収まる
この日を境に、アスヒモス国は大きく瓦解する。
エマティノス王は処刑され、他の王族や将官の多くは二度と魔法が使えなくなった。
そして周辺諸国による協議の結果、アスヒモスは分割統治されることとなる。
―――だが、その結果をもたらした張本人は、そんなことなどどこ吹く風といった様子だ。
「えっっっ、あたしがマイヤさまの娘に?!」
侍女服ではなく、華やかで美しいドレスを初めて着せられたビィは、仰天した様子でマイヤを振り返った。
あの王国を揺らした日から、すでに半年が過ぎていた。
いろいろと建て直さねばならないことが多かったため、アリストスセラスは離宮住まいで、侍女はビィとマイヤの二人だけという体制が据え置かれていた。
しかし、それも今日で終わる。
マイヤは、落ち着きのないビィの頭を再び鏡の方へ向けた。
「いいから、今はじっとしていなさい。髪を結えないでしょう」
「いや、でも……なんで……」
「わたくしの娘になるのは、嫌ですか」
「そ、そんなことはない、です。ただ、ちょっとビックリっていうか……」
モゴモゴと言うビィに、マイヤはフフっと笑った。
ビィの髪を丁寧に梳きながら、説明する。
「わたくしは、これでも王家に連なる家系です。そんなわたくしの娘になれば……これからもアリストスセラス姫さまの側付き侍女でいられるのですけれど」
「えっっっ!」
「わたくしの娘になりますか?」
「なります! なります、ならせてください!」
ビィは両手を合わせ、必死に懇願した。
アリストスセラスと離れずに済むのなら、悩むまでもない。それに……マイヤ本人には恥ずかしくて言えないけれど、マイヤの娘になれるのは、本当はすごく嬉しいのだ。
母を知らないビィは、密かにずっと、マイヤに母親のイメージを重ねていた。実の母親がこんなに凛とした貴婦人のはずがないと分かってはいたけれども。
マイヤも小さく微笑んだ。
マイヤの方も、いつしかビィが手のかかる娘のように思い始めていたからだ。実はすでに手続き上、もうビィはマイヤの娘になっているのだが、微笑みながらわざと困ったような口調で言う。
「あらあら。こんなに落ち着きのない娘は、困りますねぇ。パーティー、大丈夫かしら」
「大丈夫です! ちゃんと、おとなしくしています!」
「お願いしますよ。……まあ、あなたの口の悪さは、もう城中に広まっていますから、今さらですけどね」
なにせアリストスセラスがオルギに囚われたとき、広間で盛大に啖呵を切っていたのを大勢の貴族たちが見ている。取り繕ったところで、誤魔化しようもない。
それでも……今日は、他国からたくさんの賓客が来ているので、粗相は出来ない。
ビィは大きく息を吸って、気持ちを落ち着けるよう努めた。
「ビィオラスタ・メラキ」
大広間にガレノス王の声が響く。
オルギによって破壊された広間は、まだ完全に修復されていないが、あのときの惨状があまり目立たないほどには直されていた。
マイヤに付き添われたビィは、しずしずとガレノス王とアリストスセラスが待つ玉座に進む。
―――ビィオラスタとは、ビィにつけられた新たな名だ。
マイヤの娘になるということは、貴族の一員に加わることを意味する。それにはビィという名が貴族としては短すぎるため、それらしい長い名前をマイヤがつけてくれたのだ。
(なんか変な感じだなー)
長い名前など、覚えるのも大変だし呼ぶのも大変ではないだろうか。
アリストスセラスも、ほとんどの人がセラス姫と短く呼んでいるのを知っている。だからビィのままでもいいじゃないかと思うけれども。
貴族の社会は、実に不思議なところである。
ぼんやりそんなことを思っているうちに、ガレノス王が立ち上がった。
「そなたは我が娘アリストスセラスによく仕え、さらに始祖の剣の使い手としても認められた。また、先のアスヒモス国攻略の際の功績も、測り知れぬ。ゆえに余は、そなたの忠義と才を讃え、ここに一代限りの女爵の位を授ける」
「つつしんで、拝受いたします」
他に余計なことは言わなくていいと言われているので、ビィが返す言葉は短い。
ガレノス王は頷き、壇上からゆっくりと降りた。ビィは、左手を差し出す。その小指に、王が印章つきの指輪を嵌める。
叙爵では、マントを授けることが多いそうだが、ビィは女性であり侍女という仕事柄、指輪だ。
嵌めた指輪を、周りにも見えるよう高々と上げる。
―――わぁぁぁぁ……っ!
