第21話 残響
暗い森を、二人で歩いた。
レンに肩を借りて、一歩ずつ。体に力が入らない。人間の体に戻ったばかりで、まるで長い病気のあとのように足がふらつく。
森はもう脈動していなかった。声も聞こえなかった。ただ静かな暗闇が広がっている。巨樹の幹の間を縫うように進む。来た道を、逆に辿る。
「……レン」
「ん」
「ごめん」
「謝んな」
「でも……」
「お前が謝ることじゃない。俺が来たくて来たんだ」
沈黙。足音だけが、苔の上に柔らかく響く。
「……なあ、ハンナ」
「なに」
「あの光の中——どんな感じだった?」
「…………温かかった。すごく。生まれて初めて、ここが自分の場所だって思えた」
「……そうか」
「でも——レンの手の方が、温かかった」
レンが何も言わなかった。ただ、肩を貸す力が少しだけ強くなった。
しばらく歩いて、木々の隙間から夕暮れの光が差し込み始めた。森の出口が近い。
「……なあ」
「なに」
「……ツムギにも、ちゃんと話さないとな」
ツムギ。その名前が、当たり前のように出てきた。
「ツムギ?」
意味が分からなかった。なぜ今、ツムギの名前が——
「ああ、お前に言ってなかったな」
レンの声は、疲れてはいたけれど、穏やかだった。
「お前が学校からいなくなった後——俺が追いかけようとしたら、ツムギが教室の前にいたんだ。俺より先に気づいてた。お前がいなくなったこと」
心臓が跳ねた。
「ツムギが……?」
「走り出した俺に並んできて、『一人で行く気?』って。止めるのかと思ったら——『一緒に行く』って言いやがった」
足が止まった。レンの肩を借りたまま、立ち尽くした。
「フェンスまで走った。二人で。でも森に入ろうとしたら、ツムギはダメだった。耳鳴りがして、吐いて。——俺は入れたんだけど」
エリオのノートの言葉が頭をよぎった。——一部の血筋の者は、森に拒まれない。
「ツムギは入れなかった。でも帰らなかった。フェンスの前に座り込んで——」
レンが、わずかに笑った。疲れた、でも温かい笑み。
「あいつ、笑ってたんだ。辛そうな顔で。『行きなよ、ハンナちゃんのところに。私はここで待ってるから』って」
——ツムギ。
涙が込み上げた。泣いたばかりなのに、まだ涙が出る。
知らなかった。ツムギが来ていたなんて。あの子が、好きな人の背中を押して、フェンスの前で待ってくれていたなんて。
私が光に包まれて恍惚としていたとき。「ここがHOMEだ」と思っていたとき。力に酔っていたとき。
——ツムギは、フェンスの前で、私を待っていた。
「……早く帰ろう」
声が震えた。
「ツムギに——ありがとうって、言わなきゃ」
「ああ。あいつの唐揚げも、リクエストしとくか」
「……うん」
足を速めた。ふらつきながら。レンに支えてもらいながら。




