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HOME - 巨樹が空を覆う世界で -  作者: lovely plants
第3章 禁域

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第12話 森が呼んでいる

 週末。


 土曜の早朝、まだ薄暗い時間にレンと合流した。


 街の北東。住宅が途切れ、巨樹の根が道を覆い尽くすエリア。ここから先は舗装(ほそう)もなく、建物もない。巨樹だけが、黙って立ち並んでいる。


「あれだ」


 レンが指さした先に、錆(さ)びたフェンスが見えた。高さは二メートルほど。所々が朽(く)ちて、穴が開いている。警告板が風に揺れていた。


 「立入禁止 管理局指定 危険区域」


 管理局。政府の下部組織だ。


「監視カメラとかは……なさそうだな」


 レンがフェンスの周囲を確認する。確かに、監視装置らしきものは見当たらない。本当に自主規制だけで成り立っている封鎖(ふうさ)だ。


「中には入らない。今日は場所の確認だけだ」


「……うん」


 フェンスに近づいた。金属の冷たさ。その向こうに広がる巨樹の森は、街の中のものとは明らかに違っていた。


 暗い。


 巨樹の密度が桁違(けたちが)いに高い。幹と幹の間に隙間がほとんどなく、葉が幾重(いくえ)にも重なって光を遮っている。地面は苔(こけ)と落ち葉に覆われ、霧のようなものが低く漂っている。


 ——そして、音。


 耳鳴り、ではない。もっと深い。骨の奥に響くような低い振動。地面から伝わっているのか、空気を通じてなのか分からない。ただ、体の芯が共鳴(きょうめい)している。


「ハンナ、大丈夫か。顔色——」


「聞こえる」


「え?」


「聞こえる、レン。あの音。森の奥から——呼んでる」


 自分でも何を言っているのか分かっていた。分かっていたけど、止められなかった。フェンスの向こうから、あの夢の中と同じ声がしている。言葉にならない声。でも確かに私を呼んでいる。


 ——おいで。


 手がフェンスを掴んでいた。錆びた金属が掌(てのひら)に食い込む。朽ちた穴から体を入れれば、中に入れる。すぐそこだ。あと一歩で——


「ハンナ!」


 肩を掴まれた。レンの手。強い力。


 はっとした。自分がフェンスの穴に半身(はんしん)を入れかけていることに、今初めて気づいた。


「……え」


「何やってんだ!中に入らないって言っただろ!」


「ごめ——ごめん。私、何を……」


 体が勝手に動いていた。無意識に。森に引き寄せられるように。


 レンが私の両肩を掴んだまま、まっすぐ顔を覗き込む。


「お前、今完全にトリップしてたぞ。目の焦点(しょうてん)が合ってなかった」


「……聞こえたの。声が」


「声?」


「分からない。誰の声かも分からない。でも、呼んでた。私を——私だけを」


 レンの顔が強張(こわば)った。


「帰ろう。今日は帰ろう」


「でも——」


「ハンナ」


 有無を言わせない声。二度目の、あの強い声。


「お前を連れて帰るために来たんだ。一緒に調べるって言ったのは、お前をひとりで行かせないためだ。ここで無理をしたら意味がない」


 私の目から涙がこぼれた。


 いつの間にか泣いていた。恐怖なのか、感動なのか、自分でも分からない。ただ、レンの手の温かさがあった。フェンスの向こうの森の声と、レンの声が、私の中でせめぎ合っていた。


「……帰ろう」


 うなずいた。声が震えた。


 レンが手を離して、私の横に立った。帰り道、レンは何も言わなかった。ただ隣を歩いて、私の歩調に合わせてくれた。


 振り返ると、フェンスの向こうの暗い森が、じっとこちらを見ていた。


 ——待っている。


 森が、私を待っている。

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