周囲が一斉に歓声に包まれた……。
やがてパーティーが始まり、ビィはそそくさと端の方へ逃げた。
今日は、別にビィは主役ではない。
アスヒモス国の処理が終わり、各国の要人を迎えての祝いのパーティーなのだ。
ビィが一番の功労者であることは事実だが、ビィ一人でアスヒモス軍をほとんど瓦解させたことは、他国には公にされていない。今後、ビィを手に入れようと考える国が出てきても困るからである。
ということで対外的には、アリストスセラスを攫ったオルギを追い、飛竜騎士たちとビィがアスヒモス軍と戦ったということになっていた。
なのでビィ以外にも、イリオスたちも褒賞を受けている。
どちらかといえば、ビィよりそちらが主だ。もちろん、ビィを目立たなくさせるためである。
「あんまり役に立ってないのに、褒賞を受けるって複雑な気分だ~」
ビィを見つけて、そばに来たイリオスが小さくぼやいた。
ビィは不思議そうに彼を見上げる。
「なんで? お金とか、いっぱいもらえたんだろ? いいじゃんか」
「でも、僕はキアノにビィを乗せただけだし」
「じゃ、もらった金はぜんぶ、キアノのご馳走代だな」
「……そうだねー」
ハハハと虚しい笑いをもらしたあと、イリオスはビィを見た。
眩しそうに目を細める。
「似合うね、ドレス。とてもキレイだよ」
「だろ? これ、姫さまの見立てなんだ」
ニコッと笑うビィに、イリオスは首を振る。
「ちがう、ちがう。ドレスもキレイだけど、ビィがキレイだよって意味。……言葉遣いを前みたいに取り繕えば、王族にも見えそうだ」
「ええ? そんなん、柄でもねぇ。でも、これからはもうちょっと、言葉づかいを気をつけないと……マイヤさまの娘になったし、姫さまの側付き侍女としてエライ人の前に出ることも増えるし……」
最後は独り言のようにぶつぶつと呟く。
ビィのせいで、アリストスセラスの評判が下がるのは絶対に嫌なことだ。
イリオスには、今さら言葉遣いを改めるのも変だと思ってそのまま話しているが、彼に対しても、これからは少しずつ直していかなければならないだろう。
イリオスが吹き出す。
「ま、大丈夫だよ。だって僕は、前はすっかり騙されていたし」
「イリオスはチョロいもん」
「ひどいな。……でも、他の騎士たちだって気付いてなかったよ」
「そうか? じゃあ……なんとかなるかなぁ……」
ちなみにビィの正体は、イリオス他、アリストスセラス救出に関わった飛竜騎士には明かされた。
今後は、アリストスセラスとともにビィもガラシオス王国の重要な存在となるのが必至だからだ。本人は、まったく分かっていないけれども。
今も、他国の賓客や、何も詳細を知らぬ王国の貴族が不用意にビィと接触しないよう、こっそり壁を作って守っていたりする。
「そういえばさ」
イリオスが持ってきてくれた飲み物を一口飲んで、ビィはのん気に口を開いた。
「ん?」
「さっき、女爵って位をもらったじゃん? マイヤさまの娘になったから、わざわざ貴族の位なんていらないのに……意味あんの?」
「こういうのは、国の威信だからね。あと、姫さまの一番の侍女なら、いろいろ特別な地位があった方がいいんだよ」
「一番の侍女……」
嬉しい言葉に、ビィの顔が綻ぶ。
アリストスセラスがオルギに攫われたときは、この世の終わりかと思ったが……こんなことは決して誰にも言えないけれど、悪いことだとは分かっているけれど、攫ってくれて良かったなぁと思う。
そのおかげで、ただの下働きになることはなく、アリストスセラスの側付き侍女となり、マイヤの娘にもなれたのだから。
(オルギ……本当にムカつくヤツだったが……あんたの名前は一生忘れねぇよ)
ただし彼が今どうなっているのか、まったく興味がないので知らない。
そのとき、
「ビィ! 姫さまがお呼びです」
マイヤが人混みを縫って、呼びに来た。
ビィはパッと笑顔になる。
「はい! すぐ参ります!」
手にしていたグラスをイリオスに渡し、ビィは身軽にマイヤの方へ駆けていった。
壁を作っていたヘクターが苦笑する。
「イリオス……悪いことは言わん。あの子は諦めておけ。無理だ」
「……ほっといてください」
「いい趣味してるよなぁ、お前」
「確かに……口の悪さにはビックリですけどね。でも、一生懸命なところがカワイイじゃないですか」
「はいはい。ま、がんばれ」
ヘクターはヒラヒラと手を振り、急いでビィとマイヤの後を追った。このパーティー中、周りに気付かれぬようビィを守ることが任務だ。
同じ任であるイリオスも、グラスをテーブルに置いて、ヘクターの後に続いた。
扉を開けると、アリストスセラスが満面の笑みで迎えてくれた。
ここは、王族のための控え室だ。
