第6話 唐揚げの味
昼休み。いつもの階段の踊り場。
ツムギが手作りの弁当を広げている。卵焼きにミニトマト、鶏の唐揚げ。彩りが良くて、丁寧で、ツムギらしい。
「はい、レンくん。唐揚げ多めに作ってきたよ」
「お、サンキュー」
レンが唐揚げを受け取る。ツムギが嬉しそうに微笑む。
——作ってきた。レンのために。
考えるな。そういうことを考えるな。ツムギは優しい子なんだから、みんなの分を多めに作ってきただけかもしれない。
「ハンナちゃんも食べる?」
ほら。
「……ありがとう」
ひとつもらった。美味しかった。悔しいくらいに。
「ツムギ、料理うまくなったよな。前はもっと焦げてたのに」
「ちょっと!それ中学の時の話でしょ!もう時効だよ!」
「いてて、叩くなって」
じゃれ合う二人。幼馴染とは違う、もっと甘い匂いのする距離感。
私は唐揚げを咀嚼しながら、窓の外を見た。
巨樹。
あの中に——本当に人がいるのだろうか。
「……ねえ」
気づいたら、声が出ていた。
「ん?」とレン。「なになに?」とツムギ。
「……巨樹のこと、不思議に思ったことない?」
沈黙が落ちた。一拍だけ。でもその一拍が、やけに長く感じた。
「不思議って?」
レンが首を傾げる。
「なんであんなに大きいのかとか……いつからあるのかとか」
「んー、考えたことないかも」とツムギ。「だって昔からあるものでしょ?」
やっぱりそうだ。みんなそう言う。
「ハンナちゃん、もしかして調べてるの?朝読んでた本って、もしかして——」
「——べつに。ただの暇つぶし」
遮った。自分でも驚くほど早口だった。
ツムギが少し目を丸くして、それからふんわりと笑った。
「ハンナちゃんって、そういうの好きだよね。かっこいいと思う」
かっこいい。そんな言葉が返ってくるとは思わなかった。
「……そう?」
「うん。私なんて、目の前のことしか考えてないからさ。ハンナちゃんみたいに深く考えられる人、すごいなって」
ツムギの目はまっすぐだった。お世辞じゃない。本気でそう思っている。
だから——だからこそ——私は何も言えなくなる。ツムギの真っ直ぐさの前では、私の中のどろどろした感情が、全部醜いものに見える。
「ハンナ」
レンが、静かに言った。
「無理に調べなくていいんだぞ」
「……無理なんてしてない」
「嘘つけ」
二回目だ。レンに嘘を見破られるのは。
「お前、昨日からずっとどっか遠くを見てる。巨樹のことが気になるなら気になるでいい。でも——」
レンが言葉を切った。唐揚げを食べ終えた手で、自分の首の後ろをがしがしと掻く。照れ隠しの癖だ。
「——ひとりで抱え込むなよ」
心臓に、ひびが入ったような気がした。
嬉しいのか悲しいのか分からない。レンのこういう言葉が、私を繋ぎ止めている。でも同時に、こうやって優しくされるたびに、ツムギの視線を感じるのだ。
見た。ほんの一瞬だけ、ツムギの目が揺れたのを。
すぐに元の笑顔に戻った。でも私は見逃さなかった。ツムギがレンを見る目。レンが私を心配する声を聞いたときの、あのかすかな翳り。
——ごめん、ツムギ。
何に対して謝っているのか、自分でも分からなかった。




