第11話 外へ伸ばす手
制御盤には、円形の外縁図が表示されていた。
外周に沿って、細い腕の印がいくつか浮かんでいる。
光っている印と、灰色のままの印があった。
「なるほど。複数あるのか」
バルドが地図を見て言った。
「円形の区画なら、外周に沿って置くのが自然です。片側だけでは外の作業ができませんから」
エリスは外縁図を確認しながら言った。
「どれが使えますか」
ノアが制御盤に聞いた。
《状態を照会します》
《外部作業用マニピュレーター:六基》
《稼働可能:五基》
《応答なし:一基》
外縁図では、光っている腕に番号が振られていた。
最初に表示された腕は、第一作業腕だった。
ノアは第一作業腕を選んだ。
《第一作業腕を選択》
《格納状態》
《展開可能》
《手の開閉:使用可能》
《補助照明:使用可能》
「少しだけ動かしてください。外壁やシールドに異常が出たら止めてください」
《シールド連動試験を開始します》
《第一作業腕を低速展開します》
壁の向こうで、低い音がした。
重いものが、ゆっくり動き出す音だった。
《第一作業腕:展開中》
《外壁接触なし》
《シールド異常なし》
表示上は動いている。
けれど、実際に外で腕がどう出ているかは分からない。
「外の様子を確認できますか」
《第一作業腕近傍の外部観測点を表示します》
画面が切り替わった。
画面はほとんど暗かった。
区画の外壁から漏れた細い光だけが、外側の空間をかろうじて照らしている。
その光の中に、細かな白い粒が流れていた。
画面の下に外壁の輪郭が見える。
そこから、細い腕が少しだけ外へ出ていた。
周囲にも何かがあるようだが、暗すぎて形までは分からない。
「これが、外……」
エリスが息をのんだ。
落骸海の中は暗い。
都市から漏れた光の中だけ、細かなものが絶えず流れているのが見える。
海という名でも、ノアが知っている水とは違う。
古い残骸を抱えた重い流れが、外壁の向こうに広がっていた。
「暗いですね。もう少し明るくできますか」
《第一作業腕の補助照明を使用可能》
「つけてください」
《点灯します》
腕の先で小さな光がともった。
光の届く範囲だけ、落骸海の流れと残骸の輪郭が白く浮かぶ。
外壁の近くに、板のようなもの、折れた柱、箱の残骸が見えた。
少し奥には、大きな壁のような影が沈んでいる。
建物の壁だったものか、船の腹だったものか、今の画面だけでは分からない。
「あれ、全部落ちてきたものか」
バルドが画面をのぞき込む。
「たぶん。昔から、いろんな都市や区画が落ちているはずです」
「あの中から使えるものを拾えるなら、材料を増やせるかもしれない」
「拾えるなら、な」
バルドは腕を組んだ。
ノアが観測点の向きを少しずらすよう頼むと、他の残骸が見えた。
格子状の枠。
穴の空いた外壁。
丸い容器。
その中で、ひとつだけ形の違うものがあった。
人ひとりが入れそうな、細長い筒。
表面は白く、ところどころ銀色の枠が走っている。
半分ほど残骸に埋もれ、傾いていた。
「あれは何ですか」
リナが先に気づいた。
それは、ただの部品というより、何かを収める箱に見えた。
「あの白い筒が何か分かりますか」
《照会》
《対象候補:管理補助アンドロイド保管庫》
《外装破損軽微》
《内部状態、不明》
「管理補助アンドロイド……」
リナの声が硬くなった。
「引き寄せられますか」
《周辺物体除去が必要》
「やってみます」
ノアは手動操作具に手を入れた。
まず作業腕の指で細い管をつまみ、筒から少しずつ引きはがした。
次に、手前の板を押して横へずらす。
画面の中で、白い筒の全体が見えるようになった。
「回収してください」
《管理補助アンドロイド保管庫を回収します》
画面の下側に映っていた外壁の継ぎ目に、回収口の枠が開いた。
第一作業腕は白い筒を下から支え、そこへ引き寄せた。
最後に、白い筒の先端が外縁回収口へ入った。
《大型対象を確認》
《隔離搬入手順に切り替えます》
画面の中で、回収口の周囲に隔離用のシールドが張られた。
白い筒は、その内側へゆっくり引き込まれていく。
《搬入完了》
《外部付着物、一次洗浄中》
《隔離状態を維持》
ノアたちは外縁回収庫へ向かった。
扉の表示灯はなかなか青にならない。
《一次洗浄完了》
《危険反応なし》
《隔離状態を解除》
回収庫の扉が開いた。
白い筒は低い台の上に乗っていた。
近くで見ると、長さはノアの身長より少し大きい。
表面には細かな傷があるが、大きく割れてはいなかった。
リナが慎重に透明な窓をのぞく。
「人……に見えます」
ノアも横から見た。
中に、少女が眠っていた。
白に近い銀色の髪。
薄い服。
胸は動いていない。
「この保管庫の内部を照会してください」
《照会》
《対象:管理補助アンドロイド保管庫》
《個体名:ノエル》
《状態:休眠》
《本区画管理補助機として登録済》
「登録済み……?」
エリスがつぶやいた。
バルドは何も言わず、白い筒を見ていた。
本区画管理補助機。
少なくとも、この都市区画と無関係なものではない。
偶然引っかかった残骸とは違う。
「開けられますか?」
《保管庫損傷軽微》
《開封可能》
《再起動には登録認証者の許可が必要です》
ノアはすぐには答えなかった。
外から拾ったものを起動する。
それがどれほど危ないか、分からない。
ただ、今の彼らには、知識のある者の助けが足りない。
都市核のことも、外殻開発区画のことも、知らないことが多すぎる。
この少女が、本当に管理補助機なら、必要な知識を持っている可能性がある。
「バルドさん」
「蓋が変な動きをしたら押さえる。中の子が急に動いたら、俺が止める」
ノアはうなずいた。
「登録認証者として許可します。開封、再起動してください」
《開封・再起動処理を実施します》
白い筒の内側で、小さな光が点いた。
眠っている少女の頬に、その光が薄く当たる。
《管理補助アンドロイド、ノエル》
《再起動準備を開始します》
閉じていた少女の指が、ほんの少し動いた。
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