第十章 会えない時間
『ごめん、熱出た』
そのLINEを見てから、妙に落ち着かなかった。
大学の帰り道。
いつもなら、どこかで「今日どうだった?」みたいなやり取りがある時間。
でも今日はない。
返信の速度も遅い。
当たり前だ。
体調悪いんだから。
それなのに、スマホばかり見てしまう。
『病院行った?』
少しして返信。
『ただの風邪っぽい』
『ちゃんと寝ろよ』
『お母さんみたい笑』
少しだけ安心する。
いつもの感じだった。
でも。
翌日も大学に来なかった。
その次の日も。
三日目。
講義中、気づけばスマホを見ていた。
通知はない。
こんなに会わないだけで、落ち着かなくなるとは思わなかった。
好きなんだな、と嫌でも思う。
ちゃんと。
想像以上に。
昼休み。
「藤沢、元気なくね?」
健太が言う。
「そう?」
「顔死んでる」
少し迷ってから言う。
「……体調崩してる」
「元カノ?」
もう隠す気力もなかった。
「うん」
健太が少し笑う。
「完全に彼氏じゃん」
否定できない。
付き合ってないのに。
でも。
心配だった。
それが一番近かった。
⸻
夜。
珍しく、美咲から電話が来た。
少し驚きながら出る。
「もしもし」
『……もしもし』
声が弱い。
少し鼻声。
「大丈夫?」
『まあ、熱は下がった』
少し安心する。
「よかった」
沈黙。
でも、不思議と嫌じゃない。
『なんかさ』
「ん?」
『会わないと変な感じ』
心臓が少し鳴る。
『大学、つまんない』
少し笑ってしまう。
「重症だな」
『悠真が言う?』
「俺も少し」
正直だった。
少しじゃない。
かなり。
でも全部言うのは恥ずかしかった。
電話の向こうで、小さく笑う声。
それだけで安心する。
『なんか』
少し間。
『前より話せるようになったよね』
「そう?」
『うん。高校の時より』
昔の俺は、思ってることをあまり言えなかった。
嫌われるのが怖かった。
重いと思われたくなかった。
でも今は。
少しだけ違う。
失いたくないからこそ、ちゃんと話したいと思える。
「……前より、後悔したくない」
自然に出た言葉だった。
少し沈黙。
『そっか』
声が少し優しい。
『なんか嬉しい』
そのあと、一時間くらい話した。
何でもない話。
大学。
高校の思い出。
最近見た動画。
でも。
その何気ない時間が、すごく安心した。
切る前。
『来週には大学行けそう』
「ほんと?」
『うん』
少し笑う声。
『会いたいし』
その一言で、心臓が変な音を立てた。
「……俺も」
小さい声だった。
でも、ちゃんと届いた気がした。
⸻
数日後。
大学。
講義終わり。
校門近く。
久しぶりに見た姿。
「悠真」
少し手を振る美咲。
顔を見るだけで安心した。
「大丈夫?」
「うん、だいぶ」
でも少し痩せた気がする。
「心配した」
自然に出た。
言ったあと少し恥ずかしくなる。
でも、美咲は少し驚いて。
それから笑った。
「なんか、嬉しい」
夕方。
少しだけ散歩しながら話す。
久しぶりなのに、不思議なくらい自然だった。
でも。
もう誤魔化せなかった。
好きだ。
ちゃんと。
失いたくない。
駅前。
別れる前。
「美咲」
「ん?」
少しだけ深呼吸する。
緊張で手が少し冷たい。
でも。
今言わないと、また後悔する気がした。
「今度、ちゃんと話したいことある」
美咲が少し目を丸くする。
でも。
何か察したように、小さく笑った。
「……うん」
少しだけ照れた顔。
「私も、話したいことある」
帰りの電車。
胸が落ち着かなかった。
たぶん次。
ちゃんと伝える。
怖い。
でも。
今度は逃げたくなかった。




