第1話 緑の底
空を見上げると、いつもそこには巨樹があった。
どこまでも高く、どこまでも太く、空の青さを覆い隠すように枝葉を広げた巨大な植物たち。この世界に生きる誰もが、生まれたときからこの景色を当たり前のものとして受け入れている。
空があること、海があること、重力があること——巨樹があることは、それと同じだった。
誰も、疑問に思わない。
——なぜ、こんなものがあるのだろう。
私だけが、ずっとそう思っていた。
◇
私の名前はハンナ。十六歳。コーデリア地区の集合住宅に住んでいる、どこにでもいる少女——のはずだった。
朝の光が窓から差し込む。でもそれは太陽の光じゃない。巨樹の葉を透かした薄緑色の光だ。この世界に住む人間は、朝をいつも緑色の中で迎える。みんなそれを「きれいだ」と言う。私にはいつも、水の底に沈んでいるように感じられた。
制服に着替えて、鏡を見る。
薄い色素の髪。青みがかった灰色の瞳。クラスの誰とも似ていない色。母さんは「お父さん譲りよ」と言うけれど、その父の顔を私は知らない。
「ハンナ、朝ごはん」
母さんの声。感情の読めない、平坦な声。嫌いなわけじゃない。ただ、この家にいても、私はいつも透明なガラスの箱の中にいるような気がする。すぐそこに人がいるのに、触れられない。声が届かない。
それが私の日常だ。




