ヒロインとの遭遇 3
ルシファーの許しなく話しかけたのだからアダムが焦るのも当然だ。アダムは膝を折り、ルシファーに連れの非礼を謝罪した。リリスは訳が分からずポカンとした顔でアダムの様子を見ている。一方ルシファーは、『なら仕方がない』と言うような素振りで首を小さく縦に振ると、一言
「許す」と言い、話を変えた。
「クレアはダニエルと訓練か。俺も訓練に混ぜてくれないか?」
将来の魔王様は寛大な心をお持ちだ。話題を変える事で全ての非礼を不問にされた! と貴族に染まり切っている私はルシファーをうっとりと見つめた。
せっかくルシファーが話題を変えたというのに、リリスは懲りずに変えた話題の方にも乗り掛かってきた。
「クレア様は公爵令嬢なのに騎士に混じって訓練してるんですか?」
「なんだ、クレアの知り合いでもあったのか?」
リリスが私を名前で呼んだので、ルシファーは和らいだ表情で私を見た。私の知り合いなら無礼な人でもいいのか? と疑いたくなるような変わり身の早さだった。
(でも違うんですよ、魔王様……)
ダニエルと私は顔を見合わせ、首を二人で左右に振り、困った顔をした。
それ見てルシファーはアダムに向かい直った。
「アダム? どういうことだ?」
和らいだ表情が一変して、ギロリとアダムを睨みつけるルシファーは腹の底が冷えあがるような目をしている。
ルシファーの性格上、リリスが私を名前で呼んだことに不快感を表しているのではない。私が知らない人に名前で呼ばれたことに対して、私の身を案じて警戒しているのだ。素性が知れない平民が婚約者に喧嘩を売っているようなものなのだから、ルシファーの不安も当然だ。ルシファーは平民の裏に誰かいるのではないかということを危惧している。それが分からないアダムではない。
「こ、これは! えっと!」
アダムがどう説明したらいいものかと返答に戸惑っていると、リリスが説明を買って出た。
「淑女の見本たるクレア様が騎士の訓練にお邪魔していると聞いて見学させてもらいにきたんです。クレア様ってお転婆なんですね」
リリスとしては、親近感が湧いたから、名前で呼ぶぐらい親しくなりたいというようなことが言いたいのだろう。しかし貴族が聞けば『お嬢様が騎士を文字通り邪魔しているから嘲笑いに来てやった、淑女たるものがはしたない』である。この発言は不味いぞ、と私が思った時にはもう遅かった。
「アダム。この無礼者を下がらせろ」
ルシファーが怒っている。婚約者を貶されたと思ったのだろう。私があわあわとして対応に困っている間にも険悪なムードが辺りを支配する。
「申し訳ありません! リリス嬢、君にはまだ王宮でのお茶会は早かったようだね」
ルシファーの苛立ちはまだ続いている。
「アダム、その話し方はなんだ。お前は第二王子だぞ」ルシファーはアダムの口調が王族らしくない、と追撃した。
「は、はい! ルシファー兄様! リリス嬢、家に送ろう」
アダムは先程までの優しい口調を改めて、威厳のある王族らしく、ハッキリとした口調でリリスに帰るよう告げた。
「え、なんでですか? 今日は一緒に魔力操作の訓練をするって!」
リリスは納得がいかない、と首を横に勢いよく振って拒絶を唱えた。
「悪いが、今日はもう帰ってくれるかな」
「いやよ! 今日ここに来るためにドレスだって新調したのに、こんなに早く帰らされたら教会の皆になんて言ったらいいの! アダムに会えると思って私だって今日は楽しみにして来たのに……」
「リリス嬢……」
リリスはグスンと鼻を鳴らしてドレスのスカートを両手で握りしめる。うるうるとしたルビーのような瞳でアダムを上目遣いで見ているはヒロインなだけあって破壊力抜群だ。瞳がキラキラして愛らしさがぐんと増している。アダムはこういう罪悪感がチクッとくる奴に弱い。
(アダムはこういうことをされると、優しくしちゃうんだよなあ。流石ヒロイン、選択肢のコマンドもでてないのにアダムの弱いところをガンガンついてくる)
しかしヒロインよ、ルシファーがいる時は別なんだぜ……ルシファーがいたらルシファーの機嫌が悪くならないようにしないと攻略対象の好感度が真っ逆さまだ。あーあ、ご愁傷様です……私には不機嫌になった魔王様を止められるような権限はない。
「もういい、ベルゼ。こいつをここから放り出せ」
「仰せのままに」
(どっから従者のベルゼが出て来たのー!?)
ここには私を含め、四人しかいないと思っていたが、違ったようだ。どこからともなくベルゼが現れ、ヒロインの脇下に手をスッと入れると、瞬く間にその場から連れ去って行った。
「アダム、もう少し考えろ」
「申し訳ありません……魔力値が高い子だったので、平民でも高度な教育を受けているものとばかり……まさかここまで教養のない子だとは思っておらず……」
「相手は平民だ。幼少期からの教育レベルが貴族とは違うのだ。それを忘れるな」
「はい、ルシファー兄様……」
二人の会話の後ろで微かに見える、ベルゼに連れられて退場するリリスが私を睨んでいる。それに気がついたダニエルはムッと顔をしかめた。ゲームでシナリオが一つ終わる毎にバタンと閉じられる重厚な教会の扉が目に浮かぶようだ。
(悪役令嬢検定に合格しちゃいました……)
もうダメだ、私はこのまま追放されてきっと死ぬんだ。
私が涙目になって状況を受け入れていると、ルシファーが心配そうな顔をして私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫だったか、クレア。中には貴族に嫌味を言ってくる平民もいる。ああいう輩は放っておくのが一番だ。クレアが気にすることはない」
「う、うん……」
これから私はどうなってしまうのだろう。
不安で体が強張っていくのを感じる。やっぱり原作から逸れることはできないのかな……。もう泣いていいですかね。これまでの努力がヒロインの登場でこんなに呆気なく崩れ去ると思わなかった。
しゅんと項垂れて今後の事に私が考えを巡らせていると、ダニエルが私を元気づけようと私に茶化すような声をかけてきた。
「おい、クレア。さっきの子に睨まれて泣きそうな顔してんじゃねえか。アダム殿下、クレアが怯えて涙目になってますよ」
しかしその言葉はルシファーには逆効果だったようだ。ルシファーはキッとアダムを見ると、アダムを非難した。
「アダム、どうしてくれる!」
「ううっ……弁解の余地もありません……」
(しまった、私が凹んだ所為で兄弟の仲に亀裂が入ってしまう!)
そう危惧した私は慌てて涙を誤魔化すように言葉を発した。
「いやいや、ビックリしただけ! 泣いてないよ! さあ、気を取り直して皆で特訓しようか! 自分の属性を巡らせながらスクワットするとより魔力操作が上手くなっていくよ!」
他の三人は互いに顔を見合わせ、仕方ないなあ、というよう顔をすると頬を緩めた。
「じゃあ、やりますか」
ダニエルの声が合図になって、私達は四人で横並びになってスクワットを開始した。
「「「「いーち! にーい!」」」」
四人でスクワットした後は二人ずつに分かれて、剣の打ち合いをした。ダニエルとルシファー、私とアダムで打ち合っていると先ほど起こった事が嘘のように自分の気分が晴れていくのを感じた。
クヨクヨ気にしていても無駄だ。起こってしまった事は仕方がない。今後は出来るだけリリスに会わないよう、細心の注意を払えばいいだけだ。
若干の不安を覚えながら、私は無心で剣を振るった。
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