ、そうだ、思い出した! 僕の剣!」
「騎士のくせにグダグタうるさいなぁ」
「グダグタじゃない、正しい指摘! ああ、もう話している時間がない!」
気がつけば、鷲獅子や乗り手の顔がはっきり見える距離になっていた。
オルギの憤怒の形相に、イリオスは背筋を震わせる。
ビィが立ち上がった。
「ビィ!」
「あいつは、姫さまを殺すことはしない。わざわざ遠い国からさらいに来たんだからな。あと、姫さまはすごく丈夫だ。だからもし、この高さから落ちても、大丈夫」
「はぁぁっ?!」
それってどういう意味……とイリオスが問い返す暇もなく、ビィは跳んだ。
いつの間にか、大剣を抜いている。
(無理だ、魔法で落とされる!)
イリオスの全身から血の気が引く。
予想通り、オルギが片手を上げ―――魔法の炎が炸裂した。
が、攻撃の魔法は大剣に当たり、一瞬で霧散する。
一方、勢いのままにビィは鷲獅子の首を一刀両断した。
ビィと、オルギと、アリストスセラスと、鷲獅子の死体と。
それぞれがバラバラに落ちてゆく。
「わーっ、キアノ、姫さまを受け止めに行け!」
イリオスは慌てて飛竜の首を下に向ける。
真っ黒な鎖に縛られたアリストスセラスは、きょとんとした顔をしていた。
それをなんとか受け止め、さらにビィを助けに行こうとして……再び、凄まじい魔法の光と風が辺りに渦巻いた。
「ギャウッ!」
キアノが衝撃にバランスを崩す。
それをなんとか整えた頃には、眼下の森が消失していた。
えぐれた大地に、オルギが膝をついている。恐らく、落ちる衝撃を和らげるために地面に向けて魔法を使ったのだろう。
そこから少し離れたところには―――ビィがすっくと立っていた。
「す、すごい。無事だったのか……」
イリオスが無意識に呟くと、イリオスに抱えられたアリストスセラスは笑った。
「今のビィは、竜人の加護を得ている。これくらいの高さなら、大丈夫よ」
「姫……それは、どういう……」
「あの剣。始祖の剣が、ビィを選んだの。……ねえ? さっき、ビィはお腹を刺されていたけど……治癒が間に合ったのね? 良かった……。それに、私を助けに来てくれるなんて」
目をキラキラとさせ、アリストスセラスは下のビィを見つめる。
イリオスは不思議そうに目を瞬かせた。
眉を寄せ、腕の中の少女に尋ねる。
「姫さま。ビィは一体、何者なんですか」
「ふふ。私の一番頼りになる侍女よ。誰よりも強くて、優しくて、ステキなの!」
「はあ」
「それより、この鎖! これを解いてくれる? これが無ければ、私もビィの手伝いができるわ」
イリオスの腕の中でもぞもぞと動きながら、アリストスセラスは訴えた。
途端にイリオスは目を丸くし、首を振る。
「ダメです、ダメダメ。姫さまは戦っちゃいけません」
「でも!」
「ビィは姫さまを助けたら、すぐに城へ戻れと言いました。姫さまを戦わせるつもりはないからです。それに、姫さまはその力を正しく使うために努力していると、ビィは言っていましたよ。だから間違わずに、正しい使い方をしてください。あの男は、確かに我々の敵です。でも、姫さまが手を汚すような相手ではありません。それはビィや、僕ら騎士の仕事です」
「…………」
アリストスセラスは口を開けて反論しかけ……ぐっと唇を噛んだ。
「でも……でも……」
イリオスはキアノの首を城のある方向へと向ける。
「ビィを信じましょう、姫さま。あなたの一番の侍女なんでしょう?」
「そう……だけど……」
そのとき、下で爆発音がした。
オルギがビィに向けて攻撃をしたのだ。
熱風が下から吹き上がってきたので、キアノがさっと高度を上げる。
「死んだと思ったのだがな。貴様、ただの侍女ではないな?!」
オルギの太い声が辺りに響く。
このままアリストスセラスを連れて城へ戻るべきだと思いながら、イリオスは上空を旋回して下の二人を見守る。
大剣で攻撃の魔法を散らしたビィが笑った。
「あはは! あんたはスゴイ将軍だって聞いたけど……それ、本当かぁ? わざわざヨソの国の幼い姫をさらいにくるなんて、将軍サマのすることとは思えない。ていうか、そもそも大国のすることじゃねぇよな」
「貴様……愚弄するか!」
「気取った言い方をされても、あたしにはわかんないね!」
ビィは叫び、剣を振り上げて跳躍する。
オルギも腰の剣を抜いて応戦した。
―――激しい金属音。
一合、二合。
三合目で、オルギの剣が砕けた。
慌ててオルギが後ろへと下がるが、ビィは躊躇わずに追いすがり、オルギの剣を持つ腕を切り落とす。
「ぐぁっっっ!」
堪らずオルギが呻き、膝をついた。
その首を目掛け、ビィは迷うことなく大剣を振り下ろす。
―――ザシュッ。
大剣はオルギの首の皮一枚だけを切って地面へと突き刺さった。
切られた腕を押さえたまま、首元に剣が当たっているオルギは動けない。
「……殺せ」
「殺してやりたいけど、殺さねぇ。だってあんた殺したところで、あんたの国はバカげたことを止めないだろ。あたしは物知らずだけど、それくらいは分かる」
「それで私を人質に交渉をすると? それこそ、無駄なことだ」
吐き捨てるようなオルギの言葉に、ビィは鼻で笑った。
「わざわざ教えてもらわなくても、分かってるって。交渉なんて面倒くさいことじゃなく、あんたを使って脅してやるだけさ」
「脅す……?」
脂汗を滲ませた顔で、オルギはビィを見上げる。
目の合ったビィは、嫌そうに口をへの字に曲げながら、ポケットからハンカチを取り出した。
「とりあえず、死なれたら困るな。手当てはしてやるよ」
不本意そうに言いつつ、手際良く切り口を包むようにハンカチで腕を縛る。応急手当は、ちゃんとマイヤから教えられているのだ。
何か魔法が作用しているのか、腕の切り口から血は流れ出ていなかった。切断面は恐ろしく綺麗だ。
バサッ。
背後から翼の羽ばたく音がした。
飛竜―――キアノがゆっくりと地に降り立つ。
「城へ戻れって言ったのに」
「まあ、そうなんだけど……」
イリオスが苦笑いしながら、アリストスセラスを抱えて降りてくる。
ビィは大剣を地面から抜き、オルギを足蹴にした。
呻いて転がるオルギの背を遠慮なく踏んで動けぬようにし、イリオスを招く。
「姫さまの鎖を解く。こっちに来てくれ」
「う、うん」
呼ばれたイリオスはビィの近くまで行き、そっとアリストスセラスを下ろした。アリストスセラスも神妙な顔をして、ビィを見上げる。
ビィは、慎重に大剣を黒い鎖に当てた。そして軽く力を入れると……鎖はあっけないほど簡単に壊れた。
拘束を解かれ、アリストスセラスは大きく伸びをし、小さく微笑んだ。
「ありがとう、ビィ」
「ん。……じゃあ、ラスは―――姫さまは城に帰るんだ」
「え? ビィは一緒に帰らないの?」
「あたしは、あともう一仕事してくる。二度と、こいつらがバカなことを考えないように」
そう言って、足に力を入れる。
足元のオルギが再び、呻いた。
それを見下ろし……ビィは完全に悪役の顔でニヤリとした。
たぶん、あと1話です。次の更新は、来週に。
なかなか上手く進められず悪戦苦闘中……。




