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落骸都市の箱庭領主  作者: ひげくま


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10/22

第10話 都市核の正体

 大人の手が足りない。

 だが、分かったところで、すぐに増えるものではなかった。


 ノアは広場の制御盤の前で、作業を書き出した板を見ていた。


 毎日止められない作業だけでも、水と空気の確認、食事の準備、各設備の点検、水耕施設の見回りがある。

 そこに、都市核の解析、設備の運用方法の整理、保守部品の分類、古い表示の読み替え、自動生産機に登録する物の確認が加わった。


 掃除や部屋の片づけは子供たちにも手伝ってもらえる。

 配膳や記録も、少しずつ任せられるようになってきた。

 機械の判断や危険な場所の確認は、大人が見るしかない。

 それだけに、任せられない作業の多さが目立つようになっていた。


「考え込んでいる顔ですね」


 声をかけてきたのはエリスだった。

 手には携帯保守端末を持っている。


「大人を増やす方法を考えていました」


「それは、私にもすぐには出せません」


「ですよね」


 ノアは板を壁に立てかけた。

 考えても答えが出ない問題を、同じ場所で何度も眺めていても仕方がない。


 ふと、制御盤の奥にある黒い金属球が目に入った。

 最初に見つけた時は、小さな都市核らしきもの、としか思えなかった。

 今は、外殻開発区画、衛生設備、水耕栽培実験区まで動かしている。


「エリスさん」


「はい」


「結局、都市核って何なんですか」


 エリスはすぐには答えなかった。

 少し考えてから、制御盤の前に立つ。


「学校で習う説明でいいなら、説明しますね」

「都市核は浮遊都市の中枢です。浮遊、重力安定、空気、水、気候。都市の生活圏を維持するための機能をまとめて制御しています」


「作れるものなんですか」


「今は作れません」


 エリスははっきり言った。


「今ある都市核は、昔作られたものを整備して使っています。管理局は部品交換や出力調整の手順を持っていますが、核そのものを最初から作る知識は失われています」


「管理局でも?」


「管理局でも、です」


 ノアは黒い金属球を見た。


「じゃあ、俺たちを切り離したオルディナの都市核も」


「オルディナで使われているのは、標準都市核と呼ばれるものです。学校で習ったのも、その運用と整備の手順でした。少なくとも、ここの核とは仕組みが違うようです」


「これは、標準都市核ではないと?」


「違うと思います」


 エリスは制御盤の縁に手を置いた。


「前に外殻開発区画をつないだ時、端末はこれをα型都市核と呼びました。でも、私はα型という分類を学校で習っていません。端末がそう説明したから知っているだけです」


 エリスは黒い金属球を見た。


「見た目も、大きさも、制御の出方も違います。外殻開発区画とのつながり方も、標準都市核の補助核とは思えません」


「でも、都市核ではある」


「少なくとも、都市核に近い機能を持っています。正直に言うと、私の知識では分類できません」


 その言い方には、悔しさが混じっていた。


「エリスさんでも分からないことがあるんですね」


「ありますよ。たくさん」


 エリスは小さく息を吐いた。


「私は、都市核技師と言っても若手です。切り離し作業の確認に呼ばれたのも、たぶん都合が良かったからでしょう」


「都合が良かった?」


「ええ。私は中層の出身で、上の命令に逆らうほどの立場はありませんでした。第七外縁区の切り離しも、書類上は残留者なしで処理されていたんです」


 ノアは黙った。


「でも、地下には子供たちがいました。移動先がない子、名簿から外された子、連れていく大人がいない子。私は、そんな処理があるとは知らされていませんでした」


「それで反対したんですか」


「しました」


 エリスは視線を落とした。


「退避確認が終わるまで扉を閉めるべきではないと言いました。そうしたら、現場の管理官に言われました。そんなに心配なら、君が中で確認してこい、と」


「それで」


「退避確認に入ろうとしたところで、管理官に切りつけられました。倒れ込んだ私ごと、扉を閉められたんです」


 ノアは、エリスの傷を思い出した。


「あの怪我は、その時のものだったんですね」

「そのまま、閉じ込められたんですか」


「そうです。事故扱いにするつもりだったのか、ただ面倒だったのかは分かりません。少なくとも、私を戻す気はなかったと思います」


 エリスは黒い金属球を見た。


「だから、私は管理局の知識を全部信じているわけではありません」

