第十二章 春の続き
付き合い始めたからといって、急に何かが変わるわけではなかった。
大学で会う。
一緒に昼を食べる。
帰れる日は帰る。
LINEする。
やっていること自体は、前と大きく変わらない。
でも。
少しだけ違う。
待ち合わせの時に自然と隣へ行くこと。
「おはよう」が増えたこと。
帰り際、「またね」が前より少し特別な意味を持つこと。
そんな小さな違いが増えた。
六月の終わり。
講義終わりの学食。
「お前、最近顔違うな」
健太が言う。
「何が」
「幸せそう」
少しむせそうになる。
「うるさい」
「で、付き合った?」
……勘が良すぎる。
「まあ」
健太が箸を止める。
「え、マジ?」
少し笑ってしまう。
「元カノと復縁って、青春すぎだろ」
「そんな大したもんじゃない」
「いや普通にすごい」
少し照れくさい。
でも。
否定したくなかった。
ちゃんと好きな人と向き合えたことが、少しだけ自信になっていた。
⸻
「お疲れ」
夕方。
校門前。
美咲が自然に隣へ来る。
「お疲れ」
最近は待ち合わせも当たり前になった。
「今日暑くない?」
「夏だから」
「雑」
笑う。
本当に、こういう何気ない時間が好きだった。
派手なことはない。
特別なイベントも少ない。
でも。
前よりちゃんと話せる。
無理しない。
それが、思っていた以上に心地よかった。
駅まで歩いている途中。
美咲が急に言う。
「そういえば」
「ん?」
「高校の時より、今の方が好きかも」
足が少し止まりそうになる。
「急に何」
「なんとなく」
少し笑う。
「前よりちゃんと話してくれるし」
少し照れくさい。
「……努力してる」
「知ってる」
その言い方が優しかった。
ちゃんと見てくれてる感じがした。
⸻
七月。
テスト期間。
大学生らしく、図書館で勉強する時間も増えた。
「眠い」
美咲が机に軽く突っ伏す。
「寝るな」
「無理」
「単位落とすぞ」
「助けて彼氏」
少し笑う。
まだ「彼氏」「彼女」という言葉に慣れない。
でも、嫌じゃない。
「ここ出そうだから覚えろ」
ノートを見せる。
「優しい」
「普通」
「そういうとこ好き」
急すぎる。
心臓に悪い。
「……急だな」
「本音」
笑ってる。
でも。
前みたいに、言葉を飲み込まない。
思ったことを言う。
それが少しずつできるようになっていた。
高校の時と違う。
ちゃんと向き合う。
それを二人とも少し意識していた。
⸻
夏休み前。
夕方のキャンパス。
少しオレンジ色の空。
帰り道。
ふと、美咲が言った。
「ねえ」
「ん?」
「大学、一人じゃなくてよかった」
少し驚く。
「最初、不安だったんだよね」
「意外」
「人見知りじゃないだけで、不安はあるよ」
少し笑う。
「でも」
小さく続ける。
「悠真がいてよかった」
その言葉が、静かに残った。
俺も同じだった。
大学って、もっと孤独だと思ってた。
変わらなきゃいけないと思ってた。
でも。
無理に変わる必要はなかった。
ちゃんと向き合える人が一人いるだけで、景色は少し変わる。
駅前。
改札の前。
いつもの場所。
「また明日?」
美咲が聞く。
「授業あるし」
「そっか」
少し笑う。
それから。
少しだけ近づいて、小さな声で言った。
「好きだよ」
不意打ちだった。
「……急すぎ」
顔が熱い。
「返事は?」
ずるい。
少しだけ笑って。
でも、ちゃんと言う。
「俺も好き」
それを聞いて、美咲が笑った。
高校の頃と少し違う。
でも、変わってない笑い方。
懐かしくて。
安心する笑顔。
改札を通る直前。
ふと思う。
大学に入れば、何か変わると思っていた。
実際、少し変わった。
友達もできた。
生活も変わった。
でも。
一番変わったのは、自分かもしれない。
逃げずに話そうと思えるようになったこと。
好きな気持ちをちゃんと言えたこと。
そして。
終わったと思っていた恋の続きを、自分で選べたこと。
春は、終わったと思っていた。
でも。
あの春には、ちゃんと続きがあった。
今度こそ。
隣を歩きながら。
ゆっくり、同じ時間を重ねていく。
そんな未来が、少しだけ楽しみだった。
― 完 ―




