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HOME - 巨樹が空を覆う世界で -  作者: lovely plants
第1章 根のない花

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第2話 入れない空気

 通学路には、巨樹の根が地面を這(は)っている。


 太さは大人が三人並んでもまだ余るほど。灰色がかった樹皮(じゅひ)は硬く、ところどころに苔(こけ)が生えている。街の建物は、この根を避けるようにして建てられていた。まるで、人間の方が間借りしているみたいに。


 ——いや、実際そうなのだ。


 この世界の主役は巨樹であって、人間じゃない。


 みんなそれを分かっているはずなのに、誰もそれを口にしない。なぜだろう。なぜ誰も、気持ち悪いと思わないのだろう。


「ハンナ」


 後ろから声がした。振り返らなくても分かる。この声だけは、いつだって分かる。


「……おはよ、レン」


「おはよ。今日も早いな」


 レン。幼馴染(おさななじみ)。黒い髪、日に焼けた肌、少しだけ困ったような笑い方をする男の子。私が覚えている限り、レンはいつも私の隣にいた。


 それが当たり前すぎて、ときどき怖くなる。


 いつか当たり前じゃなくなる日が来るんじゃないかって。


「また考え事?」


「……べつに」


「嘘つけ。歩くの遅くなるとき、いつも何か考えてる」


 そんなこと、なんで知っているのだろう。私は自分のことを誰にも見せていないつもりなのに、レンにだけはいつも見透かされている気がする。


 ——嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からない。


「ねえレン、あの巨樹って——」


「おっはよー!レンくん!」


 私の言葉は、横から飛び込んできた明るい声にかき消された。


 ツムギだ。


 栗色の髪をリボンでまとめた、花みたいに笑う女の子。クラスの人気者で、誰とでもすぐに仲良くなれて、教室の空気をいつも柔らかくする——私とは正反対の存在。


「ツムギ、おはよう」


「ねえねえ、昨日の課題やった?第三問がぜんっぜん分かんなくて!」


「ああ、あれ難しかったよな。見せようか?」


「えっ、いいの!?レンくん優しー!」


 ツムギがレンの腕に軽く触れる。自然な仕草。悪気なんてひとつもない。レンも嫌がっていない。


 二人が笑い合う。


 私は、半歩だけ後ろに下がった。


 こうなることは分かっていた。ツムギが来ると、いつもこうなる。べつにツムギが悪いわけじゃない。レンが悪いわけでもない。ただ、私が入れない空気が、二人の間に自然と生まれるだけだ。


「——ハンナちゃんも、おはよ!」


 ツムギが私に気づいて、笑顔を向ける。


「……おはよう」


 笑い返す。うまく笑えているかは分からない。


「ハンナちゃん、今日お昼一緒に食べよ?」


「……うん」


 ツムギは優しい子だ。私を仲間外れにしようなんて思っていない。だから余計に苦しい。優しくされればされるほど、自分の中にある暗いものが浮(う)き彫(ぼ)りになる。


 ——私は、ツムギにはなれない。


 三人で並んで歩く。レンが真ん中。右にツムギ、左に私。


 でも、レンの体はほんの少しだけ右に傾いている。ツムギの話に相(あい)づちを打つために。無意識の動きだ。きっとレン自身も気づいていない。


 私だけが、気づいている。


 そういうことに気づいてしまう自分が、嫌いだ。

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