25 伏せた瞳
「……いっ」
ーーキイィンと耳鳴りがする。
「これは、完全に脈ありだって! え、脈ありって伝わるかな? つまり、エステルちゃんと彼は……」
何だか、ユーリンが興奮気味に小声で捲し立てているけれど。
なにせさっきの言葉の余韻(悪い意味で)が残っていて、頭がくらくらしていた。
「って、おーい、エステルちゃん?」
くらくらした頭をさらに揺さぶられ、目が回る。
(……ふふ、ジークハルト殿下が、ひとり、ふたり、さんにん……)
ついには幻覚まで見え始めた。
先ほどまで確かに席に座っていたはずのジークハルト殿下が目の前にーー。
「失礼、店主殿。彼女の気分が悪そうだ」
幻覚どころか、声までセットだ。
この短時間に移動できるはずもないので、心配されたいという欲望が見せた幻聴だろう。
(……惨めすぎて、泣きたいわ)
「え、わわ、ごめーん、エステルちゃん! 帰ってきて〜」
「大丈夫か、エステル?」
幻覚のジークハルト殿下は、心配するように私の頬に手を当てーー。
「ーーはっ!!!」
急速に意識が覚醒する。
「大丈夫か?」
「ごめん、揺さぶりすぎちゃった!」
てへ、と舌を出したユーリンはともかく……。
「見苦しいところをお見せいたしました」
ジークハルト殿下に頭を下げる。
(……幻覚だと思ったから完全に気を抜いた顔をしてたわ。……消えたい)
「いや、そんなことはなかったが……、体調は問題ないか? 強い日差しの下での客引きがこたえたのでは?」
心なしか責めるような目でジークハルト殿下がユーリンを見た。
「そうだ、エステルちゃん! エステルちゃんも座ってなよ! まだご飯食べてないから貧血気味なのかも」
ユーリンにぐいぐいと背中を押され、ジークハルト殿下たちと同じテーブルの席に座らせられる。
そして、なぜかカラムとイオリは、隣のテーブルに移った。
(4人掛けの席なのに……)
空気を読んだのか、面倒ごとにかかわりたくないのか。ーーということよりも。
(ジークハルト殿下と向かい合うの、緊張するわ)
突然やってきた幸運に胃が痛くなっていた。
そもそも、今日はジークハルト殿下と会う予定は全くなかった。ユーリンにデートスポットを教えてもらえればなーくらいの軽すぎる気持ちだ。
それなのに偶然街中で会うばかりか、こうして向かい合って座れている。ーーそんな千載一遇のチャンスをモノにする! と意気込むには、あまりにも……今日は様々なことが起こりすぎていた。
「…………」
視線を上げると、黄金色の瞳が案じるように私を見つめている。
「ご心配をおかけしました。体調は落ち着きました」
「朝食はとれたのか? それとも、そんな確認もせず、店主は君をーー」
「あ、いえっ! 私が後で注文すると言ったので……」
(……デートスポットを教えて欲しさに、とは流石に言えないけれど)
「……優しいな」
ぽつりと言われた言葉に胸がきゅっとなる。
さっきも言われたが、優しいとは、本当の私とは対極の言葉だ。
「ハルト様こそ、優しいですよ」
悪女であるアイヴィアナですら、嫌われていることに気づかないほどに大切にしてくれるジークハルト殿下。そんなあなただからこそ、私は。
「……そうだろうか」
ジークハルト殿下は、小さな息と共にそっとまつ毛を伏せた。
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