「ビィ! 叙爵おめでとう!」
「なんかよくわからないけど、うん、これでラス……姫さまの侍女でいられます。ありがとうございます」
いつもの口調で話しかけて、マイヤの目に気付き慌てて取り繕う。
アリストスセラスはクスクスと笑い、ビィを手招いた。
「賓客への挨拶は終わったから、もう部屋へ戻って良いのですって。ビィもマイヤも、一緒に戻りましょう。お腹、減ったわ!」
「そうですね。では部屋へ戻ったら、すぐに食事の準備をいたしますね」
張り切って腕まくりをするビィを見て、マイヤが苦笑する。
「ドレス姿で何を言っているのですか。……今日はもう、ゆっくりして構いませんよ。あとはわたくしがいたしましょう。ビィは、姫さまと歓談でもしていなさい」
「良い……のですか?」
「あなたの今日の仕事は、ドレスを着て叙爵を受けることです。仕事は終わりました」
拍子抜けしたようにビィは腕を下ろし……アリストスセラスを見た。
アリストスセラスは大きく頷く。
「そうね。ビィは、今日はもうゆっくりしていいと思うわ」
そう言ってニコッとする。
ビィは素直に「ありがとうございます」と微笑んだ。
幸せそうに笑い合うアリストスセラスとビィ。
そんな二人を見て、マイヤはふいに涙が零れそうになった。アリストスセラスが攫われたときはこの世の終わりだと絶望したし、ビィが剣に貫かれたときは自分も死んだと思った。今のこの光景は、言葉に表せないほど尊い。
「本当にもう……」
ポロリと言葉が漏れる。
「ビィのような小柄な娘が、あんな大きな剣を振り回して姫さまを助けたなんて……大剣を持つ姿を見たはずなのに、今でも信じられませんね」
「ふふ、ホントにね。あのときのビィ、すっごくカッコ良かったぁ!」
アリストスセラス両手を合わせて嬉しそうに賛辞を口にするので、ビィは少しだけ照れたように頭をかいた。
それから……気まずそうに告白する。
「でも……実はもう、持ちあげられないんだ」
「え? そうなの?」
「うん。昨日、陛下の前で持ちあげられなかった。陛下が、きっとラスを助けるために剣は動いたのだろう、って。ただ、他の国への牽制もあるから、そのことは隠しておくように、とも」
ふうん……とアリストスセラスは小さく呟いた。
そしてそっと広間の方を振り返り、首を傾げる。
「でもいつか……もし、わたしが間違えるようなことがあったとき……あの剣はビィに力を貸すのだわ」
「それは、どういう意味……?」
「言葉どおりの意味よ。わたしがこの力で、アスヒモス国のエマティノス王みたいな悪いことをしようとしたら、誰もとめられない。初代国王陛下はそのために、あの剣をのこしたのだと思う」
「まさか!」
ビィは眉をひそめるが、アリストスセラスは譲らない。
真っ直ぐにビィを見上げ、迷いない口調で言う。
「わたしの一番の侍女で信頼するビィに命じるわ。わたしがこの力で人を害するようなことをしたら……あの剣をもちいて、必ず、わたしをとめなさい」
「ラス……アリストスセラスさま……」
そんな未来は想像することさえ、恐ろしい。
頷くことの出来ないビィの背中を、そばに来たマイヤが優しく撫でる。
「仮定の話ですよ。そうなる前に……わたくしとビィで、ちゃんと止めますとも。姫さまは、必ず初代国王陛下のような、立派な方になられます。ね?」
ビィは息を飲んでマイヤを見、アリストスセラスを見た。
勢いよく、頷く。
「はい。はい、そうです、姫さまは間違ったことは、しません」
「……ありがとう」
アリストスセラスはおとなびた笑顔を浮かべた。
アスヒモス国に狙われた今回の件で、アリストスセラスはそれまでの無邪気な子供から少し変化した。もう、子供のままではいる時期は終わったのだ。
ビィも、今さらながらそのことに気付いた。
(あたしは、ラスの一番の侍女だ。あたしの方こそ……間違えてはいけない)
元は、人を傷つけることも厭わない盗賊だった。今だって、そんな崇高な精神を持ち合わせている訳ではない。
それでも、アリストスセラスのために。
ビィ自身も強く、真っ直ぐにあらねばならないのだと思う―――。
ようやく、完結!
昨日、更新できずすみませんでした。最終話はなんと5000字超え……! 何故だ~……。
もっとサクッと終われるはずなのに、つい、いろいろと書きたいことを詰め込んだせいですね。
予想外にがっつりした話になってしまったのに、最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
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