征く
遅ればせながら……四騎の飛竜騎士がビィやイリオスを追いかけてきた。周辺の森の惨状やオルギの有り様を見て、驚きを隠せない顔だ。
そんな彼らに対して、ビィは遠慮なく命令した。
「よし。ちょうどいい。あんたとあんたは、姫さまを守って城へ帰れ。で、あんたとあんたはあたしと一緒にコイツの国に行くぞ」
オルギを足蹴にして言うビィに、イリオスが恐る恐る尋ねる。
「僕は?」
「もちろん、あたしをキアノに乗せてもらわないと」
「だよねー……」
飛竜から降りてきた年嵩の騎士が、ムッとした顔でビィを睨んだ。
「待て。何故、一介の侍女が我々に命令する?」
ビィは負けじと睨み返した。
「姫さまを守れなかったくせに、何をえらそうに言ってるんだ」
「そ、それは……」
「ごちゃごちゃ言ってるヒマがあるなら、さっさと行くぞ」
「いや、アスヒモスへ行くなど、出来る訳がなかろう! まずは姫さまを城へお戻しし、陛下と話を……」
ビィは呆れたように首を振った。
「バカじゃねぇ? のんびりしてたら、コイツの国の兵士が来るじゃんか。それよりも先に、こっちから叩きに行かないと」
「兵が来るだと?」
「姫さまを連れて帰るはずのコイツが戻らなければ、そのアスなんとかって国の王さまは、コイツが失敗したと思って、国をあげて攻めてくる。それは、コイツを助けるためじゃない。いつか姫さまはアスなんとかの脅威になる。だからその前に、姫さまごと国を潰そうと考えて、だ」
「……っ」
それはあり得る話だ。
騎士は唇を噛み締めた。
「行かねぇの? じゃ、もういい。時間がもったいない。あたし一人で行く。コイツ、よろしく」
ガシャリと大剣を背負い、ビィはオルギを軽く足で突いてから歩き始めた。
イリオスが慌ててビィの腕を掴む。
「待った、待った! 走って行くのはムリだって分かってるだろ。さ、キアノに乗って」
「イリオス! 勝手なことは……」
「ヘクター隊長。彼女の言うとおりです。悠長なことをしている時間はない。でも……これが違反行為だということは分かっています。無事に戻ってこれたら、いくらでも処罰してください。……アリストスセラス姫さまをお願いします」
すっと頭を下げ、イリオスは真剣な声で告げた。そしてビィを促し、キアノに乗らせる。
するとその場にいた騎士の一人が、「俺もアスヒモスへ同行しよう」と声を上げた。
「ニコラス……!」
「アリストスセラス姫さまを攫われかけたのに、黙って引き下がる訳にはいきません。しかも、姫さまを兵器扱い! とても許せません!」
「俺も行きます! アスヒモスの無慈悲な侵略で、一体いくつの国が滅ぼされたことか!」
「俺も! 俺も行きます!」
「お前たち……」
年嵩の騎士は困ったように騎士たちを見渡した。
見渡して……片手で顔を覆い、溜め息をつく。
「セリムとパトロスは、姫さまを連れて城へ戻れ。……イリオスとニコラス、そして私がアスヒモスへ行こう」
「隊長!」
「セリム、陛下への報告を頼む」
手を下ろし、すっきりした顔で年嵩の騎士はビィを見た。
「侍女殿。我らとて、ガラシオスの誉れある飛竜騎士。アスヒモスの横暴には我慢がならなかった。我らが姫のために……あなたに劣らぬ働きをしてみせるぞ」
「はは。いいね、期待している」
ビィは満足そうに頷いた。
騎士隊長のヘクターが拘束したオルギを乗せ、三騎の竜は真っ直ぐにアスヒモス国へと向かう。
「ホントにもう、ビィは無茶苦茶なんだから……」
出発してすぐ、イリオスが呆れたように呟くと、ビィはムッとした。
「なんだよ。悪いのはあたしじゃなくて、アスなんとかじゃん」
「分かってるよ。……オルギ将軍、殺さなかったんだね」
少し意外そうな口調に、ビィは肩をすくめた。
最初は殺すつもりだったが、上空にはアリストスセラスがいた。アリストスセラスには、あまり無惨な有り様は見せたくなかった。それに、殺したところでそれで終わりではないと途中で気付いてしまったのだ。
