24 脈あり
(……いやいやいや。…………え?)
驚いている間も、ジークハルト殿下の手は止まらない。
イオリとカラムもドン引きしていた。
ジークハルト殿下がいきなり女性の頬をつねる……というか揉むような奇行に走るとは聞いたことがないし、見たこともない。
「! ……すまない」
呆然としながら、ジークハルト殿下を見つめていると、ようやくその手を離してくれた。
「なんだか、急に君の頬に触れなければならない気分になって」
(……いったいどんな気分!?)
とはいえ――ジークハルト殿下のおかげ(?)で、悲しかった気分は、霧散した。
「すまない。不躾に触れてしまって……本当に申し訳ない」
「いえ……驚きましたが」
(驚いたわ。でも……)
「嬉しかったです」
頬に触れられるなんて、結婚式の誓いのキス以来だ。
その積極がたとえ、エステルという仮の姿でも――嬉しかった。
「エステルさん、嫌なことは嫌っていったほうがいいですよ」
「そうですよ。あれは、さすがに」
真剣な顔をしたカラムとイオリに口々にそう言われたけれど……。
「もちろん、誰でも嬉しいわけではありませんよ」
ジークハルト殿下だから、特別なのだ。
ううん、違う。
ジークハルト殿下だけが、ずっと私にとって特別だった。
「――!」
黄金の瞳をジークハルト殿下が瞬かせた。そして……。
「――あ……」
あ?
何かをいいかけて、口を閉じたジークハルト殿下。
それから、言いかけた言葉をゆっくりと咀嚼するように、口の中で言葉を呑み込み、微笑んだ……ように見えた。
「……いや。君は、予想外なことを言うと思って」
予想外ではあるだろう。
私だって、全く別の人にされたら、驚くどころか悲鳴の一つや二つあげただろうし。
「そうですね。想定されていたら驚きます」
そう冷静に頷いてから、はた、と思う。
(いや、喜ばれないだろうと想定することを進んでするのもやばいかも)
ジークハルト殿下は、本当に他意はないのだろうけれど。
なかなかの奇行であることに変わりはない。
(これ以上このことについては、考えるのをやめよう……)
「……ところで、私は客引きなので、そろそろお店に歩いても?」
ジークハルト殿下に頬を揉まれてから、ずっと立ち止まっている。
ユーリンのお店はあの調子だと、ずっとお客さんがいなさそうだし、早く連れ帰ってあげないと可哀そうだ。
「ああ、もちろん」
ジークハルト殿下が頷いてくれたのを確認して歩き出す。
ユーリンのお店につくまで、今度は何事もなく、無事についた。
「ユーリン」
名前を呼びながら、扉を開ける。
「お客さんを連れてきたわよ」
「はいはーい、さすがエステルちゃん、美少女はちがうねぇ」
ユーリンがうきうきとした足取りで、厨房から出てきた。
「はい、ユーリン。約束通り、三人……ユーリン?」
ユーリンはなぜか、連れてきた三人……のうち、ジークハルト殿下を見て固まっている。
(ジークハルト殿下は、この前のデートでも一緒だったから、知らないはずはないけれど……どうしたの?)
「ユーリン?」
私が再び名前を呼ぶと、ユーリンははっとしたように、ジークハルト殿下から看板を受け取り、席まで案内した。
さっきまで固まっていたのが不思議なほど、スムーズな流れだ。
そして――。
「エステルちゃん」
語尾にハートマークがつきそうなほどの言い方で名前を呼ばれる。
「どうしたの?」
料理の配膳も手伝ってほしいのだろうか、とユーリンの方へむかうと……。
「脈ありだよ!!!」
鼓膜が破けそうなほど、大きな声で耳打ちされた。
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