エピローグ
夏休みに入ると、大学は少し静かになった。
毎日あった講義がなくなって、会う理由を自分で作らないといけない。
付き合う前なら、多分遠慮していた。
「忙しいかな」とか。
「迷惑かな」とか。
考えすぎて、結局何も言えなかったと思う。
でも今は少し違う。
ちゃんと言うようにしていた。
それは美咲も同じだった。
『来週空いてる?』
『映画行こ』
『今日電話しない?』
そんな何気ないやり取りが増えた。
特別なことじゃない。
でも、それが少し嬉しかった。
⸻
八月。
暑すぎる午後。
駅前のカフェ。
「暑すぎ」
美咲がアイスを机に置く。
「夏苦手」
「毎年言ってる」
「覚えてた?」
「まあ」
笑う。
付き合って二ヶ月。
少しずつ、“恋人”が自然になってきた。
前みたいな遠慮は減った。
でも。
だからこそ、小さいぶつかりも増えた。
その日もそうだった。
「そういえばさ」
美咲が言う。
「昨日LINE短くなかった?」
少し止まる。
「バイト疲れてて」
「そっか」
そう言いながらも、少し空気が違う。
前の俺なら、多分ここで黙っていた。
気まずくなるのが嫌で。
でも。
今回は違った。
「ごめん」
先に言う。
「適当になってたかも」
美咲が少し驚く。
「……いいのに」
「よくない」
正直に言う。
「また変にすれ違うの嫌だから」
少し沈黙。
それから。
「そういうとこ、前と違う」
美咲が笑った。
「いい意味で」
少しだけ安心する。
大きな喧嘩じゃない。
でも。
こういう小さいことを話せるようになったのが、多分成長だった。
⸻
九月。
夏休みの終わり。
夜。
近所の川沿い。
花火大会帰り。
人混みを抜けて、少し静かな道を歩く。
「疲れた」
「人多すぎ」
「でも楽しかった」
浴衣姿の美咲が笑う。
少し見慣れなくて、まだドキッとする。
「そういえば」
美咲が立ち止まる。
「もう半年くらいだね」
「何が?」
「再会してから」
少し考える。
春。
大学。
偶然の再会。
あの時は、こんなふうになると思ってなかった。
また話すようになって。
怖くなって。
少しずつ近づいて。
ちゃんと好きになって。
また隣にいる。
「不思議」
美咲が言う。
「もう会わないと思ってたのに」
「俺も」
夜風が少し涼しい。
夏が終わり始めていた。
「でも」
美咲が小さく笑う。
「会えてよかった」
その言葉に、すぐ頷く。
「……うん」
本当にそう思った。
もし大学が違ったら。
あの日、話しかけてなかったら。
何も変わってなかった。
後悔だけ残ってたと思う。
少し沈黙。
それから。
美咲が自然に手を出した。
「手」
少しだけ驚く。
でも。
今は迷わなかった。
ちゃんと握る。
少し温かい。
「なんか変だね」
美咲が笑う。
「高校の時、こんなことあんましなかった」
確かに。
あの頃は恥ずかしくて、ちゃんと手も繋げなかった。
「今の方が、ちゃんと付き合ってる感じ」
その言葉が少し嬉しかった。
歩きながら思う。
恋愛って、ドラマみたいな大きな出来事ばかりじゃない。
何気ない会話とか。
少しのすれ違いとか。
「お疲れ」のLINEとか。
隣を歩く時間とか。
そういう小さい積み重ねなんだと思う。
そして。
ちゃんと向き合うことが、多分一番難しい。
でも。
今なら少しだけできる気がした。
駅前。
別れ際。
「また明日?」
美咲が聞く。
「会いすぎじゃない?」
「嫌?」
少し笑う。
「……嫌じゃない」
「よかった」
改札に向かう前。
美咲が少し振り返る。
「悠真」
「ん?」
少し照れながら笑う。
「今の方が、ちゃんと好き」
少し恥ずかしくなる。
でも。
悪くない。
むしろ。
少し嬉しい。
「……俺も」
その言葉に、美咲が笑う。
春に止まっていた時間は、もう動いていた。
そして多分。
今度は、ゆっくり続いていく。
終わりじゃなくて。
ちゃんと、続きとして。
― END ―




