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悪女なのでヒロインのふりをして、夫と不倫します!!  作者: 夕立悠理


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26 腹を括る

「……ハルト様?」

 ジークハルト殿下の優しさを私は身をもって知っている。

 そんな私から見れば、ジークハルト殿下のその表情はーー。

(謙遜には見えないわ……本気で優しくないと思ってる?)


「あ、……いや、すまない」

 私の呼びかけで、ジークハルト殿下はすぐに微笑んだ。

 その笑みはいつも通り、優しく美しい。でも。

(アイヴィアナなら、きっと……言えない。でも、今の私はエステルだから)


「ハルト様」


 ゆっくりとその名前を呼ぶ。

「うん?」

「私は、ハルト様のことをよく知りません。なんと言っても出会ったばかりですし」

(本当はたくさん知ってる。あなたがどれだけ、優しくて、素敵な人なのか)


「ーーーー」


「まだ知らない中でも、わかっていることがあります。あなたは優しい方です」

 真っ直ぐにジークハルト殿下を見つめ、微笑んだ。

「ハンカチを拾ってくれて、看板を持ってくれて、倒れた私を案じてくれて……」

「……それは」

「もちろん、私が見ているのはハルト様の一部分でしかないのかもしれません。だから、もっともっとあなたのことを知りたいとも思います。一つだけ確信があるのは、どれだけ知っても、私はあなたを優しいと思うだろうし、嫌いになることはありません」


 どうか、伝わって欲しいとそう思う。

(あなたを優しくないなんて思う日は来ないのに……)

 ジークハルト殿下が、どんな残酷なことをしたとしても。たとえ、ジークハルト殿下が私を殺したとしても。

 私の全てで恋をしたその日から、それだけはきまっていた。


「……私は」


 ジークハルト殿下が息を吐き出す。

 その黄金の瞳には、いくつもの強い感情が渦巻いていて、完全には読み取れない。


「私を優しいと思うなら、それは君だからだ」

(君……エステル? でも、ジークハルト殿下はアイヴィアナにも優しいのに)


「どういうことですか?」

「私だって、特別な相手の前だと格好つけたくなる。……それだけだよ」

 ゆっくりと脳に言葉が浸透する。

(特別な相手……え、え、ええ?)

 頬が熱い。これ以上ないほど。


(でも私たちはまだ、出会ったばかりでーー、出会ったばかり、で……)


「エステル?」

「!」

 頬に上がった血がその呼び名で一気に足元まで下がる。

(ちがう、出会ったばかりなのはエステルで私じゃない……)

 

 アイヴィアナはもう何年も一緒にいて。

 それに対して、エステルは出会ってたったの数日。

 そんな短期間でエステルは気になる相手から特別な相手に既に格上げされていた。


 それはエステルという名前が持つ力のせいなのか、それとも金髪碧眼という見た目のせいなのか。それともーー悪女との婚姻直後という状況が味方をしたのか。



「すまない、突然ーー」

「いえ! 嬉しいです。嬉しすぎて……驚いてしまいました」


 誰よりも可憐に、誰よりも美しく、誰よりも愛らしく、微笑んで見せる。

「私もーーハルト様は特別な人ですから」


(あなただけが、ずっと。あなただけをずっと)



 ーーそうだ、偽物で何が悪い。偽りで何を嘆く必要がある。

 この姿を取ると決めた時からそんなこと、わかっていた。


(わかっていながら傷ついて……愚かだったわ。でも……)


 ジークハルト殿下が見ているエステルは本来ならどこにもいない。

 だから、ジークハルト殿下の特別は「どこにもいないエステル」。

 それでも、今この瞬間の視線を笑みをその存在を独占しているのは他でもない、私なのだから。


(それでいいって、決めたんだから。いい加減覚悟を決めなさい、アイヴィアナーー)


 いつか全てが白日の元に晒されて、ジークハルト殿下に軽蔑と侮蔑の瞳を向けられるのかもしれない。


 でも、それまでは。

 それまでの日々で、あなたの笑みをもらえるのなら。

(……きっと、それこそが私の生まれた意味)




「……本当に?」

 

 ジークハルト殿下は食い入るように私を見つめている。


 そんなジークハルト殿下を見つめ返した。

 その瞳に映る私は、どんな鈍感な人でもわかるくらい恋の熱に浮かされていた。

(この恋と一緒なら、溺れても怖くない。……だって、これだけが私の唯一の星)



「……伝わりませんか?」

 私の恋が、あなたへの感情が。

 この胸の衝動が。

 

「ーーーー。……いや」

 ジークハルト殿下は小さく首を横に振る。

 それから、ゆっくりと笑みを浮かべた。

 私が今まで見たどんな笑顔よりも美しく、嬉しそうな笑みだった。



 ーーそうして、私のエステルとジークハルト殿下の仲は急速に深まっていく。


いつもお読みくださり、誠にありがとうございます!

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