第二章 ぎこちない再会
「もしよかったら、また話さない?」
その言葉を聞いた瞬間、何て返せばいいかわからなくなった。
高校の頃なら、こんなふうに迷わなかった。
放課後に「帰ろ」と言われれば一緒に歩いたし、休み時間には当たり前のように話していた。
でも今は違う。
俺たちは、別れた元恋人だった。
「……あ、うん」
結局、当たり障りのない返事しかできなかった。
「よかった」
美咲は少しだけ安心したように笑った。
その笑い方が、高校の頃とほとんど変わっていなくて、胸の奥が変な感じになった。
「今、授業終わり?」
「うん。四限休講で」
「あ、私も」
少し沈黙が落ちる。
昔なら平気だった沈黙が、今はやけに長く感じる。
「……カフェでも行く?」
言ったのは美咲だった。
「大学の中の」
断る理由はなかった。
でも、正直少し怖かった。
何を話せばいいかわからない。
高校の頃のこと?
別れた理由?
それとも、何も触れずに近況だけ話すのか。
「行く」
そう言うと、美咲は少しだけほっとした顔をした。
大学内のカフェは思ったより混んでいた。
空いていた窓際の二人席に座る。
なんとなく向かい合う形になった。
アイスコーヒーを置いて、俺は少しだけ落ち着かない気持ちになる。
元カノと大学で再会して、カフェにいる。
状況だけ見れば、妙にドラマっぽい。
でも実際は、そんな綺麗なものじゃなかった。
ぎこちなくて、少し居心地が悪い。
「悠真、変わったね」
「そう?」
「少し大人っぽくなった」
「……美咲も」
言ってから少し気まずくなる。
「ありがとう」
美咲は笑った。
少しだけ、昔みたいだった。
「大学生活どう?」
「普通かな。友達まだ少ない」
「っぽい」
「どういう意味?」
「なんか、人見知りしてそう」
少し笑われる。
でも嫌じゃなかった。
高校の頃も、美咲だけは俺の性格を自然に受け入れていた。
無理に変えようとしなかった。
「美咲は?」
「友達はできたよ。サークルも入ろうかなって」
「へえ」
会話は不思議なくらい普通だった。
別れて二年近く経っているのに。
なのに、肝心なことだけ避けていた。
どうして別れたのか。
あの時、何を思っていたのか。
たぶん、お互いに。
「ねえ」
美咲がストローをいじりながら言った。
「高校の時のこと、覚えてる?」
急だった。
心臓が少しだけ強く鳴る。
「まあ……覚えてる」
忘れられるわけがない。
初めてちゃんと好きになった相手だった。
「私さ」
少し言葉を探すように目を伏せる。
「あの時、ちゃんと話せばよかったって思ってた」
その言葉に、思わず顔を上げた。
「受験で余裕なくて、勝手に距離置いて……。でも本当は別れたくなかった」
息が止まりそうになった。
俺も同じだったから。
でも、あの頃は言えなかった。
自分のことで精一杯だった。
「俺も……」
自然と口が動いていた。
「ちゃんと話せばよかったって思ってた」
美咲が少しだけ驚いた顔をする。
「そうなんだ」
「うん」
短い言葉だった。
でも、高校卒業からずっと胸につっかえていたものが、少しだけ軽くなった気がした。
沈黙。
でも今度の沈黙は、さっきほど苦しくなかった。
窓の外では、新歓の声が聞こえる。
春の大学。
少しだけ騒がしくて、みんな新しい関係を作っている。
その中で、止まっていた関係が少しだけ動き出していた。
「LINE……交換し直す?」
美咲が少し遠慮がちに言う。
「消しちゃってるよね、多分」
俺は少し笑った。
「うん、消えた」
「だよね」
高校の頃、毎日通知が来ていた相手。
それが突然なくなった日のことを、少し思い出す。
スマホを見る回数だけ増えていた。
「交換する?」
「……する」
スマホを出す。
少しだけ手が震えていた。
なんでだろう。
ただLINEを交換するだけなのに。
画面に表示された名前。
朝倉 美咲
もう見ないと思っていた名前だった。
「なんか変な感じ」
美咲が笑う。
「また話してるの」
「確かに」
「でも……少し嬉しいかも」
その言葉に、返事が詰まった。
俺も同じだったから。
別れて終わったはずなのに。
もう会うこともないと思っていたのに。
大学という場所で、また会ってしまった。
これは偶然なのか。
それとも——。
帰り際。
大学の最寄り駅まで一緒に歩いた。
高校の頃みたいに、隣を。
でも、少しだけ距離があった。
物理的にも、時間的にも。
駅の改札前。
「また会える?」
美咲が聞いた。
「……大学だし」
「そういう意味じゃなくて」
少しだけ困ったように笑う。
「また、一緒に話したい」
胸の奥が少しだけ熱くなる。
「俺も」
気づけば、そう答えていた。
「じゃあ、LINEする」
「うん」
改札を通る直前、美咲が振り返った。
「悠真」
「ん?」
「またちゃんと仲良くなれたらいいね」
そう言って笑った。
その笑顔を見た瞬間、思った。
——まだ、終わってなかったのかもしれない。
でも同時に、少し怖かった。
また近づいて、また離れることになるんじゃないか。
人ってそんな簡単にやり直せるのか。
大学の帰り道。
スマホが震えた。
朝倉 美咲
『今日はありがとう。久しぶりに話せて嬉しかった』
少し考えてから、返信する。
『俺も。なんか変な感じだけど』
数秒後。
『またご飯でも行こ笑』
画面を見ながら、少しだけ笑った。
春は、もう終わったと思っていた。
でも、もしかしたら。
これは、続きを始める春なのかもしれない。




