リリスの教会でのお仕事
アダムが用意してくれた馬車から降り、教会に戻ると重厚な扉がバタンと音を立てて閉じられた。
ひどい、なんで私が追い出されるの? 私は友達になろうと思っただけなのに。何か不味いことでも言っちゃったのかな? ううん、そんなはずはない。教会の皆とは名前で呼び合えばすぐ仲良くなれた。お貴族様って本当によく分からない。
私が今まで関わったことのある貴族は子爵家の男性、一人だけだった。と言っても、その人のことも子爵だということ以外はよく知らないし、関わることも少ないので貴族は難しいな、ぐらいしか分からない。こんなことならもっと子爵とも喋っておくのだったと今更後悔が襲ってくる。
今日は王子様と公爵令嬢にも会ってお話をしたので、上流階級の仲間入りが出来たと嬉しかったのに、私がやっぱり平民だから仲間外れにされたのだろう。騎士みたいな人は平民っぽかったのに、仲が良さそうだった。私が平民というだけでなく、親もいない孤児だから嫌がられたのかと思うと悲しい気持ちになった。
私にはお父様もお母様もいない。生まれてからずっと王国で一番大きなこの教会の孤児院で暮らしている。でもシスターが優しい人なので、他の孤児院にいる子と比べるとずいぶん良くしてもらってるのは間違いない。他の孤児院との共同フリーマーケットの際はうちの孤児院にいる子達が断トツで身綺麗だ。
シスターは私が魔力検査の日の後、アダムと仲良くなったと言った時は半信半疑だった。シスターは私に
「まあ! 王子様が迎えに来てくれると良いわね」と優しく微笑んでいた。私は本当だから、ドレスを新調させてとお願いした。その時もシスターは、
「あらあら、今日気になる人でも出来たのかしら? 良いですよ」とニコニコして微笑ましいと言わんばかりの目で私を見ていた。
暫く後に王宮から手紙が届いた時もまだ信じられないという顔をしていたが、今日馬車が教会の前に止まった時、やっと信じたようだった。
シスターは私の魔力がアダムの目に止まったとすごく喜んでくれていた。でもシスターの興味は私とアダムの仲よりも、アダムから得られるかもしれない献金の方だ。
教会では皆で家事をこなす。十歳の私は年長者の部類に入るので、ある種即戦力なのだ。その私を連れて行ってしまったのだから、『分かっていますよね?』ということだ。教会から孤児を出す時の暗黙の了解だ。
私が最年長なのも、ここの孤児達が身綺麗だから容易に貰い手が付くからだ。孤児が貰われていく度に貰い手から献金が入る。私にも引き取り手の声がかかることは何度かあったが、なんとなく相手が不穏な空気を纏っている気がして幾度となく辞退してきた。その所為でいつの間にか同年代の子はいなくなってしまった。
たまに良い雰囲気のある貴族が来ると、必ず男の子を引き取って行くので私は対象外だ。恐らく跡取りか何かにするのだろう。わざわざ女の子の孤児を引き取る人は下働きかその他の用途であることが多い。
シスターには私のいう不穏な空気が分からないようで、あの貴族はやめた方が良いと言っても、女の子の引き取り手があるだけマシだとか、あなたにもいつか引き取り手が現れると言って聞く耳を持ってくれなかった。
王宮から帰ってきた私に、シスターは案の定、
「早かったのね」と言ってきたが、アダムに政務が入ったと従者の人が言ってくれたお陰で深く追求されることはなかった。心配性のシスターが何か問題があったのでは、と気に留める気さえ起こらなかったのも、従者がシスターに手渡したジャラッと音が鳴る袋のお陰だ。その袋はアダムから教会にということだった。
次にお呼ばれされる時もお洋服を新調しましょうね、なんて言ってシスターは上機嫌だ。シスターは別にお金にガメツイわけじゃない。ただ、ここにいる孤児の皆を飢えさせたり不自由な思いをさせたくないだけだ。普段からシスターはとても優しい。私はシスターが大好きだ。
シスターは、特に私に甘い。あなたは幸運の鳥よと言って幼い頃から他の子たちよりもいっぱい抱っこしてもらっていたのを覚えている。私が幸運の鳥とシスターから呼ばれるのには理由がある。髪の色が特異だというのも一つの理由だが、一番はやはり子爵からの献金だ。
私は赤ちゃんの時に、この子爵に連れられてこの教会にやってきた。他の気が触れた一人の魔族と一緒に。私の名前もこの魔族がブツブツと呟いていた言葉をそのまま貰った。私がシスターの手に渡って以来、彼女は一言も言葉を発していない。
