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落骸都市の箱庭領主  作者: ひげくま


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22/22

第23話 出港準備

 ケートスのドックに入ってから、アークの周りから人の声が消える時間はほとんどなかった。


 巨大な外殻の内側に、作業足場が何段も組まれていく。

 ケートスの技術者たちは太い管と金属板を運び、プチたちはその足元をすり抜けるように走った。工具箱を運ぶもの、切り出した部材を支えるもの、床に落ちた破片を回収していくもの。それぞれが短く光りながら、ノエルの指示を受けて位置を変えていく。


「そこは外壁の補強です。居住側の配管とは分けてください」


「了解。おい、そっちの板、三枚まとめて寄せろ」


 バルドの声に、プチが二台、板材の下へ潜り込んだ。

 ケートスの作業員が驚いた顔をしたが、すぐに笑って手を貸す。


「こいつら、ほんとに働くな」


「目を離すと仕事を取りに行くから気をつけてくれ」


 バルドがそう言うと、近くにいたプチがぴこっと光った。


「褒めてねえぞ」


 言いながらも、バルドは少し笑っていた。


 ドックの奥では、アークの外壁に新しい板が当てられていく。洗浄され、削られ、必要なところにケートスや自動生産機で作られた部材がつながれた。

 継ぎ足した区画の境目もきれいにつながれ、新品のような見た目に変わってきている。

 

 ノアは外縁の手すりから、その様子を見ていた。


「ここまで一気に変わるのか」


 隣に立つノエルが答えた。


「ほぼ昼夜問わず作業をしています。ケートス側は交代制で、プチたちも整備時間以外はフル稼働です」


「無理はしないようにな」


「はい。現在の作業速度は許容範囲です」


 ノエルは手元の端末を見た。

 端末の画面に、アークの簡略図が映っている。外縁の一部が淡く点滅し、作業が終わった場所から順に色が変わっていった。


「通信機の設置は完了しました。ケートス中央管制との常時通信が可能です。周辺のスキャン装置も外縁に取り付けられ、周囲の大型残骸と高出力反応を拾えます」


「防御系の設備は?」


「外壁補強と、補助シールド発生器の設置が終わりました。全体のシールドとは別に、攻撃方向へ短時間だけシールドを重ねて受ける防御です」


「武装は?」


「水中戦用の魚雷発射管、地上・空中戦用のミサイル発射架、レーザー砲塔を搭載しました。現在、ディーン様たちが確認しています」


「推進機構は?」


「調整は完了しています。ケートスから受け取った周辺航路も反映しました」


 ノアが頷くと、ノエルも頷いた。


 アークの横腹では、小型飛空艇の架台が取り付けられていた。海面へ出た時に使うものだと、ケートスの作業員が説明してくれた。落骸海の中では、代わりに小型潜水艇が使われる。発着台ができれば、外へ出る手順を組める。


 居住区の方も変わっていた。


 通路の片側に、ケートスから来た人員の部屋が並ぶ。まだ簡素だが、寝台と棚が入り、引っ越しが可能な状態になっている。

 台所には大きな鍋を置ける炉と、洗い場ができた。以前は食料を配るだけで精いっぱいだった場所に、今は湯気が立っている。ルカがその前から離れず、リナに何度も追い払われていた。


「味見は一回まで」


「まだ味が分かんないよ」


「三回目よ」


 リナが言うと、近くにいた作業員が笑った。


 広場代わりだった中央の空間は、壁を少し動かし、長い机を置けるようになった。食事、打ち合わせ、子供たちの勉強を同じ場所でできる。


 その一方で、出ていく準備も進んでいた。


 マーヤ婆は、ケートスへ移る子供たちの荷物を一つずつ確かめていた。布包み、木箱、小さな玩具、古い本。どれも大した量ではない。けれど、子供たちはそれを何度も開けては閉じた。


