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落骸都市の箱庭領主  作者: ひげくま


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第6話 暮らしはじめた都市

 バルドが最初の寝台を作ってから、三日が過ぎた。

 その間に、寝台は増え、棚や机も少しずつ揃っていった。

 ほとんどは、バルドが睡眠時間を削って作ったものだ。


 自動生産機も連日フル稼働である。

 バルドが作った家具の増産。必要な布材や板材、食料の増産。

 また、着替えの生産も必要だった。

 ある時、自動生産機の状況を確認するために、開発区画に立ち寄ったノアは、ちょうど、リナとエリスが自分の着ていた下着を読み込ませている現場に出くわしてしまい、顔を真っ赤にした二人から猛烈に怒られた。


「俺悪くなくないか?」

 と思いつつも、平謝りした。



 広場には、子供たちはもう集まっていない。

 

 都市核と制御盤があるため、子供たちをいつまでも置いておくには危ない。

 初日の夜こそ全員で固まっていたが、今は近くの大部屋を片づけ、年少の子供たちはそこへ移っている。


 大部屋には、低い寝台が並んでいた。

 布を吊っただけの仕切りもある。

 食事の包みと水を配る場所、汚れた布を集める箱、寝る前に手を洗う場所。

 どれも急ごしらえだが、決まった場所があるだけで子供たちは動きやすくなった。


 ソフィアとマーヤ婆は、個室を断った。


「子供たちだけにすると、夜中に泣いた子が困ります」


「わしも一人部屋など落ち着かん」


 二人はそう言って、大部屋の端に自分たちの寝台を置かせた。


 年長者には、使えそうな小部屋が順に割り当てられている。

 ただし、まだ全員分には遠い。

 扉が歪んで閉まらない部屋もあれば、天井から水が落ちる部屋もある。

 バルドはそういう部屋を一つずつ見て、使えるかどうかを判断していた。


 リナには、医務室ができた。


 もとは物置のような小部屋だったが、浄化水槽に近く、扉もまともに閉まる。

 患者用の寝台も置かれ、棚には清潔な布とリナが持ち込んだ薬、作業台には水の器。

 奥にはさらに小部屋がありリナが眠れるだけの寝台が置かれている。


 そして広場とそこに繋がる部屋は、ノアの作業場になった。


 黒い都市核。

 制御盤。

 音声端末。

 バルドが作った机と棚、ソファ。

 それから、一人掛けのリクライニングチェア。


 これらの家具は、ノアが頼んだものではない。

 夜中に制御盤の前で寝落ちしたノアを見たバルドが、翌朝黙って作った。


「床で寝るな。邪魔だ」


 理由はそれだけだった。


 ノアはそのチェアに腰かけ、エリスはソファに座り、白板に書いた文字と制御盤の画面表示を見比べていた。

 隣の机には、エリスが置いた大型の白板とペンがある。

 この白板とペンは、エリスが持ち歩いていた小型の白板とペンを読取台で登録し、大きく作り直したものだった。

 白板には、古い文字の形と、音声端末の返答が並べて書かれていた。


「この文字は、生産ですね」


 エリスが言った。


「簡易食糧と板材をそれぞれ生成したときに、共通で出ていましたから」


「じゃあ、こっちが素材かな」


「おそらく」


 文字はまだ完全には読めない。

 だが、音声に質問し、返答と制御盤の表示を照合すると、少しずつ意味が見えてくる。


 外殻。

 浄化。

 生産。

 循環。

 素材。


 正しい発音は分からない。

 けれど、どの表示が何に反応しているのかは、前よりずっと分かるようになっていた。


「もう一度、外部吸引口から取り込んだ素材の増加量を聞いてみます」


 ノアが音声端末に向かって口を開こうとした時、広場の入口で足音が止まった。


 振り向くと、リナが立っていた。


 片手に薬箱。

 もう片方には、水の入った小瓶。

 視線は、ノアとエリスの間にある机を見て、それからリクライニングチェアへ移った。


「ずいぶん仲良さそうね」


 声はいつも通りだった。

 だからこそ、ノアは一瞬返事に迷った。


「え?」


「毎日ここで、二人で、ずーっと話し合っているから」


「都市核の調査です」


「そうでしょうね」


 リナは広場の中へ入り、薬箱を机の端に置いた。


「医務室の棚はまだ仮の板なのに、こちらは机も棚もソファも揃っているのね」


 エリスが小さく笑いをこらえた。


「このソファは、バルドさんが勝手に作ったものです」


 ノアが言うと、リナはソファを見た。


「使っていないとは言っていませんね」


「使っています」


「でしょうね」


 リナはそう言ってから、エリスの腕を見た。


「痛みは?」


「少し。動かさなければ平気です」


「平気な人は、そういう言い方をしません」


 リナはソファのエリスの横に座り、エリスの腕を見た。

 包帯を少し緩め、腫れを確かめる。


「悪くはなっていません。ただし、こちらの腕を使うのは控えて」


