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落骸都市の箱庭領主  作者: ひげくま


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第20話 都市長ラウラ

 五分後、ノアたちは外縁に集まった。


 ケートスから伸びてきた足場は、アークのシールドのすぐ外で止まっていた。幅は十分にある。両側の手すりも、足元の板も、急ごしらえには見えない。

 ノエルがシールドの状態を確認し、最初に出ていく。


「外部環境は呼吸可能です。落骸海成分は基準値以下です」


「分かった。ソフィアさん、こちらは出ます」


『聞こえています。無理はしないでください』


「何かあったらすぐ戻ります」


 ノアは通信を切り、足場へ出た。

 空気は冷たく、金属と油の匂いがした。 


 足場を渡ると、柱のそばに、作業服姿の小柄な女性が待っていた。


「ようこそいらっしゃいました、ご案内しますね」


「よろしくお願いします」


 柱についた扉が横へ開く。

 中に入ると、ドアが閉まり床が上昇していく。

 しばらく上ると外が見えた。アークが遠目に見える。


「すごい大きさね…」


 エリスが感心したように言う。


「この都市は長期間落骸海を探索して色々なものを持ち帰れるようにものすごく巨大に作られているんですよ」


 案内をしてくれている女性が答える。

 登り切ると、大きめの通路に出る。


「都市長は中央制御室の横にある都市長室で待っています。そこまでご案内しますね」


「都市長?」


 エリスが聞き返した。


「ケートスのまとめ役ですよ。船長と呼ぶ人もいますね」


「どっちで呼べばいい」


「どちらでも大丈夫ですよ、大らかな方なんで気にしないはずです」


 通路を進むにつれて、人の声が聞こえ始める。

 途中他の作業者ともすれ違うようになり、皆興味深そうにこちらを見つめてくる。


 上の通路から見下ろす者もいれば、壁際で作業を止める者もいる。


「ごめんなさいね、生存者が大勢見つかることは珍しくて、みんな興味津々なのよ」


「いえ、大丈夫です。私たちもじろじろ見ちゃっていますから」


 通路の先に、大きな扉があった。


「ここが中央制御室です、都市長の部屋はこちらです」


 横の部屋に案内される。

 扉の前には、古い工具で作られたような飾りが吊られている。刃の欠けたレンチ、折れた計器の枠、溶けかけた金属札。どれも綺麗なものではないが、捨てられているのではなく、ここに掛けられている。


「都市長、連れてきました」


「入れな」


 通信で聞いた声が、扉の向こうから返ってきた。


 扉が開く。


 会議室と事務所を合わせたような場所だった。壁一面に表示画面が並び、中央には大きな机が置かれている。机の上には図面、工具、湯気の立つカップ、食べかけの固いパンが雑に積まれていた。