「脅しに使えるかどうかは分かんねぇけどさ……将軍って一番強いやつなんだろ? それをあたしみたいな侍女が倒したとなれば、ガラシオス王国には手を出さない方がいいと思うかもな、って思ったからさ。だったら、あのおっさんは殺さない方がいい。殺してしまったら、誰がヤッたのか、わからなくなる」
「うん、確かにそうだね……。あとさ。その初代国王陛下の剣は、破魔の剣だ。魔法の力を無効化できる。それを扱える者がいるとアスヒモスが知れば、抑止力にはなるはずだ」
「破魔の剣?」
ただただ直感で剣を振るっていたビィは、首を傾げた。
イリオスは吹き出す。
「なんにも知らずに、よく将軍に突っ込んでいったなぁ」
「だってカンで、大丈夫だって思ったからな。ていうか、破魔の剣ってすごいのか?」
「すごいよ。たぶん、将軍はもうまともに魔法を使えない
」その言葉に、ビィは目を丸くした。
「えっ? 手がないと魔法は使えないのか?」
「まあ、足で使う者も稀にいるらしいけど……」
イリオスは右手を手綱から離して、前へ伸ばした。
魔法は、体内の気を練り上げて外へと押し出して使うものだ。基本的には、利き手でその動作をする。
額や足から魔法を押し出す者もいるが、ごく少数だ。
とにかく使えるようになるまでには、それなりの訓練期間を必要とする。
そのことをビィに説明して、イリオスは手のひらに小さな光の玉を浮かべる。
「オルギ将軍は利き手を失った。左手でも魔法は使えるけれど、以前と同じくらい魔法を使えるようにするには、相当の努力と訓練が必要になるだろう。しかも魔法の腕は、十代の頃が一番伸びるから……将軍には、厳しいはずだ」
「ふぅん、そうなんだ……。でもさ。もしかすると、若いときに両手で使えるように練習していたかも知れない。念のためにあとで、左手も落としておこうか」
「えっ……あ、うん……そっか、その可能性もあるか……」
ビィの思いもかけない返答に、イリオスは詰まりながら頷いた。
イリオスは最初から飛竜騎士を目指していたので、手綱を握る左手で魔法を使う発想がなかったのだ。
しばらく思案し、やがて「そうか!」と呟く。
「じゃあ、その破魔の剣で、将軍の左の手のひらに傷を付けておいてもいいかも知れない」
「傷?」
「人の身体で魔法の放出が出来る場所は限られている。破魔の剣は魔法を無効化するから……放出孔に、破魔の剣で消えない傷をつけてしまえばいい」
「へええ! ……破魔の剣、すげぇな」
ビィは感心したように漏らして……考え込む顔になった―――。
国境となる山を越えてすぐの平原が見えた途端、ビィも騎士たちも目を疑う光景を目にした。
平原に、多くの兵馬が集まっていたのだ。平原が黒く蠢いて見えるほどに。
「これは……!」
「姫さまを攫ったあと、そのまま攻め込んでくるつもりだったか!」
予想もしなかった事態に、騎士たちは息を飲む。
一方、ビィは不敵な笑いを浮かべた。
「ちょうどいいじゃねぇか。ここで、カタをつけよう」
言いながら、背中の大剣を抜く。
「下に降りるのは、あたし一人でいい。なるべく、中心部に頼む」
「でも……」
イリオスが口を挟むが、ビィはヒラヒラと手を振った。
「これを思いっ切り振り回すのに、味方がいない方がいいんだ」
「……わかった。では、君から離れた範囲の敵は、僕らが対応する」
三騎の飛竜に、地上の兵士たちが慌ただしく動き出す。
アスヒモス国のエマティノス王は、もともと険しい顔をさらに険しくして、側に控える近衛騎士に詰問した。
「あれは、もしやガラシオスの飛竜か?」
「そのように……思われます」
「オルギは失敗したか」
「まさか!」
ガラシオス王国はさほど大きな国ではない。
しかも山々に囲まれていて、アスヒモス国としてはわざわざ手に入れても扱いにくい感があったことから、これまで標的にしたことはなかった。
