野原に残って、帰りを待つのは
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 思い出す光景と目の前の現実には、打ちひしがれるほどの差が開いていて……
本編スタートです!!
思い返せば、こんなにもみんな揃っていた日々が当たり前なのに。
遥は今、家にたったひとりだ。
父親は死んだし、母親もいつの間にか出て行ってしまっていた──あの人を思い出すと、前に一度すれ違ったときに激しく詰られたことまで思い出してしまう。
『あんた、よく遥のこと邪険にしてたっていうじゃない。あんたのせいでこんなことになったんじゃないの!? 返してよ、私の家族を返してよ!! 返しなさいよ!!!』
穏やかで可愛らしく、明るい笑顔ばかり見ていた人とは思えないくらいに怖い顔で、俺に怒鳴り散らしていた。窶れて、疲れきって、何かにひどく追い詰められたような姿を見たのが、遥の母親を見た最後だった。その翌日気持ちが落ち着かなくて見舞いに行くと、数日くらいは食い繋げそうな食料と遥だけを残して、遥の家からは何もなくなっていたのだ。
きっと、あの人もとっくに限界を超えてしまっていたのかも知れない。遥が行方不明になった頃からずっと心を痛めていたし、それでようやく戻ってきたのが夫の死体と変わり果てた娘なんて……。きっと俺なんかじゃ想像もつかないくらいの絶望があったに違いない。
それに今の遥は、たったひとりと形容していいのかすら、判断に迷ってしまう。
気にしないようにしていたが、家のなかは酷い臭いだ。遥は汗も拭かないし、トイレだって使わない。体臭に加えて排泄物の臭いまで加わって、いるだけで吐き気を催すような場所だった。
監禁されている間の生活がどんな風だったのかはもちろんわからない。だが、あまりに人間性を放棄したような現状に、その一端が表れているような気がした。
汚いという言葉だけで片付けるのも生ぬるいような室内で、遥はメェメェと痛ましいまでに掠れた声で鳴いている。四つん這いになって歩く足下では、遥が好きだと言っていたアイドル系パンクバンドの新譜や名のある女優やアイドル数名で秘密裏に結成していたシンフォニックメタルバンドのデビューライブのBlu-rayが、箱の上から踏みつけられたようにひしゃげていた。これだけ痩せていたらさすがに中身は無事だろうが、もう遥はこういうのにも目を向けなくなっていたのだ。
なんとか、前みたいな遥を見たかった。
いま遥の足下から拾ったCDやBlu-rayもそうだし、他にも遥が興味を示しそうなものをいくつか差し入れしたことがあった。そんなのが医学的に効果があるのかは知らなかったが、どうしてもここを出たがらず、またすぐに服を脱いでしまうせいで出すわけにもいかない遥に対して、なんとか自分なりに考えたつもりだった。
今のところ、俺が持ち込んだもので遥が興味を示したのは食べ物だけだった。だが、それは遥らしいというよりは腹を空かせた動物のような食いつき方で、昔からの好物だろうと、昔から苦手だったものだろうと、何でも構わず口に突っ込んで消化していく──その有り様を見てしまっては、むしろ胸が苦しくなるだけだった。
「何なんだよ……」
何度となく呟いた言葉が、また口から漏れる。
遥の母親が、消える前に吐き捨てた言葉。
俺を激しく詰った、悲鳴にも近い怒号。
そんなのは、俺自身ずっと思っていたことだった。消える前に泣いて走り去る遥を追いかけもせずに見送っていたのは、俺なのだから。あいつをひとりにしたのは、俺なのだから。
全部、俺が悪いのだから。
だから、俺がどうにかしなくちゃいけないのに。
いざこんな状態の遥を前にすると、いつも何をしたらいいかわからなかった。それで思い付く限りのことをしてみても、効果があるとは思えなくて。
やり直したかった。
つい口をついた、罵倒の言葉を吐く前に戻りたかった。汚物まみれの床にあってギリギリ汚れずに済んでいたものを拾い上げて、それにも反応を示さない遥を見下ろして歯軋りしたとき。
すり、
慣れない箇所に慣れない刺激を感じた。
見下ろすと、遥が俺の太股に頬擦りするように顔を押し付けている。舌を突き出しているのか、犬みたいな荒い息を漏らしながら懸命に、必死にすら感じる仕草で俺の太股やその付け根あたりに頭を擦り付けてきている。
与えられる甘やかな刺激と、耳を侵食する熱っぽい吐息──身体に起きた生理的な反応をごまかすように、俺は声を張り上げる。
「やめろよ!」
慌てて腰を引いて、遥から離れる。
「……?」
遥は、何をしているのかわからないというように小首を傾げ、それでも俺の身体に追い縋ってくる。まるで、俺が想像した行為が当たり前であるかのように。
当たり前なのか、もしかして?
