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HOME - 巨樹が空を覆う世界で -  作者: lovely plants
最終章 隣の席

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第24話 帰り道

 どれくらいの時間が経ったか分からない。


 空が暗くなっていた。星が出ている。巨樹(きょじゅ)の葉の隙間から、小さな光の粒が見えた。


 レンが立ち上がった。何も言わずに、ツムギを背負った。


 軽かった。人だったときよりも、ずっと。


 二人で歩いた。巨樹の根を越えて、暗い通学路を。


 街が、おかしかった。


 遠くでサイレンが鳴っている。一台ではない。何台も。赤い光が巨樹の幹に反射して、街路を不規則に照らしている。


 通りの脇に、人が倒れていた。


 ——老人だった。街灯の下で、仰向(あおむ)けに横たわっている。駆け寄った人々が叫んでいる。「動かない」「息がない」「体に——何か——緑色の——」


 もう一人。交差点の向こう。女の人が膝をついている。首筋に、薄い緑色の線。ツムギの体に走っていたのと同じ模様。


 足が止まった。


 でも、目は止まらなかった。見えてしまう。その先にも。角を曲がった先にも。路地の奥にも。


 一人、二人じゃない。歩道に倒れた人。車道にうずくまる人。体に緑の線を浮かべて、声にならない声を上げている人。サイレンの数が増えていく。救急車の音。怒号(どごう)。悲鳴。誰かの名前を呼ぶ声。泣き叫ぶ子どもの声。


 ——全部、私のせいだ。


 ツムギだけじゃなかった。


 ツムギだけじゃ、なかったのだ。


 遺跡の力が暴走した。フェンスの外まで。街まで。この街に暮らす、何も知らない人たちのところまで。


 あの老人は、今朝も当たり前に朝を迎えていたはずだ。あの女の人には、帰りを待つ家族がいるかもしれない。泣いている子どもは、さっきまで誰かの手を握っていたかもしれない。名前も知らない。顔も知らない。何の関わりもない人たちが——私がやったことの代償を、背負わされている。


 何人。


 何十人。


 ——もっと?


 数えられない。数えることすらできない。


 私は人間に戻ることを選んだ。レンの手を取って、力を手放した。それは正しい選択だったと——思いたかった。


 でも、その選択が溢れ出させた力が、ツムギを奪い、この街の人々を奪った。私の「正しさ」の代償を、何も知らない人たちが支払っている。


 ——私は、あの意識体(いしきたい)と何が違う?


 人間を種子(しゅし)に変えた超古代文明(ちょうこだいぶんめい)。人の命を養分にして世界を覆った、あの存在たち。遺跡の中であれほどの力を見せつけられて、一度は手を伸ばしかけた、あの仕組み。


 結局——私も、同じことをした。


 意志があったかどうかなんて関係ない。結果は同じだ。人が種子に変わった。私のせいで。


 膝が折れた。


 通りの真ん中で、崩れ落ちた。呼吸ができなかった。吐き気がこみ上げて、何も出なかった。視界がぐらぐらと歪(ゆが)んで、サイレンの音が頭の中で反響して——


 レンが振り返った。ツムギを背負ったまま。何か言おうとしていた。でも、もう何も聞こえなかった。


 ツムギ。あの老人。あの女の人。あの子ども。この街のどこかで今も倒れている、顔も名前も知らない誰か。


 全部。全部、私が——


 立ち上がれなかった。


 レンが戻ってきて、私の腕を引いた。強く。有無を言わせない力で。


 歩いた。歩くしかなかった。倒れている人たちの横を通り過ぎながら。何もできないまま。


 レンの背中で、ツムギの腕が揺れていた。月明かりの中、その手の甲の葉脈模様(ようみゃくもよう)が淡く光っている。


 私はその手を、そっと握った。


 冷たくて、硬くなり始めていて——でもまだ、ツムギの手の形をしている。


 三つあるはずの影が、二つしかなかった。

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