ルシファーと国王
俺が何度もクレアを求めた所為で酸欠気味になったクレアがプハッと息を吐いた。小さく吐息を漏らすクレアの体は上気して、赤く染まっている。クレアを見続けていたら素肌が見える鎖骨から手を滑らせたくなる。これ以上一緒にいては俺がクレアの服を乱してしまうと思い、体を離した。
「……クレア。行ってくる」
「うん……行ってらっしゃい」
名残惜しいが、時間がない。一週間で出来る限りの執務を終わらせる必要もある。モレッティ公爵にも同行許可を得なければならない。やることは山積みだ。
俺が部屋の外に出ようと扉を引いた瞬間、ベルゼとメイデンが雪崩れ込んできた。
「「ゲフッ」」
床に転がった二人が呻き声を挙げ、俺がジトッとそれを見つめると、
「「えへへっ。行ってらっしゃいませ」」と言ってはにかんだ。
さてはこいつら、扉にへばりついてやり取りを聞いていたなと思いつつ、二人に手を伸ばし立ち上がらせた。
「ベルゼ、片付けを頼む。それと、クレアを馬車まで送ってくれ」
「承知いたしました」
緩み切っていた顔をキリッとさせ、礼をするベルゼの切り替えの早さだけは評価しよう。
父上はいつもこの時間帯にお茶をして休憩している。今なら父上の執務室に行っても邪魔にはならないだろう。
父上の執務室に向かって歩いていると、横道から来た側室とバッタリ遭遇した。珍しい事に側室は侍女も連れず、一人だった。側室も俺に気がつき、パッと扇子を開き口元を覆うと、俺に声をかけてきた。
「ルシファー殿下、ご機嫌よう」
「エヴィルか。こっちは国王陛下の執務室だ。何か用事か?」
側室であるエヴィルだけでなく、誰にでも俺は敬称をつける必要がないと教わっている。だから側室が一瞬見せたムッとした表情が理解出来なかった。
第一王子である俺は国王の次に位が高い。他の貴族から『サラ王妃殿下』と呼ばれている王妃である母のことでさえ、俺が会話で母上について話す時は母上、又は王妃とだけ言う。
アダムは第二王子なので、身の程を弁えていることを表すために誰であれ敬称を使う。そんなことは知っているはずなのに、俺がエヴィルに第二夫人の敬称である『妃殿下』と呼ばなかった事が気に食わないとでもいうように、扇子からチラリと鼻にシワが寄るのが見えた。
側室とさえ認めていないなんて深い意味はないことは側室だって分かっている筈だ。俺はアダムと仲が良いと思っている。俺が側室を認めていなければ、アダムにだって相応の扱いはするだろうと分かることだ。不機嫌な様子を見せる当たり、ただ俺に呼び捨てされるのが嫌なのかもしれない。つまり、俺が次期国王だと認めたくない、ということかと考えた。
以前、アダムに馬車で言わたことがある。アダムが言うには、側室はアダムが強くなるには幸運の鳥を手に入れる必要があると思っているらしい。その話を聞いた後に、俺も調べると言ってあった。
しかしクレアを細かく調べ上げるほどの手腕を持つ部下がいるベルゼでさえ、側室の企みを暴くことはできなかった。その代わり、側室の生家である子爵家が怪しい事が分かった。
魔族を密猟していた痕跡が残っていたらしい。同時期に子爵家に借金のある魔導師が何名か魔導塔を辞めていた。辞めた魔導師の行方は分かっておらず、全員が光属性である事以外の共通点は見つからなかった。
側室の兄である子爵は時折教会に出入りしていることが確認されている。教会は聖域のような扱いになっているが、子爵が通っていることには違和感がある。
我が国の民は、心が濁れば闇属性に飲み込まれ、魔族になってしまうと信じている。そうならないよう、教会で司祭に懺悔したり、瞑想したり、教会の慈善活動に参加したりなどして積極的に心の闇を吐き出すのだ。
目立って頻繁に通っているわけではないが、子爵は心に闇を抱かえていたとしても、わざわざ教会に赴いて懺悔するようなタイプでもない。むしろニチャァとした笑いを浮かべて、
