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落骸都市の箱庭領主  作者: ひげくま


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第22話 残る者たち

 アークへ戻ると、アンは足場を降りた時から落ち着かなかった。


「ここがアークですか。シールドの内側から見ると、こんなふうに見えるんですね。あ、あれは小型作業機ですか?」


 アンが指した先では、プチたちが工具を積んだ箱を押している。

 数台が足を止め、ぴこっと光った。


「プチたちです。簡単な補修と搬送を担当しています」


 ノエルが答えると、アンは両手を握った。


「会話はできますか? 指示系統は? 個体差はありますか?」


「あとで説明します。先に皆への報告があります」


「はい。あとで、ですね。分かりました。あとで必ずお願いします」


 分かっている顔ではなかった。

 ノエルは一度だけノアを見た。ノアは小さく肩をすくめる。


 居住区に戻るころには、ソフィアとマーヤ、子供たちの何人かが通路に出てきていた。

 見慣れない作業服の女性を見て、ミナがノートを抱え直す。


「お客さん?」


「ケートスの技術者です。アンさん。今日はアークの見学も兼ねて来てもらった」


「見学といいますか、可能であれば調査も、記録も、照合もしたいです」


 アンが早口で言う。

 隣でエリスが苦笑した。


「その前に、ノアが話すことがあるわ」


 広場代わりに使っている居住区の中央へ、人が集まり始めた。

 まだ壁も床も、場所によっては継ぎ足した跡が残っている。けれど、以前よりはずっと広い。寝具を寄せ、作業台を端へずらせば、全員が座れるくらいにはなっていた。


 ノアは、集まった顔を見回した。


 ソフィアが年少組を前に座らせ、リナがその横につく。バルドは壁際に立ち、エリスはノエルと並んでいた。

 アンは少し離れた位置で、邪魔にならないように立っている。だが視線だけは、壁の制御線やプチの動きに何度も向いていた。


「ケートスで聞いたことを話す」


 ノアは、ラウラから聞いたことを順に伝えた。

 ケートスがオルディナから離れて動いている都市であること。落とされた区画があった時、助けられる者がいないか探してきたこと。

 そして、アークの生存が知られた場合、オルディナに狙われる可能性が高いこと。


 子供たちは静かに聞いていた。

 ルカが途中で何かを言いかけたが、隣のミナが首を振ると口を閉じた。


「ラウラさんからは、アークをケートスに預けないかと提案された。ケートスは長年オルディナと対立していて、彼らならオルディナから守れる」

「また、その場合みんなケートスで暮らすことになる」


 広場が少しざわついた。

 誰かが小さく息を吸う音が聞こえる。


「だけど、俺は、アークをこのまま発展させていきたいと思ってる」


 ノアはそこで一度言葉を切った。


「アークは未来の希望になる可能性がある。であれば、俺は、ここを、誰も勝手に切り捨てられない場所にしたい。まだまだ足りないものばかりだけれど」

「都市を成長させて、誰も何も奪われない、安心して生活できる場所を作りたい。そのためにできることを何でもやりたいんだ」


 リナは何も言わなかった。

 ただ、ノアの方を見ていた。

 アンが興味深そうにノアの言っていることを聞いている。


「ただ、やはり危険ではある。だから、ここに残る人はできるだけ少数がいいと思っている」

「みんなはケートスへ移って安全に暮らしてほしいと思っている」


 ノアは子供たちの方へ視線を向けた。


「特に、子供たちはケートスへ行った方がいいと思ってる」


 言った瞬間、カイが顔を上げた。


「なんでだよ」


 声は大きくなかったが、周りの子供たちが一斉に顔を上げた。


「危険だからだ」


「それは分かってる」


 カイは膝の上で手を握っていた。


「勝手に決めるのかよ。上の連中が俺たちを名簿の上で動かしたのと、何が違うんだよ」


 ノアはすぐに言い返せなかった。


「カイ」


 ソフィアが静かに名前を呼んだ。

 カイは一度口を閉じたが、視線はそらさなかった。


「ここは俺らが過ごしていた場所だ、ここから出たいとは思わない」


「ぼくも」


 トマが小さく手を挙げた。

 他の子どもたちも手を挙げ始める。


「待ってくれ、気持ちはわかった。だけど今みんなが手を挙げ始めると、そのまま流される子も出てくると思う」


「そうさね、なかなか皆が言っていることと違うことを言うのは勇気がいるからねぇ」


 マーヤ婆が言う。


「私はケートスへ行こうかね」


 皆がびっくりしてマーヤを見つめる。


「私みたいな年寄りは、いつまでもいると皆の迷惑になるからねぇ」

「ケートスへ行く子たちは、婆と一緒に行こうじゃないか」


 マーヤは優しく笑いながら言った。

 マーヤは希望しない子供たちが同調圧力で負けないようにあえて手を挙げてくれたようにノアは感じ、自然と頭が下がった。


「ありがとうございます。他にもケートスへ行きたい人は、マーヤ婆がいてくれるから、心配せずに言ってくれ」


 顔を見合わせる子供たちが出てきていた。

 ノアは広場にいる全員へ向き直った。


「しっかり考えて決めてくれ、自分自身でしっかり判断して後悔がないようにね」

「アークに残る人、ケートスへ移る人、一時的にケートスで休養する人。それぞれ選べるようにしたい。ラウラさんにもそう伝えようと思う」


 ソフィアが頷いた。


「それなら、私の方で、子供たちにも一人ずつ確認しましょう」


「お願いします」


「ええ」


 バルドが壁から背を離した。


「俺は残る。ここで作るもんが山ほどある。せっかくこの都市で色々覚えてきたんだ、活かさんわけにはいかん」


「私も残ります」


 エリスが続けた。


「α型都市核をオルディナに渡すわけにはいきません。オルディナが間違っているなら正さないといけない、知らなかったとはいえ、そこに関わってきた一人として逃げて、見ないふりはできません」


