第13話 都市の名前
都市核の広間に入ると、ノエルは台座の前で足を止めた。
すぐに制御を始めるのかと思ったが、彼女はノアの方へ向き直る。
「ノア様、この都市名は設定されていますか?」
「都市名?」
「はい。現在、都市核は、第七外縁区地下旧市街層の一部、および外殻開発区画の一部を管理対象として扱っています」
ノエルは制御盤に触れた。
淡い表示が浮かぶ。そこには、長い管理名が並んでいた。
「第七外縁区は、オルディナ側の区画名です。すでに本体都市から切り離されている以上、独立した都市として扱うには不適切です」
「記録、作業指示を簡潔に行うため、この都市の命名をお願いします」
ノアは表示された古い区画名を見た。
第七外縁区。
そこは、ノアが生まれ育った場所の名前だった。
けれど同時に、残留者なしとして処理され、切り離された場所の名前でもある。
「そのまま使うのは、少し嫌ですね」
リナが静かに言った。
「捨てられた区画の番号だもん」
ミナがつぶやく。
ノアはすぐには答えられなかった。
バルドが顎をなでる。
「なら、新しい名をつけるしかあるまい」
「名前か……」
ノアは少し困った。
工具や設備の名前なら、機能で決めればいい。
だが、ここはそういうものではない。
エリスはそこで少し考え、ノアを見た。
「アークという音を入れてもいいと思う」
「俺の名前から取るのはやめてくれ」
ノアはすぐに言った。
「アークライトにも重なるけれど、人を乗せて運ぶ器という意味にも取れるでしょう」
エリスは制御盤に映る古い区画名を指した。
「落とされた人たちを乗せて、もう一度どこかへ向かう場所。ここには合っていると思う」
ノアは制御盤の光を見た。
この場所は、まだ小さい。
動けるわけでも、浮かべるわけでもない。
それでも、ただの残骸ではなくなっている。
「箱庭都市アーク」
リナが口にした。
ミナが隣で何度か小さく繰り返す。
「いいんじゃない?」
賛同の声が上がっていく。
「俺は自分の名前に近いのはちょっと……」
ノアは弱々しく言ったが、皆取り合わなかった。
「ノア様。都市核内の管理名として登録してよろしいですか?」
ノエルが確認する。
エリスも、リナも、バルドも賛成している。
ノアは仕方なく答えた。
「登録してくれ」
「承知しました」
ノエルが都市核へ向き直る。
制御盤に表示されていた古い管理名の下に、新しい文字列が加わった。
《箱庭都市アーク》
「名称登録を完了しました。以後、この都市を箱庭都市アークとして扱います」
ノエルは続けて制御盤を操作した。
外殻開発区画、衛生設備、水耕栽培実験区、外縁回収庫。これまでノアたちが動かしてきた設備が、順に表示される。
「では、アークの状態を確認します」
ノアは自然と背筋を伸ばした。
「まず、浮遊能力が失われています」
ノエルは最初から一番重いことを言った。
「この都市は現在、落骸海の中にあります。シールドにより内部環境は守られていますが、落骸海に接した状態での維持は消費が大きすぎます」
「日の光が入らないのも問題です」
ノアは天井を見上げた。そこに空はない。
ここには朝も夕方もなかった。
ノエルが続けた。
「照明だけで生活はできます。しかし、子供を含む居住者が長期間、外光を見ない環境に置かれるのは望ましくありません。体調と精神面の両方に影響します」
リナがうなずいた。
「次に、推進力が失われています」
ノエルは別の表示を開いた。
外縁の一部に、赤い印が並ぶ。
「もともとの都市区画には姿勢制御と移動のための推進機構があったはずですが、現在は機能していません」
「つまり、浮かべたとしても動けないってことか」
「はい。浮遊と推進は別の課題です」
「そして、各設備の修繕が追いついていません」
ノエルは外縁回収庫とマニピュレーターの表示を並べた。
「応答しないマニピュレーターや、崩れた通路、歪んだ扉、破損した配管などがあります。今は使える機能を選んで動かしていますが、これらも修理しておくべきです」
「それは、もちろん直せるなら直したい」
ノアはすぐに言った。
「不足している部品の生産や、予備機器の補充も必要です」
「小型端末とかは複製できなかったんだよ」
「はい。自動生産機で作れるのは、内部構造が読み取れるものだけです。小型端末のように内部構造が読めないものは、開発設備を用意して別途開発する必要があります」
「それから、生活環境が整っていません」
ノエルは水耕栽培実験区を表示した。
「農業は始まっているようですが、まだ収穫前です。水量、温度、栄養、育成状態の管理が必要です。先ほどの説明では、子供たちも含めて観察しているようですが、管理はほぼ行われていないようです。農業知識を持つ者が常時確認しているわけではありません」
「また、居住区も同様です」
ノエルは表示を切り替えた。
「部屋の割り当ては進んでいますが、清掃、整頓、家具の整備が不十分です。またプライベート空間もないようです。また排泄施設などもなさそうです」
バルドが小さく息を吐いた。
「寝床を作れば十分、というわけではないか」
「はい。さらに、医務室はありますが、設備が十分とは言えません。重傷者などが出た際に対処ができないことになります」
ノエルは表示された項目を消さずに、ノアへ向き直った。
「また、これらを全部実施しようとした場合、場所が足りませんし、場所を増やす場合は都市核の出力を増やす必要があります」
「浮遊と推進の修復調査。生活区の整備。水耕栽培の管理。医療区画の準備。破損箇所の点検。外縁回収設備の修理。すべてをノア様たちだけで進めるには限界があります」
「うぅむ」
バルドが悔しそうに唸る。
「ですので、小型サポートロボを起動したいと思います」
制御盤の一部が開き、丸い胴体に細い作業腕を持つ小さな機体の図が表示された。
「主な用途は、巡回、清掃、運搬、計測、設備点検、異常の報告、開発補助などです。私の管理下で、さまざまな作業を行えます」
「畑も見られるの?」
リナが聞いた。
「はい、私の管理下で、畑の管理、運営も行えます」
「居住区の清掃は?」
ミナが少し身を乗り出す。
「可能です。公共施設の清掃はすべてサポートロボが行います。私室については、居住者の許可があれば行えます」
エリスが小さく笑った。
「勝手に部屋を荒らされる心配はなさそうね」
「まずは何機動かせる?」
ノアが聞く。
「現在の私と都市核の処理量では、20台が限界になります。増やす場合は都市核を進化させる必要があります」
ノアはうなずいた。
やることは多い。
けれど、何を見なければならないのかは分かった。
「頼む、ノエル」
「承知しました」
広間の奥で、低い作動音が鳴る。
壁際の格納扉が、ゆっくりと横へ開いた。
暗い収納区画の中で、小さな待機灯が一つ、また一つと点いていった。
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