迷い出て、鳴き声を頼りに
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
羊になった遥ちゃん。その現在の姿をただひとり見つめる悠真くんの心中やいかに……? 本編をお楽しみください!
俺が追い払ってから姿の見えなかった遥は、数ヶ月経ってから知らない男の家で見つかった。まったく面影の感じられない、変わり果てた姿で。
発見されたとき、遥は羊のマスク以外何も身に付けていなかったらしい。全身に青黒い痣が残っていて、部屋の床はゴミや排泄物で酷い有り様だったそうだ。俺は遥の家族や医者との会話を盗み聞くことしかできなかったが、遥の身体は目に見えないところまでボロボロにされていて、たぶん普通の生活は二度と送れないだろう──断片的な情報から推測したのか、ネットで流れてくる過去の事件や凄惨な作劇の漫画などを参考にしたような様々な憶測には、不愉快なことに的外れなものなんてほとんどなくて。
目の当たりにした遥は、むしろそれらをもっと酷くしたような状態に見えた。
「メェェ、メェェェ」
薄暗い部屋のなかで、今日も遥は鳴いている。
足音を聞き付けたのか、俺の方に寄ってきた。
……いなくなる前の遥は、少し肉付きのいい印象だった。太っているのではなくて、あくまで健康的な範囲で。あと、別に俺はどうとも思っちゃいなかったが、音楽の授業では歌声の評判がよかった。合唱コンクールでもソプラノのパートリーダーとかに抜擢されて、柄にもなく張り切っていた姿を覚えている──なんか嬉しそうに報告までしてきてたっけ。何が楽しいんだか知らないがいつも目を輝かせながらこっちに来て、口を開けばゆーちゃんゆーちゃんと……俺にだって体裁ってものがあるから、そんな呼び方されるのは不本意極まりなかった。
今じゃ、まるで別人だ。
恐らく誰のことも見えちゃいない瞳で俺を見上げてくるその身体は痩せ細っていて、肋骨の厚みまでわかるくらい浮き出た胸元は見ていて痛々しさしか感じない。開きっぱなしになった口からは相変わらず嗄れた声で羊みたいな鳴き真似をして、その声にはもう音楽の授業で持て囃されていた頃の面影なんて欠片ほども残っちゃいない。
可愛い服が好きだとか言って、人間というより人形が着ていそうな服を着ては『どうかな! 可愛くない!?』なんて言って俺に見せびらかしていたやつが、今は一糸まとわぬ姿で過ごしている。……そんな姿を見ても興奮なんてまるでできなくて、一時は自分が異常なんじゃないかと思ったが、俺に限らずこんな有り様のやつを見て興奮する方が異常なのだろうと思い至った。
「遥」
「メェェ、メェェェ」
嗄れた声が返ってくる。
「遥」
「メェェェ、メェェェェ」
散々泣き叫んで潰れたのだろう喉から、か細く絞り出される声は人間のものとは思えない。
「遥」
「…………ェェ、メ……ェ、ごほっ、」
目的もなくずっと鳴いていたからだろう、途中から遥は噎せ返り、ようやく耳障りな声が止んだ。咳き込む声も前みたいな人の声ではなく、ヒューヒューとただ空気が通り抜けるみたいな音の混ざった声になっていた。
「遥」
「…………」
キョロキョロと辺りを見回す遥。いったい誰を探しているのかは、もう見当がついている──遥をこんな目に遭わせた犯人だ。遥は犯人に数ヵ月もの間『飼育』されていたらしい。それまで築き上げてきた人間としての常識や価値観、尊厳を全て踏み荒らされ、蹂躙されて、痛みや暴力で何もかもを壊されて。そうやって何もなくなった遥には、犯人から強いられた羊としての振る舞い以外残されていなかった──変わり果てた遥の様子からは、それがありありと窺えた。
羊になった遥は、俺のことなんて見えちゃいない。
窓から差し込む夕陽の作り出す陰影と相まって、そんな遥の姿はひどく不気味に思えて。そう思うことが、かつて『可愛い』ものを誰よりも好んで、自分自身もそういうものを身につけて笑いかけていた遥を否定してしまうような恐怖をも連れてくる。
「なぁ、遥。俺さ、もう高校生だよ。こんなとこ出て都会の高校行ってやるなんて言ってたのに、結局お前がベタベタくっ付きながら言ってたとこだ。俺がよせって言っても聞かないで……、何回も勧めてきたとこなんだよ」
思わず、声が詰まりそうになる。
俺にはそんな資格ないんだ、それだけはいけない。
わかってるから、必死に呼吸を整える。
遥は、そんな俺の様子なんてお構いなしに部屋のなかを這い回っている。主を失おうが、家畜はどこまでも主に従順なのだと聞いたことがある……遥、お前そんなのになったのか?
「遥、俺のことわかるか?」
意味はない。
これまで何度も訊いてきて、そのたびに答えが返ってこなくて。それはわかってるのに、顔を見るたび訊かずにいられない。
外から、遊びから帰るような子どもたちのじゃれ合う声が聞こえてくる。その声に、在りし日の遥の声が重なる。
あの頃は、みんないたんだよな。
当たり前のように、明日も明後日も、その先だってずっと続くような毎日の中に、みんなが揃っていた。そのなかで遥も笑っていて、そんな笑顔に俺も応えて。
今とは、大違いだ。
汗ばんだ肌を何の恥じらいもなく晒す遥の姿は、すぐ近くにいるのにすごく遠くに感じた。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただきありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪
遥……というか「はるか」という名前のヒロインが登場する本作を書き始めた後に、「遙」という名前のヒロインの出てくるアダルトゲーム原作の超大作アニメを観た遊月なのですが、境遇というか登場人物たちの関係性というか……ね! いや烏滸がましいんですが、非常に烏滸がましいんですが、ちょっと被ってしまったような気がして「ぱ、パクってない! パクってないからね!」と誰へともなく言い訳してしまったのも今やいい思い出、すっかりその超大作アニメのファンとなってしまっております。
いやね……最近もわりかし鬱展開と呼ばれるアニメや漫画が流行ったり人気を博したりしているじゃないですか(たぶん)。そういう時流のなかにいると、やっぱりその作品を布教したくてたまらなくなりますよね。小説の後書きで別作品の名前を具体的に出すのはさすがに憚られるので名前を伏せなくてはいけないのがもどかしいのですが、本当に……20年以上前に出たゲームでもここまで今を生きるオタクの胸を刺してくれるんだなぁとね(雪の街の奇跡を描いたあの名作も、消える飛行機雲を見送っていたあの名作も、2000年くらいのゲームが原作です)。エンディングの絵本は、本当に涙腺を壊してきました……アニメのDVDで追加されたらしいカットもね、見た瞬間に涙が溢れてしまったり……大変でした(?)
アニメだと、中盤で主人公の親友(自分の友人でもある)と寝た後のヒロインがね……いや私自身がヒロインに感情移入して観ていたのもあるのかも知れませんが、「なんにも、なくなっちゃった……」と呟いてからの台詞の数々が辛かったですね。いろいろ感情が溢れそうになりましたし、最後ハッピーエンドになってよかった……水月ちゃんよかったね……と涙も溢れたものでした。
閑話休題。
私の推しアニメはハッピーエンドを迎えましたが、この物語はまだまだハッピーエンドの途上。これからお互いを傷つけ、自分も傷ついていくお話になる予定ですが、どうにかハッピーエンドまで辿り着けたらと思います。
また次回もお会いしましょう!
ではではっ!!