「分かっています」


「分かっている人は、医務室ではなく広場に入り浸りません」


 エリスは今度こそ少し笑った。


 ノアは口を挟まないことにした。


 リナは包帯を巻き直し、薬箱を閉じた。

 それから、ノアへ顔を向ける。


「本題があります」


「はい」


「お風呂と洗濯場を何とかしてください」


 ノアは黙った。


 リナは続けた。


「水は使えます。布で体を拭くこともできます。でも三十七人です。子供はすぐ汚れますし、怪我人の手当てにも湯が欲しい。洗濯物も増えています」

「衛生面を考えると早めに対策を考えたいです」


「水を温めるだけなら、何とかなるかもしれません」


「温めた後の水は? 湿気は? 汚れた水をどこへ流しますか」


 ノアは答えられなかった。


 桶に湯を張れば済む話ではない。

 湿気がこもれば、寝る場所も布も悪くなる。

 汚れた水を雑に捨てれば、せっかく分けた水場と医務室が汚れる。


「ソフィアさんからも言われましたし、私も困っています」


 最後の一言だけ、少し低かった。


「分かりました。調べます」


「お願いします」


 リナは薬箱を持ち上げた。

 だが、すぐには広場を出なかった。


「それと、食事」


 ノアはうなずいた。


 簡易食糧は作れる。

 食べれば腹はふくれる。

 けれど、味が問題だった。

 子供たちは文句を言わずに食べている。

 文句を言う余裕がないだけだ。


「ずっとあれでは無理ですね」


「無理です」


 リナは即答した。


「体調を崩す子が出ます。成分が分からないものだけを食べ続けるのも危険です。何より、あの食事を毎日三回続けたら、子供たちの顔が死にます」


 それは医学的な説明ではなかったが、分かりやすかった。


 ノアは制御盤へ向き直った。


「食べ物と風呂と洗濯か」


「どれも生活の根幹ね」


 エリスが言った。


「まず、農業に関係する設備を調べましょう」


 ノアは早速音声端末に問い合わせる。


《栽培補助設備が該当します》


「栽培補助設備でできることを教えてください」


《種子、土壌、水、光量、温度の管理を補助します》

《現在、設備未接続のため使用不可》


「設備に必要な部材は作れる?」


《必要部材の一部は自動生産機で生成可能》

《設備として運用するには、追加制御コアの接続が必要です》


「追加制御コア?」


《独立設備を都市核の管理下で運用するための制御部品です》

《一基につき、一系統の設備を制御します》


 ノアはエリスを見た。


「つまり、箱や管は作れる。でも、それを農業の設備として動かすには、別の頭脳がいる」


「そういうことね」


 エリスは白板に、追加制御コア、と書いた。


「種子は?」


《未登録》

《栽培開始には種子、または生育可能な植物体が必要です》


 足りないものは見えてきた。

 槽や配管ではない。

 種と、追加制御コアだ。


「入浴施設や洗濯場に関係する設備はありますか」


《衛生設備が該当します》

《洗浄、排水処理、温水循環の管理を行います》

《現在、設備未接続のため使用不可》


「水の循環施設は浄化槽もあるし、できているんだよな」


「そうね、設備をそれぞれ作って、上下水を既存の仕組みに繋げられればいいんだけど」


「施設の追加はどうすればいい?」


《拡張場所を指定》

《必要部材を設置》

《追加制御コアを接続》

《既存の水循環、排水処理系統へ接続してください》


 浴槽や洗い場そのものは、おそらく作れる。

 寝台や桶のように見本にできるものがあれば、自動生産機で部材を増やすことはできるはずだ。


 だが、湯を出し、汚れた水を戻し、湿気を逃がす仕組みは、ただの部材では動かない。

 ここでも必要なのは、追加制御コアだった。


「栽培にも、衛生にも、追加制御コアがいる」


 ノアが言うと、エリスは白板の二か所を丸で囲んだ。


「それに、栽培には種も必要ね」


「この区画に残っていると思いますか」


「分からない。でも、探すものは決まったわ」


 ノアは制御盤の画面を見た。


 食料を増やすには、種と追加制御コア。

 風呂を作るにも、追加制御コア。


 家具や寝台のように、自動生産機だけで増やせるものではない。


「バルドさんに相談しましょう。奥の部屋を調べるなら、先に崩れやすい場所を見てもらわないと」


「リナも一緒に話すわよね?」


 エリスは少しだけ口元を上げた。


 リナは笑いながらうなずいた。


「お風呂の話ですから、もちろんです」


 広場の外から、子供たちの声が聞こえた。

 食事当番が空の包みを集めているらしい。


 この区画は、少しずつ暮らし始めている。

 だからこそ、次に探すものがはっきりした。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

※本作は「カクヨム」にも掲載しています。

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