ルシファーの魔導塔での用事2
俺が自分の昼食を取るのも忘れてクレアにパンやスープをせっせと運んでいると、見覚えのある金髪がチラッと横に見えた気がした。パチッと目が合い、それがアダムだと気がつく。俺はアダムがなぜ魔導塔にいるのか気になって声をかけた。
「アダムじゃないか。なんでお前がここに?」
「ルシファー兄様こそ、珍しいですね。僕は……この子が知見を広めたいというので、連れて来たんです」
アダムは俺たちの斜め前まで移動すると、この子と言ったアダムの側にまたもや見覚えのあるピンクの髪が見えた。またこいつか、と思いつつ、俺は黙って様子を窺った。クレアの手前、用がない奴に声をかけるだけ時間の無駄だ。それにクレアだってあまり関わりたくないだろう。アダムに立ち去るよう、俺が目配せを送った時だった。リリスがクレアに気がつき、まだ本を読んでいるクレアに話しかけた。
「なんでクレア様が魔導塔にいるんですか? 魔力値200しかないのに?」
クレアは自分の名前が呼ばれたことに反応し、本からパッと顔を上げると、斜め前に立っているリリスに気がついて、ギョッとした顔を見せ、
「強制イベント!?」と呟くと黙り込んでしまった。今読んでいた本とクレアはまだ混同しているらしい。
リリスが純粋に疑問を持って聞いて来ているのは分かる。しかし聞き捨てならない発言だ。俺はリリスに言い返した。
「クレアが行使した治癒魔法を忘れたのか? あれが200でないのは誰の目から見ても明らかだ」
うんうん、と聞き耳を立てていた魔導塔の職員も俺の言葉に頷いている。魔力検査の日は職員の中にも自分の子どもを見に来ていた者がいるのだろう。クレアが無能ではないことはあの治癒魔法を間近に見た者ならば、測定器の不具合だったと分かることだ。
「えー? 私も測定不能でしたけど、水晶にヒビが入りました。測定不能ならルシファー様のように破壊してしまうか、私のようにヒビが入るのが普通ではありませんか?」
リリスの言葉に反論しようと口を開きかけた時、賢者パウロが代わりに反応を示した。
「私もその言葉は聞き捨てなりませんね。クレア、あれを」
「えっ、いいの? やめた方が良くない? 出来るだけ関わりたくもないんだけど……私がこんなことをする場面もなかったし……」
クレアと賢者パウロはヒソヒソと何かを話し出した。今賢者パウロがクレアを呼び捨てにした気がするが、聞き間違いだろうか?
クレアは賢者パウロが言う何かに対して気が進まないようで、苦い顔をしている。
「何を言っているんです? あなたは彼女をこの場にいる全員から糾弾されることから守るためにやるのですよ。私の共同研究者を馬鹿にしたのです。早く私の力を持って行きなさい」
そう言ってパウロは手に魔力を込めた。力を持っていけと言うのは、もしや、と思って俺は賢者パウロを止めた。
「待て、それは何をしている?」
「何って、私の魔力をクレアに与えるのですよ」
「だ、だ、だ、駄目だ! 俺の前でそれは駄目だろう! お、お、俺がやる」
「はあ。ルシファー殿下が手を出されるのは体裁が悪くなることもあるので私がと思ったのですが……殿下がそれでよろしいのなら」
周囲から見た時にこの国の王子が間接的に平民に何かをしたと思われるのは具合が悪い、ということだろう。俺だって賢者パウロが何を懸念しているかぐらい分かっている! でも賢者パウロの魔力がクレアに流れるのは気に食わない! あいつがクレアに魔力を渡すというのはつまり、それだけクレアを信頼しているか好意があるということを表している。ふ、ふ、ふ、不健全だ!
「構わん。クレア、俺のを使え」
俺は平然とした顔でクレアの手を握った。滑らかで綺麗なクレアの手を握っているかと思うと、気持ちが昂って魔力を込め過ぎてしまう。落ち着け、と何度も自分に言い聞かせながら魔力を手に込める。
穏やかに魔力がクレアに流れるように意識して、優しくクレアに渡す。
「んっ……」
俺がクレアに魔力を流すと、クレアは小さく声を上げた。少し渡し過ぎたのか、クレアの顔が若干赤い。初めて誰かに魔力を流したので、やり過ぎたのかな、と思っていると、クレアは眉を顰め、悩ましい顔をして俺を見つめた。
クレアを俺の魔力で包み込んでいると思うと……これ以上は言葉にならない。人目が無ければもう一度魔力を渡してもっとクレアを赤らめさせるのに。幸せというのはこういうことを言うに違いない。
ある程度馴染んだかと思われるタイミングでクレアは深呼吸をすると、光属性魔法の詠唱を行った。
「聖なる光よ。彼女を光のベールで護りたまえ」
パキン
パズルが組み合わさる時のような甲高い音が鳴ると、リリスを球体状の光が覆った。食堂にいる魔導塔の職員がそれを見てパチパチと拍手をする。
最高難易度、光属性魔法の守護の結界。対象をあらゆる攻撃から守る。でも俺が自分の護衛魔道士から見せられたことのある守護の結界とはどこか違う気がした。
全く破れる気がしないのだ。まるでここ一帯が聖域になったかのような澄んだ空気まで感じるほどに、完璧な結界が出来ていた。それもそうだろう、クレアに流れた俺の魔力でこの結界は出来ている。ゴニョゴニョ……の結晶だ……!