赤子と魔族を保護することと、魔族の存在は秘匿することを条件に子爵は二十人いる孤児全員に行き渡る服や食事が十分に買えるぐらいの献金を毎月入れている。その赤子というのが当時の私だ。その子爵から私について詳しく説明されることはなかったらしいが、私が幸運を運んできたのだと言ってシスターは喜んだ。
教会の地下にある牢屋の中にこの魔族がいる。彼女の世話は私がやっている。一般的な魔族とは違って、闇属性の魔力が使えない、ちょっと変わっている女性なので、魔力を封じる枷はつけられていない上に、手足の拘束具も取り付けられていない。
ただ廃人のような顔をしてボーッと牢屋で座っているだけだから危害は加えてくる恐れはないらしい。彼女は私が来ると僅かに反応を示すので、彼女の世話は自動的に私のお仕事となった。彼女は私を彼女の子どもだと思い込んでいる節がある。
私も魔族のような赤い目は持っているが、魔族じゃなくても私と似た赤い目を持った人はいる。私の髪は他にはいないピンク色ではあるが、魔族の黒っぽい髪の特徴を持っていない。鋭い爪もないし、彼女のように背中に黒い鳥のような翼だって生えていない。違うんだけどなと思いつつ、私を虚な目で撫でてくるのを拒絶するのは可哀想なので、いつもされるがままにしている。
彼女は言葉を発することもなければ、表情を変えることもない。光属性魔法をずっと浴びせられ続けると魔族はこうなるとその子爵家の貴族が漏らしていたのを一度だけ聞いたことがある。その後に、普通は死ぬんだがね、と言って私の苦手な不穏な空気を纏っていた。私は怖くなってその場から逃げ出したので、それ以上のことは分からない。
貴族は私を見る度に『失敗作』と言うがなんのことかは分からない。幼い頃は全く魔力がなかったことを言っているのだろうと予想は付く。最近になって突然魔力が出現しだしたのは私も疑問に思っている。まるで、やっと光属性が体に馴染んだと言わんばかりに現れたのだ。恐らくこの貴族は私の出自も知っている。気になるけど、私は何も聞かないようにしている。下手なことを言って機嫌を損ねたくない。この教会の孤児院が他の場所より綺麗なのは、この貴族のお陰と言っても過言ではないからだ。
今回ドレスを全く躊躇することなく、新調させて貰えたのだって、その貴族からのお金があるからだ。普通なら王宮へ行くことすら叶わないだろう。
夕方になって私が魔族の世話をしようとご飯を持って地下に降りると、そこには既に誰かがいるようだった。仮面を顔にかけて、フードを目深に被っているので顔は見えないが、金髪の長い髪がフードから覗いているのが見える。
きっと地下に続く裏の勝手口から入ったのだろう。その鍵を持っているのは子爵の男性だけのはずなので、この人は貴族の知り合いなのかもしれない。
「こ、こんばんは」
「ご機嫌よう、幸運の鳥さん」
「……?」
貴族から失敗作と呼ばれるのは馴れているが、シスターのように私を幸運の鳥と呼ぶのはどういうことだろう。ボーッと皿を持って立っていると、その人が突然話しかけてきた。
「ここに来る男の子爵がいるわよね」
「はい、魔族の様子を窺いに時折いらっしゃいます」
「彼があなたを大っぴらに引き取ると、色々疑われるから出来ないのよ。その代わり、あなたはこれからもアダム殿下と懇意にして貰っても良いわ。そうしたら献金も増やしてあげましょうね」
「……? ありがとうございます?」
「いいえ、良いのよ。幸運の鳥さん。この魔族もまだ使えるかもしれないから、世話を怠らないように気をつけなさい。では、引き続き頼むわね」
よくわからないが、アダムとも知り合いのようだ。彼女はそれだけを言うと、フードからこぼれ落ちた長い金髪を一筋靡かせてさっさと出て行ってしまった。
今日は追い出されるように教会に連れ戻されてしまったので、もうアダムとは連絡を取らないほうが良いかもしれないと考えていた。この人はそんな私の気持ちをフォローしに来たのかもしれない。
「そっか、アダムと仲良くしても良いんだ」
安心した私はまたアダムに手紙を書こうと思い立った。今度は魔導塔に誘ってみよう。お勉強をしたいと言えばアダムも喜んでくれるかもしれない。
その時、私は魔族にまだご飯をあげていないのを思い出し、牢屋の鍵を外して地面に皿を置いた。
「いつかあなたもここを出られると良いですね。でもその調子じゃ、外に出たところで死んでしまうかもしれないけど……」
私がそう言うと、魔族の女性は虚な目で私の頭を優しく撫でた。
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