 リナは何も言わずに、ノアを見て頷いただけだった。

 彼女の気持ちはすでに分かっている。


 その後は、必要なものの確認になった。

 ノエルが中心となって、必要な機材の整理が始まった。


「探索設備系があるなら追加したいな」

「食料の種類も追加しておこう、今だと味気ないものが多すぎる」

「ちゃんとした台所用意できていなかったじゃない、ちゃんと用意しましょうよ」

「ケートスと安全に通信できる方法とかあるのかな?」


 皆が思い思いに設備や物資を挙げていく。


「おっと、結構上がるな……ノエル、ケートスに滞在中にある程度整えられるか?」


「はい、可能かと思います。プチたちを使って作業を進めてよいですか?」


「あぁ、まず計画を立ててくれ、後でチェックして承認する」


「了解しました。まずは計画を策定します」


「プチ……」


 アンが顔を上げた。


「あとで見ても?」


「あとでです」


「はい……」


 その夜、ソフィアは子供たち一人ひとりと話した。

 結局マーヤ婆を含め、7人がケートスに行くことになった。


 翌朝、ノアたちは再びケートスへ向かった。


 同行したのは、リナ、ノエル、エリス、バルド、そしてアンだった。

 アンは前日よりも荷物が増えている。足場を渡る間もアークの外殻を何度も振り返っていた。


 ラウラの部屋へ通されると、机の上には昨日より大きな地図が表示されていた。

 ラウラは椅子に座り、片手でカップを回している。


「考えはまとまったかい」


「はい」


 ノアは立ったまま答えた。


「アークは、俺たちの手で動かしていきたいと思います」


 ラウラは黙って聞いていた。


「ただ、ケートスへ移住希望者もいるので、受け入れてほしいと思っています。昨日もおっしゃっていただきましたが、物資や技術の支援もお願いできればと思っています」


「預けないと言った口で、頼むことは頼むのかい」


 ノアはうなずいた。


「都合がいいのは分かっています。でも、アークが整うまで、先行投資と思って助けてもらえないでしょうか?」

「将来的に、ケートスの力になれるようになっていきたいと思っています」


 ラウラはしばらくノアを見ていた。

 それから、短く笑った。


「ふっ、いいね。そういうしたたかさは必要さ。分かった。移住希望者は受け入れる。それと、こちらから必要な物資を援助しよう」

「ただ、こちらからも条件がある」


 彼女はカップを置いた。


「昨日も言ったが、α型都市核は人類の希望だ。やすやす奪われては困るし、解析も進めておきたい」

「こちらからもそちらに人員を送り込みたい」


「はいはいはい、私行きます!」


 アンが勢い込んで立候補する。

 ラウラに頭を小突かれる。


「話し中だ黙ってな。そういうと思ってあんたはとっくに候補に入ってる」


 アンが小突かれた頭をさすりつつ、ガッツポーズをとるという器用なことをしていた。


「ノア、お前が思うよりオルディナは危険な奴らだ。全員が全員そうじゃないだろうが、かなり強硬派がいるのは分かっている」

「ケートスも落骸海の海上に上がった際に何度となく激しい攻撃を受けている」

「海面に出た時、連中は飛行艇と武装機を出してきた。古い型もあれば、見たことのない新型もあった。こっちは探査都市だ。もともと真正面から撃ち合うために作られちゃいない、だから空から爆撃してくるんだ」

「それもあって、ケートスは普段落骸海の中で過ごしているんだ」

「もっともこちらも最近はかなり対抗策を用意し始めているがね」


 エリスが驚愕した表情を浮かべる。


「そんなことまでしていたなんて……」


「だからね、こちらから戦闘部隊も送り込みたいんだよ」


 ノアは少しだけ考えたが、すぐにうなずいた。


「わかりました。むしろこちらからお願いすることだったかもしれません」


「よし、なら決まりだね。これからケートスとアークは同盟を組むんだ。投資した分はしっかり回収させてくれよ、ノア」


「はい、よろしくお願いします」


 ラウラから手を差し出され、ノアはがっちりと握手をした。


「あぁ、守備隊長はディーンという、後で紹介するさね」


 アンの顔が少しだけ固まった。


「ディーンも、ですか」


「当たり前だろ。あんたが暴走して止まらなくなった時、誰が首根っこをつかむんだい」


 ラウラはノアを見る。


「ディーンは守備隊のまとめ役だ。アンの幼馴染でね。この子の扱いには慣れてる。こっちの話を聞かなくなったら、そいつを呼びな」


「話を聞かなくなる前提なんですか」


 アンがむくれて小さく抗議する。


「前例があるからね」


「ありますけど、何か?」


「あるのかよ」


 バルドが思わず突っ込む。


「さて、それじゃ準備を始めるかね。こっちから送り込む人数は20名だ、こちらは何名受け入れればいい」


「7名です」


「わかった、じゃあディーンと、あとは事務方を取りまとめるティーナを紹介しよう」


 具体的な移行体制の議論が始まっていく。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

※本作は「カクヨム」にも掲載しています。

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