「あそこが知っていることもある。でも、隠していることも、忘れていることもあるんじゃないかと思います」


「この都市核についても」


「ええ。もし管理局もこの核のことを知らないなら、これは私たちだけが持っている情報です」

「いつかオルディナと向き合うことになった時、必ず意味を持ちます」


 ノアは制御盤に向き直った。


「聞いてみましょう」


「何をですか」


「この都市核が何なのか」


 ノアは制御盤に手を置いた。

 広場の壁に埋め込まれた音声機構へ向かって言う。


「この都市核の型式を教えてください」


《照会》

《登録認証者権限を確認》

《開示可能範囲を表示します》


 制御盤の画面に、古い文字列と、それを置き換えた今の文字が並んだ。

 時間をかけて、古代語と現代語の対比を取っていき、エリスが現代語を表示させられるようにしたのだ。

 まだ、怪しい箇所はあるが、一通り読めるようになってきている。


《識別:α型都市核》

《自己進化型小規模都市核》

《用途:外殻環境下における独立生活圏の維持、拡張、資源変換》

《状態:事故停止後長期封鎖、その後ノア・アークライトにより再起動》


 エリスが画面に顔を近づけた。


「やっぱり、α型……」


 エリスは表示を追い、そこで眉を寄せた。


「でも、標準都市核とは違う。自己進化型……?」


 エリスは表示を見つめた。


「聞いたことがありません。少なくとも、管理局で習う標準都市核の説明にはありませんでした」


 エリスの声が低くなった。


「事故停止って、何ですか」


 エリスが低くつぶやいた。

 ノアは同じ問いを、制御盤へ向けた。


「事故停止の記録を表示してください」


《開発試験中、外部成分変換炉に異常反応》

《管理区画損傷》

《試験責任者および作業員に死傷者発生》

《以後、本区画は封鎖》

《開発記録の一部を制限保存》


「事故で放棄された、開発途中の都市核……」


 ノアは表示を読んだ。


 今まで使ってきた設備が、急に違う顔を持ったように見えた。

 便利な古い機械ではない。

 誰かが作ろうとして、途中で封鎖されたものだった。


「自己進化型って、どういう意味ですか」


《周辺設備の接続、外部資源の変換、居住機能の増設により、保護区画の機能拡張を行う設計です》

《周辺環境、居住者の利用状況、接続設備の状態を記録》

《記録を学習し、都市核自身が自己進化を行います》

《現在の接続設備:外殻開発区画、衛生設備、水耕栽培実験区》

《未稼働機能があります》


 未稼働。


 ノアとエリスは顔を見合わせた。


「未稼働機能を表示してください」


《外部作業用マニピュレーター:停止》

《補助浮遊装置:停止》

《低速推進装置:停止》

《外縁固定具:一部応答なし》

《外部観測系:一部稼働》


 表示と同じ内容が、壁の音声機構から低く読み上げられた。


 バルドが広場の入口から顔を出した。


「今、何か言ったか。外部作業って聞こえたぞ」


 リナも医務室の方から出てくる。


「外に出る話なら、勝手に進めないでください」


「出るんじゃありません」


 ノアは表示を見たまま答えた。


「外に手を伸ばす機能があるみたいです」


 バルドが目を細めた。


「手?」


「マニピュレーター。外のものをつかむ装置だと思います」


 エリスは端末を操作しながら言った。


「部屋ではなく、都市核側の付属機能ですね。制御盤の地図に灰色の空間として出なかったのは、そのせいかもしれません」


「動かせますか」


 ノアが制御盤に聞く。


《現在状態:格納中》

《関節部固着の可能性》

《外部膜連動試験が必要》

《直接操作には、視界確認と安全監視を推奨》


「すぐに動くわけじゃないか」

「まず、場所を確認しましょう」


 ノアは言った。


「マニピュレーターの格納位置を表示してください」


《表示します》


 制御盤の地図の端に、今まで見ていなかった外縁の線が淡く浮かび上がった。


 広場の外。

 シールドの内側ぎりぎり。

 落骸海に面した、閉じた外壁の一部。


 そこに、細い腕のような印が表示された。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも面白い、続きが気になると思っていただけましたら、

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感想もいただけましたら嬉しいです。

次回もよろしくお願いいたします。

※本作は「カクヨム」にも掲載しています。

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