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落骸都市の箱庭領主  作者: ひげくま


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第18話 黒い口

 黒い影が消えたあとも、床はしばらく震えていた。


 ノアは制御盤の縁をつかんだまま、息を吐いた。

 工具箱から転がった小さな金具が、床の上でゆっくり止まる。


「損傷は」


「構造損傷は確認されていません。シールドは維持しています」


 ノエルが答えた。


 リナは子供たちの前に膝をつき、ひとりずつ顔を見ている。


「ぶつけたりしてない?」


「ない」


「イリは?」


「……びっくりしただけ」


 リナは頷き、次の子へ視線を移した。


 バルドは倒れた工具箱を戻しながら、透明な壁の向こうを睨んでいた。


「何だったんだあれは?」


「不明です」


 ノエルの返答は短かった。


「あの大きさの物体が、落骸海の中を自力で動いているように見えました」


「ノエルはあれが、生き物ではないと思っているってこと?」


「はい。この落骸海で生物が生存することは不可能です」


 リナが口を開いた。


「何か、子供のころおばあちゃんから聞いた童話を思い出したわ」

「海にすむ大きな魚に飲み込まれちゃう人の話」


「それは最後どうなった?」


「飲み込まれた後も、その魚の中で生活できて、幸せに過ごすことができたって話だった」


「飲まれるのは勘弁願いてぇな」


 バルドが笑いながら言う。


 ノアは透明な壁の外を見た。

 落骸海はまた濁りを戻している。黒い影は見えない。乱れた粒の流れだけが、外縁の向こうでまだ揺れていた。


「しかし、あんなに突然現れたんじゃ、避けようがないな」


「外縁の見張りを増やしますか?」


「頼む。しばらく警戒してくれ」


「かしこまりました」


 エリスがノアの隣に立ち、外縁を見ている。

 ノアが言った。


「さっきの影、ぶつかるつもりだったのかな」


「分からないわ」


 エリスは透明な壁の外へ目を向けた。


「ただ、正面から壊しに来たなら、もっと違う結果になっていたと思う」


「確かにな」


「食べようとしたんじゃない?」


 先ほどの話の延長で、リナが冗談めかして言った。


「まさか、アーク食べてもうまくないだろ。それにあれは生き物じゃないというノエルの見解だ」


「それもそうね」


 それから数時間、何も起きなかった。


 ノアが制御盤から目を離しかけた時、セナが顔を上げた。


「また、音がする」


 ノアはすぐに透明な壁を見た。


「どっちだ」


 セナは耳を押さえたまま、少し迷ってから指した。


「あっち」


「ノエル」


「推進機構、待機状態です」


 ノエルの声が都市内に流れた。


『未確認物体が再接近しています。手すりを持ち、姿勢を低くしてください』


 今度は、子供たちもすぐに動いた。

 リナの声を待たずに手すりへ移る子もいる。ミナはイリの手を取り、セナは耳を押さえたまま壁から離れた。


 アークが横へ動き始めた。


 しかし、すぐに、その動きが鈍った。


 落骸海の濁りが、一方向へ向かって吸い込まれていく。

 横へ逃げているはずなのに、シールドの外の粒は、アークの進路とは別の向きへ走っていた。

 景色はほとんどずれない。


「引っ張られてるぞ」


 バルドが手すりを握りしめた。


「推進出力、上げます」


 推進力を示す表示が大きく動いた。

 その直後、シールドの外に一面黒い物体が見えた。


 横からアーク全体を覆うように広がり、そのまま外縁の視界を塗りつぶしていく。


 黒い物体の中に、さらに深い裂け目が見えた。

 大きな口のようにも見える。内側へ、落骸海の粒が流れ込んでいる。


「飲まれるの……?」


 イリの声が震えた。


「リナが変なこと言うからっ」


 エリスが悪態をつく。


「だって、ほんとにそうなるなんて思わないじゃない!」


 黒い裂け目が近づく。

 アークは横へ逃げ続けている。それでも、外の流れがアークごと向きを変え、黒い裂け目の中へ引いていく。


「逃げ切れないな、推進を止めて、シールドをしっかり固めよう」


「承知しました」


 外縁のシールドが強く光る。青白い光が透明な壁の外側に重なり、黒い裂け目の縁を照らした。

 黒い裂け目の縁が、シールドのすぐ外を過ぎた。

 外の視界が真っ暗になる。

 次の瞬間、アークが影の中へ入り、大きな揺れが来た。


 真っ暗な口の中へ、アークは飲み込まれた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

※本作は「カクヨム」にも掲載しています。

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