第8話 大事にしなよ
帰り道。
レンと二人で歩くのは久しぶりだった。西日が巨樹の根を長い影に変えている。
「なあハンナ」
「なに」
「お前、ツムギのこと——どう思ってる?」
不意打ちだった。
「……どうって」
「いや、最近お前とツムギ、なんかぎこちなくね?ツムギは頑張ってお前に話しかけてるけど、お前がなんか……壁作ってる感じがして」
見抜かれている。全部。
「……ツムギは、いい子だと思う」
「思う、か」
「いい子だよ。本当に。だから——」
だから、何だ。だからこそ辛い?だからこそ自分が惨めになる?そんなこと言えるわけがない。
「——だから、レンはツムギを大事にしなよ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
レンが足を止めた。
「……どういう意味だ」
「そのままの意味だよ。ツムギ、レンのこと——」
言いかけて、止めた。それはツムギの秘密だ。私が言うことじゃない。
「……なんでもない。忘れて」
「ハンナ」
「忘れてって言ってるの」
歩く速度を上げた。レンの足音が後ろから聞こえる。追いつこうとしている。でも、追いつかれたくなかった。今の顔を見られたくなかった。
——私は何をやっているんだろう。
巨樹の謎。切り取られたページ。脈打つ幹。
それを追いかけることで、目の前の現実から逃げようとしているだけじゃないのか。レンの隣にいる資格が自分にはないと感じるから、代わりに巨樹の秘密に没頭しようとしているだけじゃないのか。
分からない。
分からないけれど、足は止まらなかった。
◇
家に着いた。レンは結局、追いかけてきて、玄関の前まで送ってくれた。
「ハンナ」
「……なに」
「明日、放課後。一緒に調べよう。巨樹のこと」
「……いいの?」
「いいに決まってる」
それだけ言って、レンは手を振って帰っていった。
玄関のドアを開ける。暗い廊下。母さんはまだ帰っていないらしい。緑色の光が窓から差し込んで、廊下を水底のように染めている。
靴を脱いで、自分の部屋に入った。
ベッドに倒れ込む。天井を見る。
カルシウムとリン。脈打つ幹。人肌の温もり。
巨樹の中に、人がいる。
まだ仮説だ。証拠はない。でも、体の奥——骨の奥が、知っている気がする。あの温もりを、あの脈動を、私の体が覚えている。
なぜ?
なぜ私だけが感じるの?
なぜ私だけが疑問に思うの?
なぜ私の髪は誰とも違う色をしているの?
なぜ——私は、こんなにもこの世界に馴染めないの?
答えは、まだ見えない。
でも、見えない答えの輪郭が、少しずつ——形を成し始めている。
目を閉じた。
まぶたの裏に、緑の光が揺れていた。
第2章 脈動 了