遥の中では、当たり前になってしまっているのか? 苛立ったり、“何か”を催した相手へのご機嫌とりのように……。
俺のことも、そう見えてるのか!? 機嫌を取るべき相手だと……遥をこんな目に遭わせたやつと同じ風に見えてるっていうのか!!?
心外だと憤る心の片隅で、欲望が首をもたげる。
遥が誘ったんだ、今なら俺は悪くない。
それに、よく知りもしないやつが、こんな風に壊れるまで遥を好き勝手したんだろ? だったらさ……!!
だったら俺には、尚更……!!
「────っ」
何考えてんだ、俺!?
「はっ、はっ……はぁっ……!」
全身から汗が噴き出す。
おかしい、今の俺はおかしい!!
遥の部屋を飛び出して、荒い息を整える。頭のなかに思い浮かぶ最低な想像を振り払いながら、俺はそんなんじゃないと心のなかで叫びながら。
「……また来るから」
やっとのことで声を絞り出して、遥の家を後にする。玄関のドアを後ろ手で閉めたとき、スマホが鳴っているのに気付いた。そういえば何度か小刻みに震えていたような気もする──まさか、これか?
表示された名前は、奏田奈緒。俺と遥の昔馴染みで、高校に上がった春から付き合っている、一応俺の彼女だ。
何度もかけて来ているらしいことはスマホの通知欄を見れば明らかで、いったい何だろうかと思いながらもかけ直してみる。
『あ、やっと出た~! 聞きたいことあったんだけど、どうかしたの?』
「いや、どうも。奏田こそ、どうした?」
『ん、それはもう別の子に聞いたから大丈夫。ていうか、なかなか繋がんないから心配しちゃったよ。……何もなかった、大丈夫?』
奏田の声は気遣わしげを通り越して不安げにさえ聞こえて。
「ん、大丈夫だよ。ちょっとたまたまスマホ置き忘れてただけだって」
なんとか安心させてやりたくて、俺は何度目かの嘘をついた。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いいただきありがとうございます! お楽しみいただけましたら幸いです♪
最近、かつて放送されていたアニメの続編や完結編(放送当時の原作進行度の関係でオリジナル展開で締めていたものの、原作のラストまで描いたリメイクというか)が製作されるのをよく見かけるように思います。私が少年時代に見ていたアニメにもいくつかそういう類いのオリジナル展開で締めたものがあるのですが、大抵その範囲の少し後のエピソードに対して『ここ映像で観たいんだよなぁ~!』と思うことが多かったりするので、今の流れはわりと心がそわそわするようなところがあるんですよね。まぁその場合、けっこうな割合でキャストも刷新されたりするので、あとはその辺りにすんなり馴染むことができるかどうか……案外視聴者側の覚悟が試されている節があったりなかったりするのかも知れませんね。覚悟はいいか、俺はできてる……のメンタリティが大事になってくるのが過去アニメのリメイクなのかも!
いえね、昔観ていたアニメもそうなのですが、最近になって30年近く前に放送されていた某バイオリン弾きのアニメを観たときにそんなことを思ったんですよね。もちろんアニメ版もアニメ版でだいぶ好きだったのですが、それはそれとして原作も後半辺りのボスラッシュ的な盛り上がり方が大好きだったので(あと主人公の父親も、アニメ版の人間寄りな愛妻家でもいいけど原作版のとにかく酷いやつの方も好き)、やっぱり原作軸のアニメも観たくなっちゃうな……とかね! あと原作を読んでいたときに推しだった犬顔の犬剣士が、アニメ版では本性(?)を見せる前に大暴れして勝手に死んでいったので(アニメ版の大暴れもけっこう好きなやつでした)、もし、もしも仮にリメイクなんてされたりしたときは原作くらい活躍してもらいたいななんて思っていたりして……?
閑話休題。
よもやの今カノ登場です。書き始めた頃は影も形もなかった奈緒ちゃんですが、遥ちゃんの家を出る場面を書いているときに突然「悠真くん、彼女いててほしいな」と思い立ってしまったのです。もう作者の性癖ですね。
などと語ったところで、今回は閉幕。
また次回お会いしましょう!
ではではっ!!