リリスは今この場にいる全員から圧倒的な強度を誇る結界で守られている。
クレアは周りの拍手に応えるように、スカートの両端を摘んで、照れた顔をしてお辞儀した。
一方リリスは球体の中で、光の壁を両手でポカポカと殴るような動作をして何かを叫んでいるが、こちらには何も聞こえてこない。こちらの音もリリスには聞こえないだろう。
アダムが好きな女性の前で注意をするのはマナーに欠けると思って先程は言わなかったが、今なら大丈夫だろう、と俺は小声でアダムに注意した。
「おい、アダム。ここは一般人の出入りが禁止されている」
「で、でも僕と同行している分には、」
「関係ないな。規則だ。お前だから誰も注意できなかっただけだ。本来は正式な試験に合格するか紹介状を持ってくるなど、所定の手続きを踏んで来るものだ。ここに出入りしたいというならちゃんとリリス嬢には手順を踏んでもらえ」
「はい、申し訳ありません……」
アダムの目には理不尽だとでも言いたげな感情が浮かんでいる。もしかしたら、アダムもここに連れて来るつもりはなかったのかもしれない。
「アダム、お前最近この子に振り回されていないか? 大丈夫か?」
「は、はい……」
縋り付くような目で俺を見ている辺り、やはり何かあるなと思い口調を和らげて聞いてみた。
「何があるんだ?」
「僕にもわからないんです……お母様に言われていて……」
「側室に? ここでは聞けないな。馬車の中で聞かせてくれ」
「はい……」
リリスのことはベルゼに任せ、俺はクレアと賢者パウロに用事ができたと言ってその場をアダムと離れた。
・・・
・・
・
俺の馬車にアダムと二人で乗り込むと、俺は早速アダムに話を切り出した。
「アダム、どういうことだ?」
「それが、お母様に懇意にするよう言われておりまして……」
「あの子がなんだというのだ? 貴族の隠し子か何かなのか?」
「いえ、そうとはハッキリとは言われておりません。僕が強くなるには幸運の鳥を手に入れる必要があるとか……それも何を指して言っているのか、全く分からないのです」
幸運の鳥? どこかで聞いたことがある気がする。さっきまで読んでいた本にもあったような……あ、また返し忘れた。もう一度読み直す必要がありそうなので、また後日で良いだろう。
なぜ側室がこの本の内容を知っているのだろう、と疑問が過ぎる。もしかしたらこの本の他にも王族なら読める関連書があるのかもしれない、と思いながら詳細が分からないので、アダムの話をまずは聞くことにする。
「なんだそれは?」
「僕も本当に全くわからないのです。だからこうしてルシファー兄様に相談しているのです。はっきり言って僕も困っています。でも言うとおりにしなければ僕が地下牢に……」
アダムは側室に躾と称して何かあると地下牢で罰を受けていることがあるのは侍女達の噂話で聞いていた。可哀想だなと思いつつも、俺が介入すると余計に側室の機嫌を損ねかねない。せめて手当てぐらいはと思い、アダムが地下牢に入れられた時はベルゼに手当てに行かせていた。
「分かってる。お前が側室から罰を受ける必要はない。引き続き仲良くしておけ」
「でもあの子と僕が仲良くしている限り、クレアが王宮に来てくれませんよね。僕知ってました……クレアが避けているの」
「クレアとはなんとでもなる。気にするな。お前が罰を受けて怪我をさせられるよりは良い」
「ごめんなさい……」
アダムはしゅんとして首を項垂れ、凹んだ様子を見せた。俺はそんなアダムを元気付けるように、アダムの肩をポンッと叩いた。
「謝るな。お前の状況も理解できる。側室が何をしようとしているのか、こっちでも探ろう」
「ありがとうございます……」
側室が何か良からぬことを考えているのではないかという不安を覚えながら、俺はまた本を読み直そうと手元にある本をギュッと握った。
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