「忘れ物はないかい」


「うん」


「あとで取りに来ることもできる。全部持っていこうとしなくていいよ」


 マーヤ婆の声はいつも通りだった。

 それがかえって、子供たちを少し落ち着かせていた。


 ノアはその様子を少し離れた場所から見ていた。

 声をかけようとして、やめる。

 代わりにソフィアが子供たちのそばへ行き、ケートスでの部屋割りを表示した端末を見せた。


「マーヤ様の部屋はこの近くです。何かあれば、すぐ呼べます」


「アークに戻りたくなったら?」


「戻れるように、ノアさんが通信の約束をしてくれました」


 子供がこちらを見る。

 ノアは頷いた。


「いつでも話せるようにする。必要なら迎えに行く」


「絶対?」


「ああ」


 その子は少し迷ってから、小さく頷いた。


 技術区画では、机の上が資料で埋まっていた。


 アン、エリス、バルドの三人は、ケートスから運び込まれた資料、アークの保守庫に残っていた資料、ノエルが取り出したアーク側の記録を机いっぱいに広げていた。

 さらにケートスにあったβ型都市核の資料も照合しながら、三人はほとんど休まずに解析を進めていた。


「ノア、今ちょっといいかしら」


 ノアがアークの管制室兼ノアの執務室で、作業の進捗を見ていると、三人がやってきて、エリスが声をかけた。

 

「あぁ、大丈夫だ。どうした、何かわかったのか?」


 エリスが頷きながら答える。


「ええ。浮上に必要なものが見えてきたわ」


「本当かい?それは凄い」


「アークの保管庫にあった資料に記載があったんです」


「今まで忙しくて、チェックしきれてなかった資料の中にありやがった」


 アンとバルドが続ける。


 机の上に、資料を並べ説明を始める。


「浮遊機関の重要なパーツが浮遊石から作られているの」


「浮遊石?」


「えぇ、小型の飛空艇とかで使われているやつね、見たことある?」


 ノアが首を振る。


「いや、ないな、どんなものなんだ」


「特殊な信号と出力を与えることで、浮力が発生するものなの。ただ、現在採掘できる場所は無くて非常に希少なものなの」


 ノエルが頷いた。


「旧世代には、ルヴェル地方の鉱山で産出されていましたが、今は落骸海に沈んでしまっています」


「そう、そのうえ、このアークの浮上に使えるようなものはより巨大なものでないとダメなのよ」


「ケートスから小型飛空艇が運び込まれたけど、あれに使われているのは、手で握れるぐらいの小型の奴だからなぁ」


「ケートスも持ってないのか?」


 アンが首を振りながら答える。


「ケートスは落骸海専用だし、浮上させるならアークに必要なものよりさらに大きな浮遊石が要るから、まともに探してなかったんだよね」


「そりゃそうか、かつての産地を探索しに行ってみるか?」


「そうね、それを相談しに来たのよ」


 エリスが端末に地図を表示した。

 ケートスが記録したものだ。落骸海の中の流れと残骸群が、線と点で示されている。


「ルヴェル鉱山の設備がこの辺りにあるらしいんだけど、ケートスの記録にもこの辺りの詳細はないの。行って見てみるしかなさそうなのよね。もしかしたら無駄骨で終わる可能性もある」


