飛ぶ
更新、遅くてすみません。あと1話か2話……!
「ビィ! 目を開けなさい、ビィ……!」
今まで聞いたことのないマイヤの泣きそう声に、ビィはうっすらと目を開けた。
「マイヤ……さま……」
「ああ……良かった……治癒が間に合わなかったかと……」
血の気の引いた顔でマイヤは震えながら呟き、ビィを抱きしめた。マイヤの後ろにいる治療士がホッとしたように目を細めている。
マイヤの温かい腕の中で、ビィは靄のかかる記憶をゆっくりと掘り起こしてゆく。
(腹……腹が急に熱くなって……)
ついでに男の氷のような双眸も脳裏に浮かぶ。
―――骨のある侍女もいたものだ。
「ラス!」
途端に記憶が甦った。
マイヤの腕を跳ねのけ、身を起こす。
「駄目です、まだ動いては!」
「ラス! ラスは?! マイヤさま、ラスは……姫さまは!」
「落ち着きなさい。姫さまは……姫さまはあの将軍に連れ去られました…………」
悔しそうに言い淀み、顔を背ける。
ビィは唇を噛んだ。
―――やめて! 一緒に行くから!
アリストスセラスの悲鳴のような叫びも耳に甦る。
あんなことを言わせたのは、自分のせいだ。
(もっと自分に力があれば……)
血が出るほど拳を握り込む。
そのとき、ビィィィ―――ン……と澄んだ金属音がした。
最初は小さな音だったが、次第に広間全体が共鳴しているのではというほど、大きな音になってゆく。
「な、なんだ、この音は……」
「どこから……」
広間にいる傷だらけの人々が辺りを見渡し、ざわざわと騒ぎ出す。
一方、ビィは音の出処に気付いた。
壁の上。
飾られた、大きな剣。
(呼んでいる)
アリストスセラスを。
……その音に導かれるように、ビィは立ち上がって手を伸ばした。マイヤも音に気を取られていたので、ビィの動きを止めることはない。
大剣は、壁の高い位置に飾られている。手を伸ばしたところで、届きそうもない。
しかし誰も触れていないのに大剣はゆっくりと浮かび上がり、留め金具を外れ―――ビィの手元へと降りてきた。
「剣が自ら……?!」
近くにいたガレノス王が驚いたように声を漏らす。
王は、混乱した広間を収めるために自身の治療もせず騎士たちへ指示を出しているところだ。怪我人たちは一カ所に集められ、順に治療を受けている。
「……重くない」
両手で大剣を受け止めたビィは、目を瞬かせた。
持ち上げるのが精一杯ではと思えるほどの大剣なのに、今、手に感じるのは振り回すのにちょうど良いくらいの重みである。これなら、片手でも扱えることだろう。
剣が、手の中でかすかに震えた。
(ラスを助けろと?)
それは言葉にならない、意思のようなもの。
ビィはそれを、確かに感じた。
同時に、この剣から流れ込む大きな力も感じ取る。
(もちろん。お前が力を貸してくれるなら……あたしがラスを助ける!)
大剣を背に背負う。
マイヤが慌ててビィに駆け寄ってきた。
「何をするつもりです、ビィ」
「姫さまを助けに行く」
「何を馬鹿なことを……!」
「バカじゃない。当たり前のことだ! だってあの子の力を、あんなロクでもない男に使わせるのか? あの子の力は誰でもない、あの子のものなのに。あの子がこの国のために、正しく使おうと努力しているものなのに!」
強大な力のために不自由な生活を強いられ、それでも素直に真っ直ぐに育ったアリストスセラス。
その力を正しく行使できるよう、今は必死に制御しながら毎日、練習をしている。すべては、この国のために。
―――私の力は、そのためにあるんだもの。
民を守るために。
迷いなく言い切るアリストスセラスを、ビィは愛おしく思うとともに尊敬している。彼女こそが世界でただ一人、ビィの大切な主だ。
(ラスのためなら、あたしの命なんていくらでも捧げてやる)
マイヤを振り切り、他にも慌てて止めに来た数人の騎士を押しのけて、ビィは走り始めた。
そして広間の真ん中、破壊されたテーブルを起こしていたイリオスを見つけ、声をかける。
「イリオス! キアノを呼べ!」
「は? え? ビィ?! あれ、さっきまで意識不明だったんじゃ……」
あっという間にイリオスの前にたどり着いたビィは、そのままイリオスの首根っこを掴んだ。
剣からの力が全身にどんどん流れ込んでくる。
ビィは軽々とイリオスを持ち上げ、再び走り出した。
「ぐえっっっ、ちょ、ちょっ……」
「いいから、さっさと呼べって!」
「君、ホントにビィ?! なんか別人になってない?!」
イリオスが目を白黒させている間に、広間のバルコニーに着いた。
ビィは躊躇わず、バルコニーの手すりに上がる。
「えっ、ま、待って、ビィ! 何をするつもり……」
ダンッ!
