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HOME - 巨樹が空を覆う世界で -  作者: lovely plants
第2章 脈動

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第7話 お前が言うなら

 放課後。


 私は図書室にいた。レンとツムギは一緒に帰っただろう。今日は見届けなかった。見届ける必要がないと、自分に言い聞かせた。


 『大陸植生史概論』の切り取られたページ。あの続きが知りたい。図書室のデータベースで同じ本を検索したが、蔵書(ぞうしょ)は一冊だけで、デジタル版は存在しなかった。


 著者名も分からない。出版社はもうない。八十年前の本だ。


 代わりに関連しそうな資料を片(かた)っ端(ぱし)から引っ張り出した。巨樹の生態学。大陸の地質学(ちしつがく)。植物の組成分析。どれも表面的な内容ばかりで、核心には触れていない。


 まるで——誰かが意図的に、情報を薄めているみたいだ。


「こんなところにいたのか」


 振り向くと、レンが立っていた。


「……帰ったんじゃなかったの」


「ツムギとは途中まで一緒だった。でも、お前が気になって戻ってきた」


 ——戻ってきた?


 ツムギと一緒にいたのに、私のために?


 胸の中で何かが激しく揺れた。嬉しさ。罪悪感(ざいあくかん)。そしてまた、ツムギの揺れた目を思い出す。


「……来なくてよかったのに」


「来たかったから来た。文句あるか」


 レンが向かいの椅子に座った。机に積まれた本を見て、眉を上げる。


「すごい量だな。やっぱり巨樹のこと?」


「……うん」


 隠しても仕方なかった。レンには嘘がつけない。


「今朝、巨樹の幹に触ったの」


「は?」


「脈打(みゃくう)ってた。心臓みたいに。それで、この本に——」


 『大陸植生史概論』を開いて、切り取られた第七章を見せた。レンの目が細くなる。


「切り取られてる……誰かがやったのか」


「わざとだと思う。カッターみたいなもので、きれいに」


「何が書いてあったんだ?」


「巨樹の中心部の組成。カルシウムとリンの比率が——」


 そこまで言って、私は口をつぐんだ。言っていいのだろうか。この先を言ったら、もう戻れない気がした。


「比率が、なんだ?」


 レンがまっすぐ私を見ている。逃がさない目。でも、追い詰める目じゃない。一緒に受け止める目だ。


「——人間の骨と、同じかもしれない」


 言ってしまった。


 図書室の静寂(せいじゃく)が、一段深くなった気がした。


 レンは何も言わなかった。驚いた顔もしなかった。ただ、私の目をじっと見て、それから、ゆっくりと頷(うなず)いた。


「……分かった」


「分かったって、信じるの?」


「お前が言うなら」


「根拠は?」


「お前が嘘をつく理由がない」


 ——ずるい。


 そういう言い方は、ずるい。


 泣きそうになった。泣かなかったけれど。


「なあ、ハンナ」


「なに」


「俺さ——お前が巨樹のこと気にしてるの、前から知ってた」


「……え?」


「小学校のとき。写生大会(しゃせいたいかい)で巨樹の絵を描く授業があっただろ。みんな緑色のクレヨンで葉っぱ描いてたのに、お前だけ——幹のところを赤く塗ってた」


「……覚えてないよ、そんなの」


「俺は覚えてる。先生に『木は赤くないでしょ』って言われて、お前、何も言い返さなかった」


「……」


「あのとき聞けばよかったんだ。なんで赤く塗ったのかって。でも俺は——聞いたら、お前がどこか遠いところに行っちまう気がして」


 レンはそこで言葉を切った。首の後ろをがしがしと掻いて、黙った。


 ——そんなこと、知らなかった。


 レンがそんなふうに思っていたなんて。


 何か言わなきゃと思った。でも、何を言えばいいか分からなかった。


「お前、もっと調べるつもりだろ」


「……うん」


「ひとりで行くなよ」


「レンには関係な——」


「ある」


 強い声だった。レンにしては珍しい、有無(うむ)を言わせない声。


「お前に関係あることは、俺にも関係ある。昔からそうだろ」


 返す言葉がなかった。


 昔から。そうだ。レンは昔から、そうだった。幼稚園の頃、私が他の子に仲間外れにされて泣いていたとき、黙って隣に座っていたのがレンだった。何も言わず、ただ隣に。それだけで世界が少しだけ柔らかくなった。


 あの頃から何も変わっていない。変わったのは、私の方だ。素直に「ありがとう」と言えなくなった。隣にいてくれることを、当たり前だと思えなくなった。いつか失うことが怖くて、自分から距離を取るようになった。


「——ありがとう」


 小さく、言えた。


 レンは「おう」とだけ言って、少し照れたように首の後ろを掻いた。

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