切れる
アリストスセラスの十歳の誕生日パーティー当日となった。
アリストスセラスのドレスを着付け、髪を綺麗に結い、ビィは満足そうに笑った。
「よし。完璧だ!」
「そう? 可愛い?」
「可愛い。ラスは世界一、カワイイ」
「えへへ……」
アリストスセラスの髪を飾るリボンは、ビィが何種類かの布を縫い合わせて作ったものだ。花のような形の飾りも付けている。
ドレスはさすがに作れないけれど、何か一つだけでもアリストスセラスのために用意したくて、頑張って作った。
アリストスセラスは嬉しそうにリボンに触れながら、ビィを見上げる。
「ありがとう、ビィ。……挨拶、まちがえずに言うから、ちゃんと見ててね」
「ああ。でも、間違っても大丈夫だからな」
「もう! すぐそういうことを言うんだから」
ぷーっと頬を膨らませて言い、アリストスセラスは優雅に立ち上がった。
もう、広間へ向かう時間だ。廊下には、父である国王が待っている。
「じゃあ、いってきます、ビィ」
「……十歳、おめでとう、ラス」
心からの祝福を込めてビィが囁くと、アリストスセラスは花の咲くような笑顔となって頷いた。
パーティーの行われる広間は、大勢の人間で賑わっている。
一段高い壇上の壁には、初代国王が振るったという大きな剣が飾られていた。千年も昔のことなのに、剣はまるで造られたばかりかのように美しい。
アリストスセラスのお披露目は無事に済み、今は貴族たちが順番にアリストスセラスへ挨拶をする時間だ。
広間のテーブルにせっせと料理や飲み物を運びながら、ビィは一国の姫らしく堂々と振る舞うアリストスセラスに胸を熱くさせる。
(立派になったなぁ……)
アリストスセラスの侍女を辞めたあと、ビィは王宮の下働きとして働く予定をしている。
マイヤが手配をしてくれて、掃除などをする部署に入るらしい。
今後は、たぶん、こんな風に遠目でアリストスセラスを眺めるだけになるのだろう。
それでも。
(ラスと出会えて良かった。ラスの成長する姿を見れるだけでも、あたしは幸せな気持ちになる)
一緒に過ごした日々は……ビィの大事な宝物だ。
―――挨拶が終わりに近付いていた。
ビィは空になった食器類を集めてまわり、広間を出る。
(ラスは、全然食べてないよなぁ。少しくらい、何か持っていってやりたいけど)
とはいえ、勝手に持っていっては駄目に違いない。
食器を厨房へ返し、広間へ戻る。戻ったとき、広間の入口に見知った顔があった。
「あれ、ビィ? どうしてそんな仕事をしているの?」
イリオスだ。
先ほどまでいなかったので、入口の番を交代したのかも知れない。
「今日は人手が足りないので、こちらの手伝いをしています」
「へえ! 姫さまの専属なのに……」
「わたしは粗相が多いので、こういう場では裏方の方がいいんです」
離宮の護衛騎士も当然ながら今回のパーティーに配置されているので、何か聞かれた際の答えは、マイヤがちゃんと考えてくれた。
ビィは淀みなくそれを答える。
イリオスは「そうなんだ」と頷きながら、少し眉を下げた。
「でも、姫さまのそばにいられないのは寂しいね」
「……っ。は、はい、そうですね」
一瞬、胸を突かれた。
なるべく、その感情には目を向けないようにしていたからだ。
その、とき。
突然、爆発するような音と、たくさんの悲鳴と叫びが聞こえた。
広間の、中から。
ハッと顔色を変え、イリオスがすぐさま広間の扉を開く。
開いた先には……惨状が広がっていた。
倒れて血を流す人々、壊れたテーブルや食器。料理が無残にあちこちに散らばっている。そして壇上には―――一人の壮年の男がアリストスセラスの髪を掴んで立っていた。一見したところ、彼は護衛騎士のように見えた。護衛騎士としては有り得ないことをしているが。
そして良く見ると、アリストスセラスには真っ黒な鎖が全身に巻きついている。
「ラス!?」
異様な光景に、ビィは思わず叫ぶ。
彼女の元へ駆け出そうとしたビィを、イリオスが慌てて止めた。
「駄目だ、姫が危ない!」
「でもっ」
「聞け、ガラシオスの者どもよ」
男の朗々とした声が辺りを圧するように響いた。彼がまとう空気は、ただ者ではない。辺りを睥睨し、男は笑う。
「私は、アスヒモスの将軍オルギだ! この竜人の娘を……もらい受けるぞ!」
「ふざけるな! 我が娘を……アリストスセラスを……どうするつもりだ!」
男から少し離れた場所で、額から血を流しながらガレノス王が叫ぶ。
王を守るように、やはり血だらけの左右の騎士たちが王を背に隠す。
オルギは目を細め、ガレノス王を見る。
「この娘は竜人の血を色濃く引いているのだろう? それならば、並の人間より力も強く体も丈夫なはずだ。我が国で飼い、上手に使ってやる」
「飼う……?」
「そうだ。貴様らが飛竜を飼っているのと同じようにな。……空を飛ぶしか出来ない竜よりも、きっと役に立つ」
「馬鹿な! アリストスセラスは、獣でも道具でもない、人間だ! そんなことは許さぬ!」
喉も裂けんばかりに王が怒鳴ったが、オルギは冷ややかな眼差しを向けるばかり。
「人ではない。父であるお前のほうは、限りなく人に近いようだが。ふっ、せっかく竜人の血を引くというのに役に立たぬ、残念なことだ」
あざける口調でオルギは言い、乱暴にアリストスセラスの髪を引っ張って彼女を立たせた。
「い、いたっ」
「さっさと立たんか。お前がおとなしく従えば、今日のところはこれ以上の乱暴はせぬ。それとも、父親の死体が見たいか?」
「いや、やめて……!」
ビィはその瞬間、プツッと自分の中の何かが切れる音を聞いた。
(……許さない)
考える暇もなく行く手を遮るイリオスの腰から剣を抜く。そして身を屈めてイリオスの横をすり抜け、風のように速く広間を駆け抜けた。
壇上の男がハッと振り返る。
その瞬間、腕を目掛けて思いっ切り剣を横に薙ぎ払った。
ギーーーンッ!
耳障りな金属音がし、剣が弾かれる。凄まじい衝撃だったがビィはそれでも剣を離さず、今度は胴体を貫こうとして……こちらに向けられた男の手の平から、眩い光が放たれてふっ飛ばされた。
「ぐはっ」
壁に激突し、血を吐く。
「驚いた。骨のある侍女もいたものだ」
「やだ、やめて! やめて、やめて! ちゃんと、一緒にいくから! おねがい!」
懇願するアリストスセラスの声。
一緒に行くなんてダメだと言いかけて、ビィの腹を灼熱の痛みが襲った。
男がビィの持っていた剣を拾い、ビィの腹を貫いたのだ。
「いやぁぁぁっっっ!」
アリストスセラスの大絶叫が辺りに響き渡り……ビィは意識を失った―――。
軽いタッチで書くつもりだったのに、どんどんシリアス展開に……!




