ルシファーの魔導塔での用事1
俺はクレアが今までのように王宮に気軽に来なくなってしまい、困っている。
クレアは平民と王宮で会ってから、お茶会に俺が誘う度に、リリスが来る日ではないことを確認するようになった。
俺の予定が空いている日はアダムも休んでいる日であることが多い。アダムと俺は考えることが同じのようで、アダムもそういう日はリリスを王宮に呼んでいる。
クレアが知りたそうなので、一応アダムに次の休みはリリスが来るのか確認すると、来るかもしれないと言うので、俺もクレアにそう返答せざるを得ない。こうなると、クレアからの返事は決まって、「ではまた後日」だ。
アダムは一応俺とクレアに気を使って、リリスとのお茶会には側室がいる王宮の隣の離宮を最近は使っている。そうクレアに伝えようか迷ったが、ベルゼの
「ルシファー殿下、必死ですね。プッ」と言う顔が浮かんで思い留まった。アダムは第二王子とは言え王子なので普段は俺と同じ塔にいる。
今日だって本当なら今頃クレアと安らぎの時間を過ごしていた筈だったのに。アダムがもしかしたら王宮にも立ち寄るかもしれないと言ったのをクレアに伝えないわけにはいかない。案の定クレアは別の用事が入ったと言って、いつも通り、「また後日」と手紙に書いてきた。
とうとう俺はベルゼの『プッ』という表情を想像しつつも耐えながら、クレアに二人は離宮にいると言ってみたが、それでも中々足を運んでくれようとしない。俺はクレア不足で気が滅入りそうだ。
イライラしていると、無意識の内に俺の体からゾゾッと闇属性の魔力が体を覆った。危ない危ない、気持ちを落ち着かせねば。
伝承にある通り、闇属性の魔力は扱いが難しい。人間にはほとんど発現せず、魔族が使うこの属性は、本来は人間に扱いやすい属性でもないのに、俺とは相性が良すぎて事あるごとに漏れ出てしまう。無駄に魔力を垂れ流していたら、魔王が嗅ぎつけてその子どもを取り込んでしまうという言い伝えもあるぐらいだ。子どもにむやみやたらに力を使わせないための方便だろうが、見苦しいことに変わりはない。
俺は何か違う事を考えようと思いながら、クレアからの手紙をしまうため、引き出しを開けた。
「あ、この本、返し忘れてた」
父である国王に頼まれていたのに返し忘れていた本が引き出しに入っていることに気がついた。なんでも持ち出し禁止を間違えて持って来てしまったとか。でも許可された人間以外この本は開くことが出来ない仕組みになっているから、大丈夫だろうと思って後回しにした結果、俺は引き出しに放り込んだのだ。
俺は許可されているので国王が読める本は俺にも読めるようになっている。
これが以前、魔導塔に行った時に何か忘れたなと思った用事だったのか。俺はクレアが賢者パウロにパンを口に放り込まれている姿がショックすぎて、何もせずに帰って来たのを思い出した。
そういえば俺も読んでいいと父上は言っていた。アダムは許可されていない、次期国王だけが読める本だ。
俺は気を逸らそうと読む気もなかったその本を開き、没頭し始めた。
・・・
・・
・
朝起きてすぐに読み始めたことで、昼前には読み終わることが出来た。今から返しに行けば間に合うかもしれない。
今日はクレアに用事があると言って断られて会うことが出来なかった。
リリスが王宮に来る時は侍女達が準備に走り回るので、すぐ分かる。昼前になってもしんっとしているので今日はリリスが王宮に来ないのだろう。その代わりアダムがどこかへ出かけて行く音が聞こえた。それなら、と思ってクレアを今から王宮に来ないかと誘う前に、本当に用事があるのかを心が狭い俺はベルゼに調査を頼んでいた。
だからクレアは今魔導塔にいることを俺は知っている。教育施設へクレアはたまにしか顔を見せない代わりによく魔導塔へは足を運んでいる。なんせクレアは賢者の共同研究者だ。一般教養だけでなくその他数学や科学まで全て賢者から今では学んでおり、殆ど教育施設に行く必要がないのだ。俺もだけど。
(本を返しつつ、偶然を装って一緒に昼食でも取ろうかな)
俺はいそいそと外出の準備を始めた。
・・・
・・
・
魔導塔に着くと昼を過ぎてしまっていたので、俺は早足で食堂に向かった。クレアに会うのだと思うと、つい身嗜みを整えるのに時間がかかってしまう。時間をかけた挙句、以前クレアがカッコいいと言ってくれた黒い騎士服と似たような格好になってしまった。
ヒョイッと食堂に顔を出すと、幸いなことにクレアも遅い昼食を取っている最中だった。あの美しい銀髪はクレアしかいない。
(ギリギリ間に合った!)