しかしガラシオス王国の奥、シサヴロス山脈には貴重な鉱石が多く眠っていることが最近になって判明。ゆえに、ガラシオス王国を狙うことにしたのだが……その際、ガラシオスの内情を詳しく調べたところ、アリストスセラスが初代国王の竜人の血を濃く引くと知った―――。
「オルギが、小娘一人くらい簡単に奪えると言っておったが……」
見込みが甘かったかとエマティノス王が呟いたとき、飛竜から飛び降りる小さな影に気付いた。
思わず目を凝らす。
小さな影が落ちた辺りは、何やら騒ぎになっている……ように見える。
一方、空の飛竜に向かってアスヒモス側からも天馬が数頭、迎え討つために飛び立った。
飛竜と天馬では、明らかに飛竜の方が強い。騎乗準備が整っていなかった天馬騎士たちが慌てて用意に走り回る。
エマティノス王は不機嫌な顔で「早く、出撃せよ!」と指示を出し、広げていた地図を片付けるよう側仕えに言って、自身も近くに置いていた甲冑に手を伸ばした。近衛騎士は急いで天幕を出て指示を伝えに行き、側仕えたちは右往左往し王の支度を始める。
……オルギ将軍が戻ってくるまでは、さして動きもないと油断していたのは事実だ。まさか、ガラシオスから反撃があるとは考えていなかった。
エマティノス王はギリッと奥歯を噛み締める。
自分が考えていなかった事態に踊らされるのは、非常に腹立たしい。
そんななか、
「陛下! とんでもない女が暴れています!」
伝令の一人が天幕の中に駆け込んできた。
「とんでもない女?」
怪訝そうな問いかけに、伝令は息を切らし青ざめた顔で背後を必死に指す。
「大きな剣を振り回して、ものすごい力です! 剣の破壊力はすさまじく、我々側でまともに打ち合える者がおりません!」
「阿呆が! さっさと魔法で仕留めよ!」
「それが……魔法が……魔法がまったく効かないのです! 反対に、向こうは剣の一振りで凄まじい風を起こします!」
「何っ?!」
そんな馬鹿なことが、と返しかけて……初めて嫌な予感を感じた。
オルギは稀に見る魔法の使い手だ。魔法の使えない兵士千人より、オルギ一人の方が遥かに使える。
だからこそ、一人でガラシオスの姫を攫うという彼の計画に異を唱えることはなかった。
そのオルギが戻って来ず、ガラシオスの飛竜が飛んできた、ということは。
オルギよりも強い者が、あの国にいたということだ。
それが……大剣を振り回す女?
まさか。
中途半端に甲冑を着たまま考え込んでいると、突然、近くで轟音がした。
ハッと我に返った途端、天幕が裂ける。
「あぁ、いたいた。あんたがイカれた王さまだな?」
大剣を担いだ黒い侍女服の女が、笑いながら破れた天幕をまたいで、中へ入ってくる。
エマティノスはポカンと口を開けた。
可愛らしい見た目の女は、あまりにも場違いだった。
「な……何者だ。侍女風情が許しもなく勝手に余の前へ出るなど……」
「あんたんとこの侍女じゃねーし」
さらりと言い返して、女は―――ビィは大剣を構えた。
「だいたい、そっちが先に仕掛けてきたんだろ。何をえらそうに言ってるんだ」
跪いていた伝令と、側仕えたちが慌てふためいて、王を守るように前へ出る。
ビィは、武器も持たない側仕えを見て鼻で笑った。
「外のヤツらは、もう戦える状態じゃない。さっさとあんたらも、降参しな。王さま以外は、まあ、許してやる」
言いながら、大剣で天幕を支える柱を斬る。
ボロボロになった天幕の布が大きくはためいて、ゆっくりと倒れた。
倒れた先に広がるのは―――焼け焦げた大地と、そこにうずくまる大勢の兵士の姿だった……。
しくしくしく。終わる終わる詐欺……。
でも次話で、本当にラストです。
明日には更新できるよう、頑張ります!
※ ガラシオス王国←ときどき、間違ってガレシオス王国になっていました。訂正してます。




