聞く
すぴー、すぴーと可愛く鼻息を立てながら、アリストスセラスが眠っている。
侍女頭のマイヤは、目頭を押さえた。
「まあ、なんて満足したお顔でお休みになっておられるんでしょう。今日はたっぷり遊べたからですわね」
「あれが……あれが遊びぃ?!」
思わず突っ込んだビィに、マイヤは「しっ! 静かに!」と鋭く注意する。
「姫さまが起きてしまうでしょう! 大きな声を出してはいけません」
「はい……」
「まあ、事情も分からずいきなりの仕事始めで、あなたも大変でしたね。まずは隣の部屋で、詳しい話をしましょうか」
マイヤが少しだけ表情を緩め、すぐそばの扉を指した。
ビィは一も二もなく頷いた。
説明が一切ないまま、姫の侍女とやらに任命されたのだ。是非とも、いろいろと詳しい話を聞かせて欲しいところである。
―――隣の部屋は、使用人部屋のようだった。
室内は簡素だ。
マイヤに促されて、ビィはテーブルの席に座る。マイヤは座らず、手際よくお茶やお菓子を用意した。
「改めて、わたくしはアリストスセラス姫の侍女頭、マイヤです。あなたの名前は?」
「……ビィ」
「いくつなの?」
「十六」
「そう。……ビィ、あなたは王宮の宝物庫に忍び込んだ盗っ人だと聞いております。本来なら処刑のところ、赦されたのは……ひとえに姫さまの世話をするためです。そのことをしっかりと肝に命じなさい」
「はい」
別に赦してくれとは頼まなかったけどなと、こっそり心の中で思う。とはいえ死にたい訳でもないので、助かったのは有り難いことだけれども。
マイヤはそんなビィの心中を知らず、言葉を続ける。
「さて、姫さまの相手をしたので、もう分かっていることと思いますが。……姫さまの身体能力は、非常に……えー、その、優れております」
優れているという表現は柔らかすぎる。
ビィは、突っ込みかけたが―――それは止めて、少し角度の違う質問を口にした。
「あー……姫さんの親父さんやお袋さんも、あんな感じなのか?」
「姫さんではなく、姫さま。そして、陛下と王妃殿下と言いなさい」
「ひめさま、へーか、おーひでんか」
「……まあ、いいでしょう」
たどたどしい言い方に、マイヤは一瞬、眉を寄せたがすぐに首を振った。ビィがきちんとした教育を受けてはいないと見て取ったからである。
「陛下も王妃殿下も、わたくしたちと変わりのない普通の方です。姫さまだけが、初代国王の竜人の血が濃く現れたのです。これまでも、まれに竜人の血が現れる王族の方はおられましたが、姫さまほどの力を持った方はおられません」
「ふうん……」
素直に頷くビィに、マイヤはお茶とお菓子を指した。
「食べながらで構いませんよ。……姫さまがお小さい間は、さほど問題はなかったのですけれどね。この頃は活発になられて、並の侍女ではとても務まらず……」
言葉が途切れ、小さな溜め息がもれた。
「立て続けに侍女が辞めてゆき、とうとう、わたくし一人になり難儀していたのです。そんな折、あなたが現れました。魔術師や騎士たちに追われながらも、丸一日、城内を逃げ回れるほどの体力と機敏性。これなら、きっと姫さまの相手も出来るに違いないと」
それで侍女に採用となったらしい。
遠慮なくお菓子に手を伸ばし―――初めて食べる味に感動しながら、ビィは首を傾げた。
確かに侍女よりも体力はあるだろうが、自分は泥棒である。姫の相手に相応しくないことは、誰よりも良く分かっている。
「あたしみたいな泥棒じゃなく、騎士の人が遊び相手をした方がいいんじゃないのか?」
「彼らの仕事は、この国を守ることです。姫さまの遊び相手ではありません。そして、騎士に姫さまの世話はさせられません」
「まあ、そうだろうけどさ。でもやっぱり、あたしみたいなヤツに世話をさせるのはオカシイだろ。それにさ。あたしが姫さんを人質にして、外へ出せって言いだしたらどうする?」
「まあ! ふふふ、あの姫さまを捕まえられるかしら?」
マイヤの言うとおりである。あの素早い姫を捕まえ、怪力をものともせず押さえ込めるとはとても思えない。そもそもビィの首には、強力な魔法のかかった首輪が付けられている。
ビィは、あれこれ考えることを止めた。
とりあえず処刑は免れ、こうやって美味しいお菓子をもらえるのだ。現状良しと素直に受け取っておくべきだろう。
そのとき、マイヤがじっとビィの顔を覗き込んできた。
「なんだ?」
「ああ……陛下の仰るとおりですね。あなたの瞳には、美しい星の紋が入っている」
「ん? なんか、めずらしいのか?」
「その特徴的な瞳は、カートの民の特徴なのです。アスヒモス国に滅ぼされた……」
「かーと?」
マイヤは答えず、ただ悲しげに微笑んだ。
「さて、あなたもさすがに今日はもう限界でしょう。あとはゆっくり、休んでよろしいですよ。その奥の扉の先があなたの部屋です」
「部屋……」
途端に、ビィは顔を輝かせた。
「そうか。あたしの部屋があるのか!」
「もちろんです。……でも明日からは、姫さまのお世話をしっかりしてもらいますからね。もっとも、一番必要としているのは遊び相手です。追いかけっこだけでなく、おままごとや人形遊びを姫さまに覚えてもらわないと……」
半分苦笑しながら言うマイヤに、ビィは目をぱちくりさせた。ビィは子供の頃にそういう遊びをした経験がないのだ。
「おままごと? それは、どんな遊びだ? 人形遊びは、街で見かけたことがあるけど……」
それを聞いて、マイヤは軽く目を見張ったが、すぐに深く頷いた。
「あらまあ、そうですか。では、あなたも良い経験になるでしょう。姫さまと一緒にたっぷり遊びなさい」
「はぁ?!」
「あなたは、いろいろと教育が必要そうですからね。ままごとや人形遊びをすることで、学べることもあります。全力で取り組むと良いでしょう」
「えええ~~~」
今さら、子供の遊びを全力でやるなんて無理だ。
しかめ面になったビィに、マイヤはぴしゃりと言い切った。
「えええ、ではありません。返事は常にはいか、いいえです」
「え~~~」
「わたくしの言ったことが、聞こえていませんでしたか?」
「いいえ……わかりました……」
穏やかで優しそうな雰囲気なのに、マイヤからはどうにも逆らえない強い圧力を感じる。
ビィはそれに屈し、力なく頭を下げた。