クレアは今日も本に没頭している。もし本を見つめる眼差しが俺に向かったら俺は卒倒するな、と妄想が膨らむ。俺も今クレアが読んでいる本のように掴まれたい。本を見るように俺をジッと青い瞳で見つめて欲しい……。
クレアの後ろ姿を見つけた俺は早速ツカツカとクレアの方に向かう。するとクレアの横から手が伸びて、その手に向かってクレアが口を開くのが見えた。
(また賢者パウロか!)
クレアしか目に入っていなかったので、クレアの左隣に座っている賢者パウロに気が付かなかった。クレアはパンをまた食べさせられていたようだ。
ちょうどクレアの右隣が空いていたので、背後から近寄った俺は椅子を引いて、どかっと腰を下ろした。
ムグムグと小動物のように口を動かしていたクレアが俺に気がつき、口の中のパンをゴクンと飲み込んだ。
「ルシファー! 珍しい所で会うわね!」
「ああ、本を返しに来たんだ。昼食がまだだったので、せっかくだからここで取ってみたくなってな。ああ、俺のことは気にせず本を読んでくれ。邪魔したい訳ではない」
「……じゃあ、お言葉に甘えて……」
クレアがまた本に目を落としたのを確認すると、俺はベルゼに合図を送る。ベルゼが俺の昼食を運んできた。パンを千切って、自分の口に運ぼうとして、手が止まる。
クレアは真剣な顔で本を読んでいる。今なら気が付かないかもしれない。俺はパウロがまた小さくパンを千切ったのを見て、静止するよう目配せした。俺の視線に気がついたパウロは、おや? とした表情を浮かべ、手を止めた。
俺はその隙に自分用よりもパンを小さく千切り、クレアの口元に近づけてみた。
パクッ
集中しているクレアは俺の手だと気がつかず、パンを口に入れた。
(か、かわいいっ……!)
気のせいかもしれないが、俺の指先にフッとクレアの唇が触れたような気がする。もっと小さく千切ったらそれが確かなことだったと分かるだろう。もっと小さくしてみよう。
俺は指先に熱が篭るのを感じながら、さっきよりも小さく千切ってクレアの口元に運んだ。
パクッ
触れた! 今絶対俺の指先にクレアの唇が触れた! 嬉しくなった俺は口元が緩むのを隠すように、空いている手で自分の口元を覆った。
(賢者パウロはずっとこんな幸せな日々を送っていたのか! 俺が王子教育に涙を飲んでいる時、こいつは毎日のようにクレアの唇に触れて……!)
クレアの可愛さに俺が悶絶していると、負けじとパウロもクレアの口にパンを放り込んだ。
クレアはそれも食べ、飲み込むと、口をすぼめ、自然な動作で賢者パウロの方に少しだけ顔を傾けた。そうするのがもう癖になっているようだ。
賢者パウロがストローの刺さった飲み物をクレアに近づけると、クレアはパクッとストローを咥え、コキュコキュと可愛らしい音を立ててそれを飲んだ。クレアの喉が渇いていたことに気が付けなかったのは悔しいが、その動きを見ているだけで俺は顔が熱くなるのがわかった。
今度クレアが王宮に来たときは一緒に本を読みながら昼食を取ろう。はしたないと思われようが構わない。俺はクレアに次も『アーン』をする。
むしろ今すぐクレアを持ち帰りたい。今日はもうアダムもリリスを王宮に連れては来ないだろう。今すぐクレアと王宮に帰りたい。本なら王宮でも読めると言って強引に連れ帰りたい。後ろから抱きしめて、ヒョイッと抱えて持ち去りたい。
手をクレアに触れそうになって、そこで俺の頭の中にベルゼの言葉が反響した。『強引過ぎる男は嫌われる、強引すぎる男は嫌われる……』
俺はハッとして思い留まると、震える手でまたパンを小さく千切り、クレアの口に差し出した。
もしも「続きが気になる」「面白かった」などと思って頂けましたら、
広告下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援いただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします!