「私には何のことか分かりませんな」と太々しく言い放つだろう。
慈善活動目的なのか、教会にいる全員を賄えるぐらいの献金を納めていることも分かったが、強欲でケチな事が知られている子爵にしては不自然だ。何か目的があってのことかと思ったが、シスターに聞いても、
「子爵様はお優しい方です」の一点張りだったらしい。しかもこの協会はリリスがいる所だ。何かが匂う。
これまで調べた内容とこの側室の反応からして、俺を次期国王の座から引き摺り下ろしたいのは間違いなさそうだとピンときた。
「嫌ですわ、自分の夫に会うのにルシファー殿下に許可を頂かなければなりませんの?」
序列関係に疎い者ならば側室の言う事も一理あると思うだろう。しかし我が国では国王の次に位が高い俺に何かを問われれば臣下は必ず答えなければならない。
我が国では側室がいた前例はほぼない。国王が側室を娶る時は必ず国王が誤って手を出し、子どもが出来てしまった場合のみだ。基本的に側室という存在自体が認められていない我が国での側室の扱いは良くない。それを分かっているから国王も側室はとらない。
こうしてエヴィルが俺に口答えするのは本当はあってはならない事なのだ。もし他の貴族がこの場にいたならば、その貴族は眉を顰め、嫌悪を表しているだろう。だが俺は気にならなかった。そんな事を咎めるよりも、早く国王に話がしたかったからだ。
「そうではない。国王陛下に俺も用事があるだけだ。エヴィルの用事が長くなるなら先を譲って欲しいと言おうとしたのだ」
「あら、次期国王陛下のお願いを臣下のわたくしが聞かないはずがありませんでしょう? 先をお譲りいたしますわ。わたくしは後でまた立ち寄る事にいたします」
側室は嫌味っぽく言うと、クルッとドレスを翻して今来た方向へと戻って行った。今から国王に言うことは側室には聞かれたくないから去って行ってくれてちょうど良かった。俺は安心して国王の執務室をノックした。
国王は思った通り休憩中で、俺の来訪を快く迎え入れてくれた。事情を説明すると、最初は難色を示していたが、俺が正直にクレアの側にいたいのだと言うと、ニヤニヤし始め、最後には了承してくれた。
「ルシファーがそこまでクレア公爵令嬢と仲が深まっているとは思わなかった。結婚を前にした二人の間を引き裂くのは私も本意ではない。ルシファーがクレア嬢に同行することを許可しよう」
「ありがとうございます、父上!」
俺が喜びの声を上げると国王は目尻を下げて、俺の事を嬉しそうに見つめた。すると突然、ハッと何かを思い出した顔をした。
「ルシファーが魔族の国に行くと言うなら知っておいた方が良いだろう。モレッティ公爵が少ない人数で行かせるのは不安だと言って名前の書かれたリストを渡してきた。そこにはアダムと光属性に長けたリリスという平民の子の名も書かれている。お前が行くと言うなら流石にアダムは外すことになるだろうな。二人も王子を連れて行かせるのは流石にやり過ぎだ。となると、同行者はルシファー、賢者パウロ、騎士ダニエル、そして平民の子だ。上手くやるが良い」
「承知いたしました」
暫く雑談した後で、国王との話が終わり、俺がドアノブに手をかけようとした時、パタパタと誰かが走っていくような音がした。俺は急いでドアを開けたが、そこには誰もいなかったので、気のせいだったかと胸を撫で下ろした。
今のが側室の使いだったとしても、不安がることはない。むしろアダムが危ない場所に行かなくて済んで良かったと喜ぶことだろう。俺は軽い足取りで自分の部屋に戻り、ここを経つまでに終わらせなければならない資料の山を睨みつけた。
「クレアとりょこ……任務か。楽しみだ」
俺は机に山積みになった資料を一枚手に取り、黙々と机に向かった。
レビューも嬉しいです\(^o^)/
もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!