イリオスの言葉を最後まで聞かずに、ビィは手すりを思いっ切り蹴った。
高く飛び上がって放物線を描き……離れたところの城の屋根に飛び移る。
「ひ、ひぇっ」
「早く呼べよ、キアノ! 走っていくと時間かかるだろ!」
「キ、キアノ! キアノ、来てくれ~!」
半泣きになったイリオスは、情けない叫び声を上げた。
大空を一頭の竜が真っ直ぐに飛んでゆく。
その背には、騎士の青年と大剣を背負う侍女。
侍女―――ビィのスカートが風にはためいていた。
「なぁ。あの目つき悪ぃ男、姫さまを連れてどうやって帰って行った? 馬とかじゃないよな?」
イリオス越しに前方へ目を凝らしつつ、ビィは質問を発した。イリオスはまだ状況を理解できていない顔で、こくりと頷く。
「うん……鷲獅子を呼んで、それに乗って帰った」
「ぐりふぉん?」
「上半身が鷲で、下半身が獅子の魔獣だよ」
説明されても、ビィは鷲も獅子もよく知らないので想像がつかない。
「そいつ、速いのか?」
「竜ほどは速くない。……そうだね、君が意識を失っていた時間はそんなに長くなかった。だから、国境を越える前には追いつけるんじゃないかなぁ」
「そっか。で、こっちで方向は合ってるんだよな?」
「うん。アスヒモス国へ真っ直ぐに帰るなら、この方向だよ。それと……鷲獅子の魔跡を感じるから、合っていると思う」
ビィは目を丸くした。
「すげぇ。そんなの、わかるのか?」
「あれだけ強大な魔獣だと、流石にね」
「へーえ。犬みたいだなぁ、イリオス」
「犬……」
ショックを受けてイリオスの顔が引きつる。引きつりながら、恐る恐る振り返った。
「……ねぇ、ビィ。改めて聞くけど、君、ホントにあのビィ? 死にかけて、別人になってない?」
「あたしは、ずっとあたしだ。仕事ンときは、猫をかぶれとマイヤさまに言われてたんだ」
「なる……ほど」
どれだけ巨大な猫だとイリオスは小さく呟く。
そのとき、ビィは前方の空に黒い染みを見つけた。息を飲んで、イリオスの背を叩く。
「イリオス! いた、アレだ!」
「えっ?」
慌ててイリオスは目を凝らすが、よく分からない。
しかしビィはますます興奮して、今度はキアノの身体をバシバシと叩き出した。
「キアノ、火ぃ吹け! 火!」
「ちょ、何を言うんだ! こんな国境間際で火なんか吹いたら、戦争になる!」
「あっちが攻めてきたんだから、遠慮する必要ねぇだろ!」
正論ではあるが、イリオスは頷けない。必死にビィを止めようと言葉を押し出す。
「てゆーか、姫さまが危ないじゃん!」
「こんだけ離れてんのに、当たるか! 当たる前に避けるわ!」
「じゃあ、なんのために火を吹くんだよ!」
「威嚇! あと、足留め! ほら、吹け、キアノ!」
ゴン! と蹴られて……キアノはブルッと全身を震わせた。
キアノは、ビィを乗せたときからその迫力に飲まれていた。本来なら、主人であるイリオスの命令しか聞かない。だが、今は本能で(命令を聞かないとヤバい)と感じ取っていて―――
ゴォォォ………ッ!
命じられるままに火を吹いた。
「キアノーッ! この馬鹿、勝手に吹くなよぉぉぉ!」




