第2話 入れない空気
通学路には、巨樹の根が地面を這っている。
太さは大人が三人並んでもまだ余るほど。灰色がかった樹皮は硬く、ところどころに苔が生えている。街の建物は、この根を避けるようにして建てられていた。まるで、人間の方が間借りしているみたいに。
——いや、実際そうなのだ。
この世界の主役は巨樹であって、人間じゃない。
みんなそれを分かっているはずなのに、誰もそれを口にしない。なぜだろう。なぜ誰も、気持ち悪いと思わないのだろう。
「ハンナ」
後ろから声がした。振り返らなくても分かる。この声だけは、いつだって分かる。
「……おはよ、レン」
「おはよ。今日も早いな」
レン。幼馴染。黒い髪、日に焼けた肌、少しだけ困ったような笑い方をする男の子。私が覚えている限り、レンはいつも私の隣にいた。
それが当たり前すぎて、ときどき怖くなる。
いつか当たり前じゃなくなる日が来るんじゃないかって。
「また考え事?」
「……べつに」
「嘘つけ。歩くの遅くなるとき、いつも何か考えてる」
そんなこと、なんで知っているのだろう。私は自分のことを誰にも見せていないつもりなのに、レンにだけはいつも見透かされている気がする。
——嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からない。
「ねえレン、あの巨樹って——」
「おっはよー!レンくん!」
私の言葉は、横から飛び込んできた明るい声にかき消された。
ツムギだ。
栗色の髪をリボンでまとめた、花みたいに笑う女の子。クラスの人気者で、誰とでもすぐに仲良くなれて、教室の空気をいつも柔らかくする——私とは正反対の存在。
「ツムギ、おはよう」
「ねえねえ、昨日の課題やった?第三問がぜんっぜん分かんなくて!」
「ああ、あれ難しかったよな。見せようか?」
「えっ、いいの!?レンくん優しー!」
ツムギがレンの腕に軽く触れる。自然な仕草。悪気なんてひとつもない。レンも嫌がっていない。
二人が笑い合う。
私は、半歩だけ後ろに下がった。
こうなることは分かっていた。ツムギが来ると、いつもこうなる。べつにツムギが悪いわけじゃない。レンが悪いわけでもない。ただ、私が入れない空気が、二人の間に自然と生まれるだけだ。
「——ハンナちゃんも、おはよ!」
ツムギが私に気づいて、笑顔を向ける。
「……おはよう」
笑い返す。うまく笑えているかは分からない。
「ハンナちゃん、今日お昼一緒に食べよ?」
「……うん」
ツムギは優しい子だ。私を仲間外れにしようなんて思っていない。だから余計に苦しい。優しくされればされるほど、自分の中にある暗いものが浮き彫りになる。
——私は、ツムギにはなれない。
三人で並んで歩く。レンが真ん中。右にツムギ、左に私。
でも、レンの体はほんの少しだけ右に傾いている。ツムギの話に相づちを打つために。無意識の動きだ。きっとレン自身も気づいていない。
私だけが、気づいている。
そういうことに気づいてしまう自分が、嫌いだ。