「あくまで、可能性ってだけか」


「えぇ、でも、一度探してみたくて」


 ノエルが画面上の一点を示す。


「分かった、考えてみよう。このあとちょうどラウラと今後の方針について相談する場があるから、そこで話そうか」


 その日の夕方、ラウラを交えた会議が開かれた。


 アーク側からはノア、ノエル、リナ、エリス、バルド。ケートス側からはラウラ、アン、守備隊長のディーン、事務方のティーナが出席した。


 ディーンは背の高い男だった。無駄な口をきかず寡黙な印象だ。

 ティーナは眼鏡をかけた長身の女性で、きびきびした印象だった。


「よし、始めようか。今日は、アークが出港した後の行き先について話すんだったね」


「えぇ、そうです。それについて、こちらの調査チームが見つけたことがあって、その相談をしたいと思っています」


 ノアが答えると、エリスが机の画面に地図を表示し、ルヴェル鉱山設備の位置を示した。

 それから、先ほど話していた浮遊石の話を続ける。


「なるほどね、浮遊石かい。しかし、厄介だね、その場所の情報がケートスにもなかったのを不思議に思わなかったかい?」


「えぇ、ここは何かあるのですか?」


「あぁ、二つ問題がある」

「一つ目はその境界部分に巨大な落骸海の裂け目があってな、ケートスじゃ渡れないんだよ」


「裂け目!?」


「あぁ、理屈はわからんが、滝のように落骸海が割れている」

「二つ目が、その裂け目あたりに妙なのが住み着いていてな」


「生き物がいるんですか!?」


「いや、おそらく守護するためのロボットではと思うが、近づいてくるのを攻撃してくるんだよ」


「どんなものですか」


「ぐねぐね伸びる足が付いたやつだね。一度接近したときに、ケートスに巻き付かれてひどい目にあったよ」

「シールドを全開にして防ぎつつ、離脱したら追ってはこなかったので逃げ切れはしたがね」


 ノアは唸った。


「空中からはいけないんですか?」


「オルディナの連中が試していたがね、巨大な長い手が伸びてきて、取っつかまっておしまいさ」


 ラウラは腕を組んだ。


「ただ、こちらもオルディナに対抗するために浮遊石が足りなくてね、ちょうど再度の探索を計画しようとしていたのさ。アークが行くなら任せたいところだね」


 ラウラは地図上の一点を指で叩いた。


「あの先に、何が残っているのか、どういった状況なのかは分からないが、探査都市としては放っておけない場所だ」

「オルディナの連中にも渡したくないしね」


「なるほど、分かりました。では最初のアークの行き先は、ルヴェル地方のルヴェル鉱山にしようと思います。もしこちらで何か分かれば、情報はお伝えしますね」


 ノアが言うと、ラウラは満足げに頷いた。


「あぁ、頼むよ。ただ、かなり危険な探索になると思うからその覚悟は持って行ってくれよ」


「分かりました。対策も考えて、準備を終えたら向かいます」


 ラウラはふとアンを見る。


「あんたも、浮かれて資料に埋もれてるんじゃないよ」


「大丈夫です、間に合わせます。むしろ間に合わせるために埋もれています」


「口だけは元気だねえ」



 二週間後。


 アークの外壁は洗い直され、補強板の表面には新しい塗装が入った。ケートスのドックの灯りを受け、以前より明るく見える。

 居住区では、残る者たちと移る者たちが最後の荷物を確認していた。

 マーヤ婆はケートスへ向かう子供たちを連れ、ソフィアと短く言葉を交わしている。泣いている子の背をなで、笑っている子には荷物の紐を結び直してやっていた。


 ノアは通信機の前に立った。


「こちらアーク。通信確認」


『こちらケートス中央管制。聞こえているよ』


 ラウラの声が返る。


『見違えたじゃないか』


「ほとんど、そちらのおかげです」


『投資だと言ったろう。働いて返しな』


「はい」


 ノアは通信を切り、振り返った。

 ノエルが発進前の確認を進めている。


「出港準備を始めよう」


 ノエルが頷く。


「箱庭都市アーク、出港準備に入ります」


 ドックの足場がゆっくりと離れていった。




 同じころ、オルディナ上層の監視室では、落骸海観測班の一人が走っていた。


 扉を開けると、都市管理局長オルガン・レイスが窓際に立っていた。

 空の下には雲海が広がっている。落骸海は、そのさらに下にある。


「ケートスの動きに変化がありました」


 オルガンは振り向いた。


「確かか」


「はい。沈降層で一時停止した後、何かを収容した可能性があります」


「確かか?」


「断定はできません。何度か収容しようとした挙動を取ったようです」


 オルガンはしばらく黙っていた。


「監視を増やせ。何か意味のあるものを拾ったなら、その後の動きに変化が出るはずだ」


 オルガンは窓の外へ目を戻した。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

※本作は「カクヨム」にも掲載しています。

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