 その向こうに、大柄な女が座っている。


 灰色の髪を後ろで束ね、厚い作業服を肩に引っかけていた。年はマーヤ婆より若いが、若者の勢いとは違う圧がある。片手でカップを持ち、もう片方の手で机を叩いた。


「よく来たね。あたしがラウラだ。ケートスの都市長をやってる。お前らを案内してきたのがアンだ」


「ノア・アークライトです」


「ああ、通信で聞いた。切り落とされた区画を動かして、三十七人を生かしてる子だろ」


 ラウラはノアを上から下まで見た。


「細いねえ。よく折れなかったもんだ」


「折れていたら、ここには来ていません」


「いい返事だ」


 ラウラは笑い、机の前の椅子を顎で示した。


「座りな。捕って食いやしない。食うなら、さっき都市ごと食ってる」


「冗談がきついな」


 バルドが苦笑しながら言う。


「飲み込まれた側からすれば、笑えねえ」


「そりゃ悪かった。こっちは助ける時の手順があれなんだよ。落骸海の中で小さな都市を傷つけずに抱えるには、外殻に収めるのが一番早い」


 ラウラは悪びれずに言った。


 互いに自己紹介をした後、ノアたちは椅子に座る。ノエルだけはノアの少し後ろに立った。


 エリスが先に口を開いた。


「ケートスは、オルディナの記録では封印、廃棄されたことになっています」


「ふん。あいつらにとって、あたしたちはいない方が都合が良かったんだろうさ」


「なぜですか」


「都市核を強奪しようとして、造反されたなんて恰好悪くて言えなかったんだろ」


「なっ…」


「この都市はね、落骸海を解析して、人類が過ごせる場所を増やすため、落骸海の謎を解明するために作られた都市なのさ」

「なのに奴らときたら、自分たちの為だけにこいつの都市核を強奪しようとしやがった」

「それで、私らの祖先にブチ切れられて造反されたってわけさ」

「奴らは人から奪う、切り捨てる事ばかりやる奴らさ」


 ラウラの声から笑いが消えた。


「あんたたちが落とされた件もそうだ。都市を保つため、いらない区画を落とす。人が残っていても、下の暮らしが残っていても、数字の上で軽い方から切る。オルディナは昔からそれをやってきた」


 リナの手が膝の上で握られる。


「昔から、ですか」


 ラウラはカップを置いた。


「ケートスは、既存の都市核の限界を越えて、人を今後も生かし続けるために、リーベルト教授によって作られた三つの実験都市核の一つ、β型都市核で動く探索都市さ」

「奴らはリーベルト教授の開発成果を悉く奪って、自分たちの為だけに使っていた」

「それに反発したリーベルト教授は、弟子たちと3つの実験都市核を作り出したのさ」

「だが、その3つの都市核も奴らは奪おうとしたらしい」


「上の自分たちだけ生き残る道具にできるから」


 ノアが言うと、ラウラは頷いた。


「さらに悪いことに、その時も一部の区画を切り捨てようとした。整備班、居住区、試験に関わった家族。都合の悪い連中をまとめて落とすつもりだった」


 バルドが椅子の背を握った。


「ろくでもねえな」


「ああ、ろくでもない。だから造反した」


 ラウラははっきり言った。


「一つは稼働試験中に事故が発生し、その後封印。一つはやつらに奪われた。そして残る一つがこのケートスにあるってわけだ」

「リーベルト教授は、弟子たちをケートスで逃した後、オルディナに残ったらしい。けれど、その後どうなったのかは、こちらにも記録がない」


「β型……」


 エリスがつぶやいた。


「あぁ、嬢ちゃんは知っているかい?」

「リーベルト教授は、今の暮らしを続けていればいずれ、都市核が使えなくなる。人類が滅ぶ道しかないと思っていた。だから、そこから生き残るために3つの都市核を作った」

「人々の命を繋ぎ、安定した生活を送らせるためのγ型都市核。落骸海や世界の謎を解き、世界の問題の解決を目指すβ型都市核。どのような環境にも適応でき、新たな可能性を生み出すことが期待されたα型都市核」

「他の都市核について詳しくはこちらには記録は残ってないがね」


「いずれにせよ離脱後、ケートスはオルディナを監視しながら、リーベルト教授の意思を継いで調査を続けている」

「今回は、事前に奴らの動きを察知できなくてね、落とされた後に気が付いて慌てて来てみたってわけさ」


 ラウラは立ち上がり、壁際の棚に向かった。


 そこには、金属札がいくつも掛けられていた。名前の読めない古い札、割れた制御片。


「落ちてきた都市の残骸を見つけたら、急ぎ回収する。シールドが残っていれば、空気が切れる前なら助けられる場合もある」


 ラウラは金属札の一つに触れた。


「間に合わないことの方が多いがね」


 部屋が静かになった。

 ラウラがこちらを向く。


「しかし、あんたらの都市の都市核は何なんだい?普通の都市核じゃ落骸海で生き残るなんて無理だろ」

「今回は、半ば無理だと思って来ていたんだ」


「アークは、α型都市核です」


 ノエルが静かに言った。


 ラウラの顔から、先ほどまでの豪快な笑みが消えた。


「今、何と言った」


「アークの中核は、α型都市核として登録されています」


 ノアはノエルを見てから、ラウラに向き直った。


「俺たちは、運よく見つけた都市核を起動させ、生き残りました。それが落骸海に適応して進化したんです」


 ラウラはしばらく黙っていた。


 それから、机に置いてあったカップを脇へ押しやった。


「なるほどね、だから生き残れたのか」


 そこで言葉を切り、彼女は口の端を上げた。


「だいぶ時間が経っちまったね。ひとまず飯にするか。話が長くなる時は、腹に何か入れてからだ」


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